第44話・アリバイ崩し
翌日、温品が歩いただろう道へ実際に行ってみた。もしかしたら途中に、地図には載っていない抜け道があるかもしれないと思ったからだ。
「杏奈ちゃん、今からタイマー押すよ。」
「お願いしま~す♪」
捜査一課の八橋さんがストップウォッチのボタンを押し、二人でゆっくりと歩き出す。
「酔っぱらいの速度って、これくらいですかねぇ~。」
「男性だからもう少し速いかもしれないけど、かなり酔っていれば、こんなものだと思うよ。」
地図と見比べながら、脇道は特にチェックをしていく。
途中、すれ違った近所の住人にも話を聞いてみたけど、地図に載っていない新しい道は無いそうだ。
「この、真っ直ぐな道を通らないと、20分くらいで帰宅出来ませんよねぇ……」
「そうだね。わざわざ別のブロックを通っても、結局この道に出ないと、自宅には帰れないからね。」
「途中で隠していた自転車に乗ったとか……」
「防犯カメラに映っているか、目撃証言があれば成り立つけど……」
憲太郎くんの心を、一刻も早く、復讐から解き放してあげたい……私のように八年間も囚われ続ける事は、避けてあげたい……
気を取り直して立派な門構えの大きな家の前を通りかかった時、ふと門の屋根に取り付けられている物が目に飛び込んできた。
「八橋さん!あれって、もしかして防犯カメラではないですかぁ?」
「ん?あぁ、本当だね。」
「早速、記録の提出をお願いしましょう♪」
「この家なら裁判所の令状を持って……」
八橋さんが言い終わるのも待たずに、呼び鈴を押す。
ピンポ~ン……
「って、押しちゃってるしっ!杏奈ちゃん、ここはマズイよっ!」
「えっ?何でですかぁ?」
あれ?表札に、烏江って書いてある……黒烏組の組長と同じ名前だ……
「だってここヤクザの本家……」
「何の用だ。」
八橋さんの説明も間に合わず、いかにも堅気では無さそうといった風貌の男性が対応に出てきた。
だから、八橋さんがマズイって言ったのね……だけど、手段を選んでいる場合じゃないっ!
「県警捜査二課の松浦と申します。」
警察手帳を見せながら、お嬢様笑顔を浮かべる。
「警察が何の用だ。」
「殺人事件の可能性がある事故について、捜査をしています。防犯カメラの記録を確認したいので、ご協力頂けないでしょうか?」
「……令状は持っているのか?」
「いいえ、令状が必要ならご用意いたしますが、時間が掛かってしまいますので、可能なら任意でご提出頂きたいのですが……」
「令状が無いなら、話にならないね。家宅捜索に必要なモノ揃えて来い。」
門が閉められないように手を添えて、男性に食い下がる。
「待って下さい!家宅捜索ではありません!防犯カメラの記録だけお願いします!」
「しつこいな!それも令状が必要だと言ってるんだ!都合のいい時だけ利用しようなんざ、虫が良すぎなんだよ!」
「何事だい?」
門の奥にある大きなお屋敷から、着物を来た綺麗なご年配の女性が現れた。
「姐さん、犬が煩くして申し訳ありません。すぐに追い返します。」
「犬?このお嬢さんが刑事かい?」
姐さんと呼ばれた綺麗なご年配の女性が、冷静に私を見ている。
「県警捜査二課の松浦と申します。防犯カメラの記録を確認したいので、ご協力をお願いします。」
再度警察手帳を取り出して、姐さんに見せる。
「ふ~ん、本当なんだね。見たところ、令状も無さそうだね。」
「申し訳ありませんが、本日は持参しておりません。任意でのご協力をお願いします。」
「だけどね、そんなもの提出して、痛くもない腹は探られたく無いんだよ。一体何を調べているんだい?」
「殺人事件の可能性がある事故について、捜査をしています。」
「そう……それなら協力しない訳にはいかないねぇ。」
「ほ、本当ですか?!ありがとうございます♪」
やったぁ!これで温品が自転車を使ったか、本当に歩いたかが確認出来るわ♪
「ただし……条件があるわ。」
「条件ですか?」
「さっきも言ったように、痛くもない腹は探られたく無いんだよ。提出ではなく、ここで見ていくのなら構わないよ。お嬢さん一人でね。」
「わ、私一人ですか?」
「ええ、それならすぐに用意させるけど、どうかしら?」
姐さんはクスッと笑って、私に挑発的な視線を向けた。
これは、最初から見せる気が無いのか、私を試しているのか……一人でヤクザの本家へ……
グッ!と拳を握り締めて、覚悟を決める。
「それで構いません。」
姐さんに返事をすると、それまで静観していた八橋さんが、私の肩を掴んできた。
「杏奈ちゃん!危険過ぎるよ!それに、単独捜査は禁じられているだろ!」
「八橋さん!お願いします!見逃して下さい!」
「出来る訳無いだろ!後日、令状を持って来ようよ!」
「それでは、時間が掛かってしまいます!あの少年の心は、間違いなく復讐に囚われています!一秒でも早く、解き放してあげたいのです!」
「冷静になって!杏奈ちゃんのご両親の事件とは違うんだ!」
パンパン!
八橋さんと言い争いになっていると、姐さんが手を叩いて制した。
「お嬢さん、気に入ったよ。身の保証は私がするさ。そこのバナナを持たない腑抜けな男は、黙って待ってな。」
「バナナっ!あ、あるけど……」
姐さんに意味深な笑みを向けられた八橋さんは、ゴニョゴニョと俯いている。
そして、私は姐さんに大きなお屋敷へ促された。
広い畳張りの居間へ通されると、若頭と呼ばれる門へ出てきた男性と若い衆が、機材のセッティングを始めてくれた。私は、姐さんと一緒に座って待っている。
「事務所で見せる訳にはいかなくてね。見れるようになるまで、少し時間を頂ける?」
「構いません。こちらこそお手間を取らせてしまい、申し訳ありません。」
「お嬢さんが見ている間は、私も同席させて貰うわね。操作する若い衆がお嬢さんに粗相しないように、見張っておくわ。」
「ふふ!刑事相手に粗相なんて!でも、お気遣いありがとうございます♪」
ふと、姐さんが声を潜めてきた。
「さっきのバナナ無し男が言っていた事だけど、お嬢さんのご両親は何か事件に巻き込まれたのかい?」
「はい……二人とも殺されました。」
「そうだったのかい……難儀な世の中だねぇ……」
「私の場合、事件解決まで8年掛かりました。その間、ずっと事件に心が囚われていました。」
「それで、少年の心を解き放してあげたいと言っていたのね。」
「私には、そんな事しか出来ませんから……」
「立派な心掛けだよ。」
「ふふ!ありがとうございます♪」
ヤクザの姐さんに励まして貰っている刑事って、何だか面白い光景だわ♪
自分の置かれている状況を顧みて、思わず笑みが溢れる。
それから、機材のセッティングが終わった若い衆に、操作方法を説明して貰った。
「姉ちゃん、何時のが見たいんだ?」
「この日の21時から21時半までです。」
「んなら、これだな。」
若い衆が、箱の中から一枚のカードを取り出して、早送りを始めている。
「大体、この辺りからだ。」
「ありがとうございます!拝見させて頂きます♪」
それからは、僅かな動きも見逃さないよう、画面に黙って見入った。
5分、10分と時間が過ぎても、誰も通る気配が無い。20分が過ぎた頃、一緒に画面を見入っていた若い衆に尋ねてみる。
「あの……この辺りは、人通りが少ないのですか?」
「住宅街だから、夜はほとんど無いだろ。平日なら帰宅する会社員が時々通るけど、この日は日曜日だしな。」
「そうですか……画像に記録されている時刻は、実際の時刻とほぼ一緒ですか?」
「1分くらいは前後しているかもしれないけど、正確な筈だ。」
画像は21時半を過ぎたけど、誰も通らない。念のため、10分延長して確かめたけど、人っこ一人通らなかった。
「姉ちゃん、何も映って無いな。とんだ無駄足だったな。」
「いいえ!大収穫です♪」
「これがか?」
温品が歩いたという時間帯に、誰も映っていない……自転車に乗った人もいない……
つまり、温品が車か何かを使って別の道を通ったという証拠だ!
「可能なら、今見た時間帯の記録を頂いても宜しいですか?」
「SDカードがあれば、コピー出来るけど……」
「では、すぐに手配します!」
すぐに、門の前で待機している八橋さんに電話して、SDカードを買ってきて貰った。
改めて姐さんや若頭さん、若い衆にお礼を言って、意気揚々と本部へ戻ると、私を待っていたのは、怒りオーラマックスの猪瀬課長や捜査一課の課長だった。
「バカ者!!黒烏組の本家へ一人で乗り込むとは、どういう事だ!!」
「もっと捜査方法を考えろ!!八橋がどれだけ心配したと思ってるんだ!!」
あちゃ……こんなに怒られたのは、警察学校で連帯責任を取らされた以来だわ……




