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第36話・お見合い

 テイラー教授事件の1週間後、組織の捜査が無くなった拓海と事件が解決した私は、日本へ帰国し、すぐに県警本部へ登庁となった。


「杏奈ちゃん、今、捜査してるのはこれな。資料コピーしたさかいに、ザッと目を通しといて~な。」

「分かりました~!」

「ほな、何か分からへん事あったら聞いてな。」

「はい♪」


捜査二課のデスクに座るや否や、蝶谷さんから、捜査資料を手渡された。

ちなみに拓海は、公安所属では無いカモフラージュの為、一旦刑事部へ配属される事になった。とはいえ、今度は捜査二課ではなく国際捜査課だ。


「拓ちゃんも、捜二に戻ればおもろかったのになぁ……」

「ふふ!同じフロアではないですかぁ。顔はいつでも見れますよ♪」


「蝶谷さんに寂しがって頂けるなんて、幸せですね。」


蝶谷さんと和やかに話をしていると、背後から拓海の声が聞こえてきた。


「拓ちゃんやないか!ロンドンはどうやった?やっぱし飯は不味いん?」

「最近は美味しいところもありますよ。でも、一番美味しいのは、フィッシュアンドチップスですね。」

「はは!他のは不味いゆうてるもんやで!ところでどないしたん?」

「杏奈さんに、英訳を見て頂こうかと思いまして。」

「あれ?拓ちゃんも英語堪能やろ?」

「微妙なニュアンスは難しいのです。それによっては意味が異なる事もありますから、やはり母国語に近い杏奈さんの意見をお聞きしたくて。」

「何や知らんが、国捜も大変やな。」

「と言う訳で……」


拓海が爽やかな仮面笑顔を私に向けてくる。


「杏奈さん、お時間を頂いても宜しいでしょうか?」


ふふ!時々、様子を見に来ると言っていたのは、こういう事ね!

お返しに極上のお嬢様笑顔を向けて、それに応える。


「構いませんわ♪」

「ありがとうございます。こちらの訳なのですが……」


拓海が私のデスクに資料を置き、指し示した箇所を二人で覗き込んだ。


「……書かれている訳よりは、『推測されている』の方が自然かしら……まだ証拠も殆ど無い段階だし、マルヒの行動だけでは憶測の域を出ないと思うわ。」

「成る程、流石は杏奈さんです。また何かあればお聞きしても宜しいですか?」

「ふふ、いつでもどうぞ♪」


仮面笑顔を向けあった時、刑事部のドアが開いた音が聞こえた。それと同時にデスクへ座っていた職員が一斉に立ち上がっている。

何だろうとドアへ目を向けると、本部長が立っていた。


「おはようございます!」

「ああ、おはよう。みんなはそのまま捜査を続けてくれ。」


急いで立ち上がり皆で頭を下げて挨拶をすると、本部長は軽く手を挙げて応え、まっすぐに私のところへ寄ってきた。


「松浦くん、アメリカでも大活躍だったそうだね。」

「いえ、やるべき事をしたまでです。ニューヨーク市警の方々にも助けられました。」

「いやいや、その奥ゆかしさ、充分自信を持ってお薦め出来るよ。」


お薦め?一体何の話なの?


キョトンとしていると、本部長は更に、にこやかに話し掛けてくる。


「松浦くんは、今、お付き合いしている人はいるのかね?」

「いえ、おりませんが……」


せっかく同じフロアになったのに、付き合いが露見すると、配置替えは免れないだろう。

なので、拓海との事は二人で話し合い、みんなには黙っている事に決めている。


「実は君に見合いを持って来たんだ。」

「……」


…………ん?お、お見合い?!


ピタッ!と、一瞬で刑事部フロア全体が静まった。


「ほ、本部長……せっかくのお話ですが、私はまだ結婚する気はありませんし……」

「建設業を営んでいる私の古くからの知り合いが、市議に立候補して議員になったのだが、ゆくゆくは息子さんに地盤を継いで貰いたいと考えておいでなんだ。それで息子さんに身を固めて欲しいと、お相手を探しているそうでな。」

「しかし、私は……」

「一度会ってみると気が変わるかもしれないよ。男女の中なんて、そんなもんだろう。」

「ですが……」

「まぁ、私の顔を立てると思って、よろしく頼むな。」


反論は聞かないとばかりに、本部長は早々に話を切り上げて、刑事部を出て行った。

その途端に、刑事部のフロアが騒がしくなる。


 「杏奈ちゃんが!杏奈ちゃんが!」

 「菖蒲!泣くな!泣きたいのはお前だけじゃない!」

 「本部長の知り合いで社長の息子か……しかも将来は議員……」

 「相手は何処のどいつだ!すぐに調べろ!」


そんなフロアの騒がしさが耳に入ってくる訳も無く、本部長が出て行ったドアを呆然と見つめた。


ま、不味い!本部長の顔を立てるって事は、私から断り難いじゃないっ!


「杏奈さん……」


拓海の声で我に返ると、捜査二課の面々と拓海、捜査一課の八橋さんが、気遣わしげに私を見ている。


「だ、大丈夫ですよ~!うまく断りますからぁ~♪」

「捜査一課で相手の素性を調べてみるよ。」

「八橋さん……職権乱用ですよ……」

「その辺もうまくやるよ。」

「そ、そうですか……よろしくお願いいたします……」

「任せて!俺達が納得出来ないような奴に、杏奈ちゃんは渡さないから!」


私を安心させるよう、八橋さんがドン!と自分の胸を叩いた。


はは……八橋さんは私の親衛隊だって拓海から聞いているけど、どう考えても世話好きな親戚のお兄さんだわ……




 それからあっと言う間に、お見合い前日になった。何故か着物を着るよう指定されているので、明日は早起きして美容院へ行かなくてはならない。

アメリカ育ちの私は、着物どころか浴衣さえも帯がキツく感じられる程、着なれていないせいか、それだけで気が重い。


「はぁ……」


何回目か分からない溜め息をつくと、帰国後、また私のマンションで一緒に住み始めている拓海が、後ろから抱きついてきた。


「そんなに嫌なら、行くのを止めればいいだろ。」


拓海は家賃の替わりだと言って、生活費を全部出してくれている。気にしなくてもいいのに、律儀に払ってくれている事からも、誠実さが伝わってくる。


「本部長の顔を立てないとね……」


お見合い相手は、事前に八橋さんが教えてくれた。

名前は、浅田一樹。父親が議員をしている事もあってか、人格者で通っている。


益々断りにくい……はぁ……出るのは溜め息ばかりだわ……




 翌日は、私の身内代わりで付き添うよう半強制的な命令を本部長から下された猪瀬課長と一緒に、お見合い会場へ向かった。テレビで見た事があるような、庭園もある料亭だ。


カッコーン……

ししおどしの音が響く中庭の脇を通って仲居さんに連れられてやってきた部屋には、お揃いの黒縁眼鏡を掛けた親子らしき二人が既に到着していた。

息子さんの方はニコニコとして、人が良さそうだ。だけど、母親の方に笑顔は無い。


「遅くなってすみません。」


軽く頭を下げながら部屋へ入ると、母親が眼鏡を縁をクイッと上げて、鋭い目線を私に送ってくる。


「嫁たるもの、主人よりも常に先回りして行動するのは当たり前の事よ。最初からこんな調子では、先が思いやられるわ。」


えっと……まだ約束の時間前ですが……それに嫁では無いし……


そんな突っ込みが喉元まで出掛かったものの、何とか心の中に仕舞い込み、お嬢様笑顔で座布団の上に座った。


「で、ではまず自己紹介をしますか。」


猪瀬課長が空気を変えるように提案する。


「浅田一樹です。」

「松浦杏奈と申します。」


軽く頭を下げて自己紹介をすると、浅田母が私達に聞こえる声の大きさで、浅田さんへ耳打ちしている。


「一樹ちゃん、見た目はまぁ合格かしら。」

「そうだね、ママ♪」


ま、ママ?!人前で母親をママ?!人前で息子の事をちゃん付け?!


「親がいないみたいだし、意地悪な舅に一樹ちゃんが苛められる心配も無いわね。」


そ~ゆ~事って本人の目の前で言う?!

それより、猪瀬課長の口が開いたまま固まっているのですが……


「えっと……松浦は白菊女学院大学を卒業して、準キャリアとして頑張っています。」


あっ、課長が戻った。


「あら、白菊のご出身なのね。それは好都合だわ。」


な、何故、好都合なの?!


「うちの一樹ちゃんは、二ツ瀬国立大学を出ておりますわ。将来は主人の跡継ぎとなりますのよ。小さい頃から成績優秀で、運動もよく出来ますの。小学校の時は、かけっこで一等賞を取りましてね……」


延々と浅田母による息子自慢が続く。

課長……また口が開いていますよ……


「ところで杏奈さん。」


自慢話が一段落ついたところで、浅田母から話を振られた。


「はい、何でしょうか?」

「あなたも白菊のご出身でしたら、私の事も当然ご存知ですわよね?」

「いえ……」

「まぁ、OG会会長である私の事を知らないの?本当に白菊ご出身なのかしら?」


そういえば、卒業謝恩会の時に取り巻きを沢山引き連れて挨拶していたおばさんがいたわね……この人だったの……


「同窓会には出席した事がありませんので……」

「まぁ、何故出席されないのかしら。今度からは必ず出席してちょうだい。あなたにはOG会会長も引き継いで頂かないと。」


な、何故、引き継ぐ前提で?!


「……その時の仕事状況にもよりますので、必ず出席とはいきませんが、善処いたします。」

「嫁に入るのよ。当然仕事は辞めて頂けるわよね?それとも、一樹ちゃんに苦労させるつもりかしら?」


な、何故、嫁に入る前提で?!


突っ込み所が満載過ぎなのですが……

それと、課長……開いた口が塞がっていませんよ……


「失礼します。」


浅田母の話を遮るよう、タイミング良く仲居さん達が食事を運んできた。


「こちら、食前酒になります。」


ふぅ……助かったわ……早くお酒が飲みたい……


と思っていたら、またしても浅田母が口を開く。


「あぁ、それよりも、ロマネ・コンティを持ってきて下さらないかしら。うちの一樹ちゃんは、一流のものしか口にしないのよ。」

「……かしこまりました。」


えっ?料理に合うお酒を無視?!いきなりコクが深い高級ワイン?!しかも浅田さん本人は、満足そうに母親へ笑顔を送っているしっ!


内心驚いていると、仲居さんが私に向き直った。


「お連れ様も同じもので宜しいでしょうか?」

「私は、お店のお薦めでお願いします。」

「かしこまりました。」


仲居さん達が個室を出て行った後、浅田母は呆れたようにわざとらしい溜め息をついている。


「はぁ……ワインの事、何も知らないのね。ロマネ・コンティは世界で最も希少で、最も高価なワインなのよ。古くはフランス革命の……」


そのくらい知ってるわよ。だって、お酒好きなんだもん♪それに、高いワインが全ての料理に合う美味しさとは限らないじゃない……


お金を掛ける事にしか価値を見出だせないなんて、ある意味、可愛そうな人ね……


「ママ、彼女達は公務員なんだ。安月給なんだから、知らないのも仕方ないよ。」

「そうだったわね。ママとした事が……一樹ちゃん、ごめんなさいね。」

「いいんだよ、ママは何も悪くないよ♪」


にこやかに微笑み合う親子……


この男、当たりが柔らかいから人格者で通っているだけなのね……

たぶん、嫌味を言っている事さえ気付いていないわ……



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