第32話・重なる想い
退院した翌日も休養をとり、久しぶりにニューヨーク市警へ顔を出した。
『アン!中々見舞いに行けなくて、すまないな!』
ベンは私の顔を見て、すぐに駆け寄ってくれる。
『気にしないで。忙しいのは分かっているわ。』
『夜は避けた方がいいと思ってな!なぁ、トム!』
ベンに話を振られたトムは、顔を真っ赤になって私から目線を逸らした。
はぁ……そういえば、この二人にも目撃されていたわよね……話を逸らさなきゃ……
『ベン、聞いたわよ。不動産会社の社長を逮捕したらしいわね。』
『やっとだよ!それで、チャックという人物から、法律スレスレの方法や、騙しの手口を教えて貰っていたらしいんだ。余罪はたっぷりありそうだし、チャックの方も調べを進めているよ。』
『チャックは誰だか分かっているの?』
『それが、連絡は相手からだけで、素性は分からないらしいんだ。』
法律スレスレって事は、法律に詳しい人間……自分で詐欺をしないで人に焚き付けるっていう事は、相当悪どいか、地位があって自分では実践出来ない人間……
弁護士かロースクールの教授の可能性もあるわね……偽名かもしれないけど、拓海の学校に居ないか聞いてみようかしら……
『そういえばアン、気になった事があるんだが、ルームメイトは学生だよな?警察にいた経験は?』
ま、マズイ!やっぱり拓海の顔に見覚えがあったのね!バレたら拓海の捜査に支障が出てしまう!
『な、無いと思うわ!私は知らないし!』
『そうか……名前も違うから勘違いか……』
『よく分からないけど、東洋人の顔は、見分け方が難しいわよね!あはは……』
ふぅ……何とか誤魔化せたかしら……これ以上は拓海に迷惑を掛けないようにしなきゃ……
それからは、何故か色々なチームの人達が訪ねてきて、自分達が抱えている捜査について、意見を求められた。
「つ、疲れたぁ……」
やっと市警を出て、捜査二課のみんなから送られた段ボールを抱えながら帰宅の途に着く。
1ブロック先で待っていた拓海がすぐに駆け寄ってきて、段ボールを受け取ってくれた。
「杏奈、遅かったな。何かあったのか?」
「あったというか、何というか……」
帰りながら、今日あった出来事を話す。
「……っていう感じで訪問者が絶えなくてね。この事件の犯人は誰だと思うか、どうやって浸入したのか、一日中他のチームの資料とにらめっこよ。」
「はは!それは大変だったな!杏奈の分析力が認められた証拠だろ!」
「それは有り難いけど、私、まだ頭に包帯巻いているのよ。少しは気遣って欲しいわ。」
アパルトメントの部屋に戻り、段ボールの中身を取り出していく。
「フリーズドライの味噌汁に乾麺のうどん……焼き鳥の缶詰まであるわね。」
「まるで、学生に仕送りする田舎のおかんだな。」
「ふふ!何かお礼でも送らなきゃ。」
「可能なら、こっちのケーキを送りたいな。あの鮮やかなブルーやショッキングピンクで彩られたスイーツは、中々インパクトあるしな。」
「あれを見て食欲が萎えると、私は日本人だと実感するわ。」
「俺もだ……」
刑事部のみんなで摘まめるものでも、送ろうかしら。毒々しい色のお菓子なんて面白いかもね♪
「そうだ、杏奈は来週末のクリスマスは休みか?」
「ええ、休みよ。」
「ロースクールの学生が集まって、クリスマスパーティーがあるんだ。それで……」
「パートナーね。その頃には包帯もとれていると思うし、構わないわよ。」
「助かるよ。あまり誘いを断っても不自然だからさ。因みに偽名のケンでよろしく。」
「了解!学生のパーティーなんて久しぶりだわ♪」
迎えたクリスマスパーティーの日、ドレスを着て会場へ入ると、沢山の人でごった返していた。
拓海は私の手を握りながら人混みを潜り抜けて、一人の白髪混じりの男性まで歩み寄った。
『テイラー教授も来られていたのですね。』
『あぁ、断りきれなくてね。パートナーは見かけない顔だね。学生では無いのかい?』
『はい、今日は僕のガールフレンドを連れて来ました。』
『そうかい、そうかい!君が噂のガールフレンドか!ずいぶんチャーミングだね!ケンがノロけるのも分かるな!』
拓海……普段、何を言っているのか、説明しておきなさいよ……反応に困るじゃない……
久しぶりにお嬢様笑顔の仮面を被って、にこやかに会話を交わした。
『では、彼女もパーティーを楽しんでね。メリークリスマス!』
『メリークリスマス、テイラー教授。』
教授と別れて、立食パーティーの料理を頂く。
「はい、杏奈。好きそうなのを適当に採ってきたよ。」
「ありがとうケン。そういえば、チャックという人を知らない?」
その言葉を聞いた拓海は、いきなり私の肩を抱き寄せて、耳元で声を潜める。
「にこやかにいちゃついてる顔をしろよ。日本語が分かる奴がいたら厄介だ。」
「分かったわ。」
お互い仮面笑顔を浮かべて、顔を寄せ合った。
「杏奈はどこでその名前を?」
「ちょっと詐欺に関連があるかもしれないのよ。」
「チャック……たぶんテイラー教授だ。名前はチャールズ・テイラー、俺が探っている教授だ。」
「そうなのね。」
「悪いけど、市警への報告は待ってくれないか?接点も見つかって無いだろ?」
「なら、接点があるかどうかだけでも調べていいかしら?」
「それくらいなら構わないよ。」
「ところで……」
私達から少し離れた所から、こっちを睨んでいる女性をチラッと見る。
「あの女性は?」
「気にするな。パートナーを断った女の子だ。」
「ケンの女たらしは、万国共通ね……」
「海を越えて物資を送ってくる親衛隊を持つ杏奈に言われたく無いね。」
それからレストルームへ行き、手を洗っていた時だ。あの私達を睨んでいた女性が入ってきた。
『あら、泥棒猫ちゃんじゃない。』
いや……泥棒した覚えも無いし……
『どれだけの美人が来るのかと思えば、とんだお子様ね。子供は早く帰って、ママのおっぱいでも吸っておきなさいよ。あっ!英語が分からないかしら?失礼♪』
返事をしない私が英語を話せないと思ったのか、一方的に話を切り上げた女性は、サッとレストルームを後にする。
ったく、全部分かるわよ!そりゃ、欧米人に比べたら顔は幼いし、胸のボリュームは負けているけど、でも……でも……拓海はそんなの気にしないもん!たぶん……
でも頭の傷を気にしてか、まったく手を出してくる雰囲気が無いわよね……私達って両想いよね……ここは私から誘って……
って、杏奈の馬鹿!
はぁ……溜め息をつきながらレストルームを出ると、入り口近くで待っていた拓海に、さっきの女性がボディタッチをしまくっているのが見えた。
『ケン、待った♪』
わざとらしくにこやかに手を振ると、すぐに拓海が駆け寄ってきて、私の肩を抱き寄せてきた。
『僕のパートナーは彼女以外に考えられないんだ。』
ボディタッチしていた女性に、そう言うと、拓海は黒い笑みを浮かべて、私の顔を覗き込むや否や……
って、この雰囲気、リックの時と同じ!
そう思う間もなく、いきなり深い口付けをしてくる!
「んっ!」
やっぱり!だから、見せつけるだけなら、フレンチキスで充分じゃない!
『サイテー!ケンはロリコンだったのね!』
怒った女性がその場を離れると、やっと唇が解放された。
「もう……ここまでしなくても……」
「……悪い。今ので灯がついた……」
「灯?」
「今すぐ杏奈が欲しい……」
「パーティーはどうするのよ!」
「教授に挨拶したし、抜けても構わない……いいか?」
「いいかって言われても……」
私の返事を待たずに拓海は私の手を引いて、パーティー会場を出た。
「んっ!」
アパルトメントへ帰るや否や、靴を脱ぐ暇も与えられず、壁に押し付けられて深いキスを落とされる。
まるで野生を帯びたような荒々しく求めてくるキス……
も、もう……力が抜ける……
「拓海……」
息を整えながら拓海の名前を口にすると、少し動けばすぐに唇が触れ合う距離で、拓海が囁いてくる。
「杏奈……抱いていいか?」
「一応選択権はくれるのね。」
「前科はつけたく無いからな。」
「大丈夫よ。双方の意思は合致しているわ。」
「それは嬉しいね。」
チュッ!と軽いキスを落としてきた拓海は、ふんわりと笑ってベッドルームへと私の手を引いていく。
そっとベッドへ横たえられると、拓海は愛しそうに微笑みながら、私の髪をすいてきた。
「頭の傷、もう大丈夫か?」
「大丈夫よ。」
「なるべく優しくする……」
「うん……」
「ずっと大事にする……」
「うん……」
「愛してる……」
「私も……拓海を愛してる……」
そっと目を閉じると、深いキスが落とされる……
さっきのような掻き乱す荒々しさは無く、優しくゆっくりと愛しむようなキスだ。
「ん……」
甘い吐息が漏れると、ドレスのファスナーに拓海の手が掛けられる……
パサッとドレスが床に落ちると、それが合図だったかのように、拓海のキスが余すところなく、全身を駆け巡っていく……
「杏奈……もう離さない……」
私を翻弄するように触れる指先からも、拓海から愛されていると伝わってくる……
胸を焦がす甘い疼きにゆっくりと思考が溶かされていき、拓海と一つに重なる愛しさで溢れた……
……ん。眩しい……
窓から漏れる朝の日差しに、目が覚めた。目の前には、拓海がすやすやと眠っている。
朝起きて、一番に見えるのは拓海の顔……こんなにも心が安らぐ気持ちになるなんて……
再び目を閉じて拓海の胸に顔を埋めると、背中に拓海の腕が回された。
「あれ?起きていたの?」
「ちょっと前に起きて、杏奈の寝顔を見てた……」
「もう……悪趣味ね……」
少し身体を離すと、優しく微笑んだ拓海が軽いキスを落としてくる。
「頭の傷、大丈夫か?」
「今のところ大丈夫よ。」
「そろそろ薬を飲まないといけない時間だろ?起きるか?」
「ううん……まだこうしていたい……」
拓海はふわっと笑って、再び抱き締めてくる。触れ合う素肌からも愛されている暖かさを感じるようだ。
「今日は素直だな。」
「拓海の前では、いつも素直だと思うけど……」
「無かった事にって、言わないんだなぁと、思ってな。」
「あら、言って欲しかったの?」
「言われたら、一生落ち込むよ。」
「大丈夫、二度と言わないわ。」
「それは良かった……最高に幸せな気分だよ……」
抱き締める腕に少しだけ力が入り、拓海が私の頭を優しく撫でてくる。
「夜起きて何度も確認したよ……杏奈が俺の傍にいる事を……俺の腕の中に杏奈がいる事を……」
「心配しなくても傍にいるわ……私が拓海の傍にいたいの……」
「やっと……やっと、想いが通じたんだな……」
時々軽いキスを交わし、甘い余韻に浸りながら、愛する人の腕の中の温もりを堪能した……




