第31話・暖かい誕生日プレゼント
ドンッ!
突然ボートが大きく揺れた!と思ったら、拓海が勢いよく開いたドアから入って来た。
「拓海!」
「杏奈!無事……」
頭から血を流している私の身体に付けられた時限爆弾を見て、拓海が息を飲み込んだのが分かった。
「あと7分か……」
拓海はアウトドア用のツールナイフを取り出して、私の身体に巻き付いたロープを切り始める。
「拓海、どうしてここへ……」
「通りがかりのバイクを停めて、借りてきた。悪い……車はすぐに見つかったけど、先に倉庫を探したから、ここの特定が遅くなった……」
「市警には?」
「杏奈が落としたスマホから連絡した。もう少しでここへ来るだろう。」
ガリガリ……拓海が必死にロープを切る音がする。切るというよりは、削っている感じだ。
「拓海、かなり硬いロープなの?」
「大丈夫だ。何とかなる……」
何とかなるって、入って来てから3分は経つわよね……このままでは、拓海も巻き込んでしまう……
「拓海、聞いて!犯人はネイサン・ウィリアムズ、コルト・パイソンを所持して、他の女性の殺害も認めていたわ!薬をやっている可能性ありよ!」
「……後で聞くよ。」
「後では駄目なの!今すぐボートから離れて市警に伝えて!」
私の考えが伝わったのか、拓海は一瞬ロープを切る手を止めたけど、またガリガリと切り始める。
「拓海、聞いて!」
「聞いてるよ。杏奈が俺に愛の告白をしてくれたら、ボートから降りる事も考えるけどな。」
「分かったわ!拓海を愛しているのよ!だから生き延びて!」
チュッ!
一瞬、拓海の唇が私の唇を掠めた。
「上出来だ……」
拓海は笑みを浮かべて、またすぐにロープへ向き直る。
「拓海!約束が違うじゃない!」
「煩い!俺は絶対に杏奈を一人にしない!だから、俺を一人残す事なんて考えるな!」
「でも!」
「あともう少しだ!もう少しだから!」
ガリガリ……ロープを切る音だけが、やけに耳へ飛び込んでくる。背中を確認出来ない私は、後どのくらいの時間が残っているかも分からない……
パパ……ママ……拓海を助けて……
ギュッと目を閉じた時、プチッとロープが切れて、腕が束縛から解かれた。
拓海は手首と足首をまだ縛られている私を横抱きにし、勢いよく船室から飛び出していく!
「あっ……」
冬の荒波に煽られたボートは、護岸からいつの間にか、かなり離れているようだ。
「いくぞ!」
「きゃ~!」
拓海に抱きかかえられたまま、暗い海へ飛び込む!
ザッバーン!!
ゴボコボ……
極寒の海は肌に突き刺さる程の冷たさだ。ブルッ!と身震いした時、ドッガーン!と爆発音が聞こえ、暗い海が昼間のように明るくなった。
拓海は手足が不自由な私を抱えて、海面へ浮き上がる。
「ぷはっ!」
水面へ顔を出して、ボートをすぐに確認する。文字どおり木っ端微塵だ。
「……助かった……」
安堵したと同時に、頭がズキズキと傷み出し、身を切るような海の冷たさに身体の震えが止まらない……
「杏奈、大丈夫か?」
「……う……ん……」
「もう少しで市警が来る!頑張れ!」
返事をしたくても、ガタガタと唇まで震えて、うまく返事が出来ない……
駄目だ……気が遠くなる……
「杏奈!しっかりしろ!」
遠くからサイレンが聞こえてくる……
ここで私の意識が途切れた……
……ん。ここは……
頭の痛みに目が覚めて、うっすら目を開けた。白い天井が見え、ここが病院だという事がすぐに分かった。
ベッドの脇には拓海がうつ伏せて寝ている。
ふとベッドサイドに置かれている可愛い包みに目がいった。リボンに挟まれているカードを手にすると、拓海の文字で誕生日のメッセージが綴られていた。
《Dear 杏奈
誕生日おめでとう。
来年も再来年も、この先ずっと一緒にお祝いしような。
From 拓海》
包みを開けてみると、中には、黒いバックスキンにハートのチャームが付いた手袋が入っていた。
今まで、こんなに心暖まるプレゼントを貰った事があるかしら……ハンプトンズでの何気無い会話から、私の事を考えて選んでくれたのね……
先の事を不安に思う私を安心させてくれる言葉……何よりも自分の命も犠牲になるかもしれない状況で、絶対に私を一人にしないと言ってくれた事……
「拓海……」
寝ている拓海の頭をそっと撫でると、愛しさが込み上げてくる。
たとえ明日、拓海が殉職する事になったとしても、拓海と一緒に居たい……
素直にそう思った。
「……ん?杏奈?」
拓海が目を覚ました。
「ごめん……起こしちゃった?」
「いいや、大丈夫だ。いつの間にか寝てしまったみたいだな。気分はどうだ?」
「最悪よ。1日に2回も意識不明になるなんて、初めてだわ。」
「まぁ、普通は経験しないよな……」
私の頭に巻かれている包帯に、苦笑いしながら拓海がそっと手を伸ばす。
「傷はどうだ?痛むか?」
「ええ……少し……」
「薬を貰おう。」
暫くして看護師さんが持ってきてくれた薬を飲んで、少し気分が落ち着いてきた。
「拓海は何処も怪我をしていない?」
「護岸からよじ登る時、ちょっと擦ったかな。それくらいだ。」
「そういえばネイサンは?」
「市警と銃撃戦になって、射殺されたよ。」
「そう……」
流石は凶悪犯に容赦無い国ね……
「手首にも痣が出来ているな……ロープの跡か……」
拓海がそっと私の腕を持ち上げて、手首の痣に軽くキスをする。
「ふふ、くすぐったいわ。」
「早く治るおまじないだ。」
「そういえば、誕生日のプレゼント、ありがとう。」
「気に入って貰えたか?」
「ええ、手袋もカードも……」
「俺の素直な気持ちなんだ。この先ずっと、杏奈の誕生日を一緒に祝いたい……」
拓海の手が私の頬に添えられる……
「俺の願いを叶えてくれるか?」
「……いいわ。そのかわり、拓海の誕生日も一緒にお祝いさせてくれる?」
ふわっと笑った拓海の顔が傾き、お互いの唇がそっと重なった。
「最高の交換条件だな。」
「今から楽しみだわ。」
「その前に怪我を治せよ。そろそろ痛み止めが効いてくる頃だろ。」
「そうね。少し眠くなってきたわ。」
「添い寝しようか?」
「お願い出来るかしら。」
拓海が苦笑いを浮かべている。
「俺にとって地獄と分かっていながらか?」
「まぁね。」
「とんだ小悪魔に惚れたもんだな……怪我が治ったら、覚えておけよ。」
そう言いながらベッドの中へ入り、頭の傷を気遣いながら抱き締めてくる。
「温かい……」
拓海の胸に顔を埋めると、背中を軽くトントンされた。
「杏奈を温めるのは、俺の特権だから……」
「うん……」
「ゆっくり休めよ。」
「おやすみ……」
この日は、朝まで一緒のベッドで過ごした。
翌日の午前中、ニックとジミーがお見舞いに来てくれた。
『ふん、無能なヤツはすぐに怪我をするな。』
相変わらずのニックだけど、可愛らしい花束を渡してくれる。
『早く退院しろよ。俺のストレス発散方法が無いからな。』
『出来れば凶悪犯以外のバトルでお願いしたいわ。』
憎まれ口を叩きながらも、ニックが心配してくれているのは分かる。
ふふ!少しは認めてくれたようね!
そんな私とニックのやり取りを見ていたジミーは、終始苦笑いだった。
午後からは、ベッキーがお見舞いに来てくれた。
『アン、気分はどう?』
『まあまあよ。ベッキーはご機嫌良さそうね。何かあったの?』
『ふふ!実は、昨夜遅くにも一度来たのよ。最近のルームシェアは、ベッドまでシェアするのね♪』
『……はっ?!』
『海から助けあげた後もずっとアンに付いていたし、ただのルームメイトでは無いわよね~♪』
う、嘘っ!拓海に添い寝して貰ったのを、見られていたの?!
『あ、あの……それは……』
『ふふ!日本人は恥ずかしがりやね♪別に隠す事では無いわ。素敵な事じゃない!』
『他には誰か居たの?ベッキーだけで来たの?』
『他には、ベンとトムだけよ!』
いや……その二人で充分です……
『そういえば、ベンとトムが、アン宛に届いたEMSを開けていいか聞いていたわ。確か、Ino.Shika.Chouという人からよ。』
捜査二課のみんなの名前ね……その差出人名はどうかと……
『開けて構わないと伝えていたのに。』
『それが、大きな箱なのよ。』
『箱?』
『ええ、それで迷っていて……』
『大丈夫よ。』
『では、伝えておくわね。』
ベッキーが帰った後、深い溜め息をついた。
「はぁ……嫌な汗をかいたわ……」




