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第30話・連続殺人犯の正体

 ニューヨーク市警のとあるフロアでは、朝から怒鳴り声が響き渡っている。


『だから言ったじゃない!』

『お前がさっさと囮になれば、犠牲者は出なかったんだ!』


日本では、控え目な方が受けがいい。だけどアメリカでは、自分の意見を言わない人間は馬鹿にされる。

お嬢様の振りをしていたなんてみじんも思わない程、ニックを睨み付けながら口論を繰り広げた。


『だから、囮は最終手段だと言ったでしょ!』

『ここはニューヨーク市警だ!日本とは違う!俺の命令が聞けないなら、とっとと日本へ帰れ!』

『勘違いも甚だしいわ!私を呼んだのは、ベンよ!』

『俺のチームに入れてくれって言ったのは、お前だろ!この役立たずが!』

『捜査するのが条件じゃない!させなかったのは、あなたでしょ!新たな犠牲者が出た事を反省しなさいよ!』

『何だと!』


これ以上意味の無い口論を続けても無駄ね……


ニックを無視して、ジミーへ向き直る。


『ジミー、この前の件はどう?』

『アンが目撃したフードを被った人間だけど、パブ近くの防犯カメラにそれらしき人物が映っていたよ。顔は分からないけどね。間違いなくアンの後ろをつけているみたいだ。』

『やっぱり……』

『被害者のアパルトメント近くの防犯カメラにも、同一人物らしき男が映っていてね。それで今、レイプ犯やアリバイがある者、ニューヨーク近郊に居ない人間を省いて、26人まで絞ったところだ。』


ジミーと話していると、またしてもニックが口を挟んできた。


『26人の調べが終わるまで待てるか!明日にでもすぐに囮捜査をしろ!』

『あら、ここまで調べ上げたジミーに感謝は無いの?26人全員が該当しなければ、囮でも何でもするわよ。』

『ふん、その言葉、覚えていろよ!』




 それから数日間は、詐欺捜査に追われた。

不動産会社から私に掛かってきた電話の録音を再生して、チームのみんなに聞いて貰う。


──「お~る、る~むず、りふぉ~む、おっけい?」

──「OK!ゼンブ!ゼンブ!」


録音の再生が終わったと同時に、ベンは大爆笑だ。


『あはは!アンはいつから英語が不自由になったんだい!』

『ふふ!名演技でしょ♪』

『アカデミー賞モノだよ!』

『ノミネートされたら、授賞式に招待するわね!』

『それは楽しみだ!それで、契約書はどうだい?』

『日本の同僚宅に届いたそうだから、ニューヨーク市警に送るようお願いしたわ。EMSで届く筈よ。』

『後は届いた契約書に矛盾があれば、詐欺罪の証明になるな。アンには感謝するよ。』

『これくらいお安い御用よ♪』


今、私はニックの連続殺人事件チームで捜査はしていない。囮から逃げる為に証拠を捏造されたら困るという理由で、拒否されている。


溜め息をつきながらも帰宅する為、市警を後にした。


信号を挟んだ1ブロック先には、いつもどおり拓海が待っている。拓海はハンプトンズの時なんて無かったかのように、変わらず接してくれている。


信号が青に変わり、交差点を渡ろうとした時だ。拓海が反対側から私の傍まで走り寄り、いきなり肩を抱き寄せて歩き始めた。


「どうしたの?何かあったの?」

「振り向くな……少し離れたところに、杏奈をじっと見ているヤツがいる……顔は分からないけど、フードをすっぽりと被っている白人だ。」


それってまさか、連続殺人犯……だけどそれを拓海に言うと、余計な心配を掛けてしまうわね……


「ストーカーかしら。アパルトメントまで付けられても厄介だし、イエローキャブにでも乗りましょう。」

「分かった……」


通りがかりのキャブを停めて、拓海は私を庇うように乗り込んだ。




 翌朝すぐに、ニックのチームへ行くと、ジミーだけだった。ジミーは私を見るや否や、満面の笑みで報告をしてくれる。


『アン!残り12人まで絞れたよ!』

『流石はジミーね!仕事が早いわ!』

『実はニックも気合いが入っているんだ。』

『そうなの?犯人を洗い出すと言うよりは、犯人が居ない事を証明したいだけなのでは?』

『まぁ、それでも進展している事は、確かだけどな。』


ジミーは、大袈裟に肩を竦めている。


『そういえば、今日ニックは居ないの?』

『あんなにバトルをしていたのに、会えないと寂しいのかい?』

『今日は何を言ってやろうかと準備していたのに、無駄になってしまうからよ。』

『はは!成る程な!新聞がセンセーショナルに書き立てるから、そっちで大忙しなんだ。』

『そういえば、髪の毛を金色に染める女性が増えているらしいわね。』

『俺のガールフレンドも短いのに、金色にしていたよ。』

『私が染めると、ニックにイヤミを言われそうだわ。囮にならないってね。』


それから昨日の出来事を説明し、近くの防犯カメラを調べるようにお願いした。




 今日は私の誕生日だ。拓海がレストランを予約してくれている。だけど昨日の事もあってか予約時間をずらし、いつもより1時間遅く市警を出るように言われた。


普通のストーカーなら気にし過ぎだと言うところだけど、銃を持った連続殺人犯が相手では、流石に分が悪い。

拓海の言葉に従っていつもより1時間遅く市警を後にした。


信号を挟んだ1ブロック先には、相変わらず拓海の姿が見える。

数歩歩いたところで、私のスマホが鳴り始めた。またしてもニックからだ。


嫌な予感しかしないわね……


溜め息をつきながら、通話ボタンをタップする。


「Hello.」

──『ニックだ!アン、今すぐ市警に戻れ!』

『何故なの?』

──『ヤツの狙いはアン、お前だ!』

『えっ?どういう事?』


青になった交差点からは、拓海が焦った顔で走ってくるのが見える。


はっ!まさか!


後ろを振り向いた時には遅かった!


バチバチッ!

一瞬で身体に痺れが走る!


「うっ……」


スタンガン……電話に気を取られて、気がつかなかった……


ポロッとスマホが手から落ち、意識が遠退いていく……


──『アン!どうしたんだ!アン!』


落ちたスマホから、ニックの声が聞こえる……

そのまま誰かに担がれて、車に押し込められた感覚がする……


「杏奈!杏奈!」


車が走り出す直前、拓海の叫び声が遠くに聞こえた……




 『起きろ!』


怒号と共に、バシャッ!と水を掛けられ、意識を取り戻した。


ここは……やけに揺れているわね……ボートの上かしら……


船内を見渡そうと目を開けると、パーカーを来た白人男性が目の前にバケツを持って立っていた。


『やっと目が覚めたか、イエローモンキーのビッチが!』


この男、覚えている……去年、囮捜査の途中で捕まえた窃盗犯だ。

名前は確か、ネイサン・ウィリアムズ……軽い窃盗犯だから、一年で出所したのね……


『へへ!やっとお前を見つける事が出来たぜ!お前のせいで刑務所に入る羽目になったんだ!たっぷりとお礼をしてやるからな!』


いや、あなたが窃盗をしたからでしょ……って言って通じる相手では無いわね。


私の手首と足首は縛られて、ご丁寧に腰から肩までの間は、ぐるぐる巻きにされている。

ネイサンがバケツを放り投げて、銃を手にした。連続殺人に使われたのと同じ、コルト・パイソン……


『お前は脳天をぶっ飛ばすだけでは済まさないからな。蜂の巣にでもしてやろうか?』


ネイサンは嫌な薄ら笑いを浮かべて、銃を私の頬に当ててくる。


『コルト・パイソンでは蜂の巣にはならないわよ。マシンガンを用意した方がいいでしょうね。』

『うひゃひゃ!だけどな、そんな生温い方法でお前の息の根を止めるのはつまらないだろ?一瞬の恐怖くらいで逝かれたら、困るんだよ。』

『最初から、狙いは私だったの?』

『当たり前だ!お前に復讐する事しか考えていないさ!』

『だったら、何故他の女性まで殺したのよ。』

『あいつらか?同じ髪形で、紛らわしいんだよ!だけどな、お前を殺す事を想像すると、興奮してくるんだよ……そして、もっと、もっとって、何かが俺に命令するんだ……うひゃひゃ!』


こいつ……ジャンキーの可能性があるわね……


『私をどうする気なの?』

『お前は、死体でこの世に残る事さえも許さない……木っ端微塵にして、サメの餌にしてやるぜ!最高の恐怖と共にな!』

『木っ端微塵?』

『そうさ、お前の背中にくくりつけてある爆弾でな!』


だから、ぐるぐる巻きにされているのね……


『このままでは、あなたもサメの餌になるわよ。いいの?』

『心配するな。俺が安全な場所に行けるよう、時限爆弾にしてあるさ。俺はシーポートからお前が地獄へ行く様を眺めるぜ!うひゃひゃ!』


ネイサンが時限爆弾を作動させるスイッチを押しただろう音が、背中から聞こえてくる。


『うひゃひゃ!地獄までの恐怖のカウントダウンを楽しめ!』

『ニューイヤーのカウントダウンよりも楽しいの?』

『あぁ、極上だぜ!』


ガンッ!ガンッ!

思いっきり銃で頭を複数回殴られ、一瞬、クラッとする。そのうち、頭から嫌な温もりが伝ってきた。


『グッドラック!』


船室の外へ出たネイサンが、窓の外で軽くジャンプしたのが見えた。


って事は、ここは接岸されているボート……冬の極寒の海へ飛び込まなくても済むかしら……


だけど、問題は縄抜けだ。手首程度の拘束なら縄抜け出来るけど、腕まで固定されていると、難しいものがある。


「くっ……目に血が……だから私は凶悪犯向きでは無いのよ……」


やっぱり私の誕生日は、破壊的な日らしい……


そのうちボートを停留させてあっただろうロープを解かれたのか、波に煽られたボートの向きが変わって行った。



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