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第26話・それぞれの道

 事件解決から1週間後、いつもどおりリビングでビールを飲みながら寛いでいると、拓海が私の隣に腰を下ろしてきた。


「杏奈……話、いいか?」


真面目な顔つきに、思わずビールをテーブルへ置く。直感的に、事件に関わる事だろうと思ったからだ。


「何から話していいのか……」

「じゃぁ、私の質問に答えて貰ってもいい?話せる範囲でいいから。」

「……分かった。」

「拓海は公安の人間で間違い無いわよね?」

「あぁ。ただ、俺が公安だと知っている人間は限られている。だから、職員に混じって内部捜査が出来るんだ。」

「分かった。誰にも言わないわ。」

「助かるよ。」


だから、最初から私の素性を知っていたし、尾行も気が付かないくらい上手かったのね……


「河猪課長は、何者なの?」

「俺達が追っている、ある組織に属しているんだ。詳しくは言えないけどな。」

「そう……もしかして拓海は、私を守る為に捜査二課へ来たの?」

「確証は無かったけど、事故の真実に突き当たれば、消される可能性も捨てきれなかったからな。ただ、俺も事故のガイシャが杏奈の両親とは知らなかったよ。」

「最初から河猪課長が怪しいと思っていたの?」

「まだ証拠が無い段階では、俺も知らされていなかったんだ。先入観を持たない為にだろう。最初に疑ったのは、公安から杏奈を遠ざけようとした時かな。」

「わりと赴任してすぐよね……」

「確定したのは、溝畑製薬で撮った写真が数枚消えていた事だ。」

「もしかして、SDへ移し忘れがあるって言っていたのって……」

「1枚も移し忘れは無い。夜のうちに、河猪がチェックして消したんだろう。」


まさか……でも、河猪課長なら、パパとママの事故の隠蔽も可能だわ……


「公安のスカウトは……」

「あれはマジだ。まぁ、俺が推したのもあるし、柳沢さん達からすれば、杏奈の保護がしやすいって感じだろう。」

「成る程……」


そして、一番聞きたいけど、聞きたくない事が頭に浮かんでくる……

言い淀む私の顔を拓海が覗き込んできた。


「まだ聞きたい事あるか?」

「……うん。」

「言いにくい事か?」

「……」

「ゆっくりでいいから……」

「その……拓海は……」

「ん?」


一度大きく息を吐き出して、覚悟を決める。


「……私を抱いたのは、私を惹き付けておく為?」

「違う!絶対に違う!俺はあの時、全身全霊で杏奈を抱いたんだ!」

「……」

「マルタイに手を出したら始末書、下手したら任務交代って分かっていながらも、杏奈が愛しくて、どうしても杏奈から悲しみを遠ざけたくて……だけど杏奈に無かった事にって言われて、俺には意識不明の彼女がいたから俺の気持ちも言えなくて……だから、杏奈の悲しみを分けて貰える存在になろうって決めたんだ。」

「そうだったの……」


だからなのね……事あるごとに、私を抱き寄せて優しくしてくれていたのは……

きっとその度に、拓海へ寄り掛かるようになっていった……病室で泣いた時のように、すがり付きたい程に……


だけど何だろう……どうしても不安が残る……


「杏奈……」


拓海がそっと抱き寄せてくる。


「今なら、本気で好きだって、言ってもいいか?」

「拓海……」

「杏奈だけは、失いたくない……」


私を抱き締める腕に、少し力が入る。


お互いが本性を見せ合える存在……同じ傷を持つ存在……

不安の正体はきっとこれね……


「拓海……私達は傷を舐め合うだけよ……」

「杏奈……」

「きっとお互いが頼りきって、ダメになるわ……」

「そっか……」


拓海は私から身体を離して、ソファへ深く凭れた。


「あ~!フラれるの、二回目だな!」

「最初の一回はカウント無しでしょ。」

「いいや、カウント有りだな。無かった事にって言われて、俺、結構傷付いたんだぜ。」

「私だって頭の中は疑問符だらけよ。婚約者がいるのに何故ってね。」

「そりゃ、そうだな……」


少し身体を起こして、拓海は腹黒い笑みを浮かべ始めた。


「数年後、俺がいい男になっても、悔しがるなよ。」

「それは楽しみね。警官になった理由が無くなったのに、辞めれないじゃない。」

「見届けて貰うまでは、辞める事を許さないからな。」

「あら?セクハラの上にパワハラなの?」

「使えるだけの権力を総動員して、後悔させてやる。」

「臨むところだわ♪」


わざとお嬢様笑顔を浮かべ、どちらからともなく拳を握り、軽くコツンと合わせる。アメリカでは親友の挨拶だ。


私と拓海はこうでないとね!


いつまでも黒い笑みを浮かべ合えると思っていた。この時までは……




 次の日、私は宿直で拓海は公休だった。翌朝、ミーティングの時間になっても姿を見せない拓海を不思議に思いながらマンションへ戻ると、客間にあった拓海の荷物が無くなっていた。


「嘘……そ、そうだよね……傍にいる必要無くなったものね……」


暫くの間、茫然としていると、捜査二課から着信が入った。


「はい、松浦です。」

──「杏奈ちゃん!蝶谷や!拓ちゃんやけど、急にロンドンへ行く事になったらしいんや!」

「えっ?ロンドンですか?」

──「そうや、期間は分からへんし、今日飛び立つらしいねん。」

「き、今日ですか?」

──「12時37分発の飛行機やさかい、杏奈ちゃん、捜査二課を代表して見送りに行ってくれへんか?」

「分かりました!文句の1つでも言って来ますね♪」

──「頼んだで~♪」


ロンドンなんて、聞いていないわよ!


急いでマンションを飛び出し、タクシーで空港へと向かった。




 空港に到着して、ロビーを走る。早目なら、もう搭乗手続きをしている時間だ。


「拓海!拓海!」


名前を叫びながら搭乗ロビーへ向かっていくと、手荷物検査で並んでいる列の中から、一人の男性が飛び出して来た!拓海だ!


「杏奈!」

「はぁ……はぁ……やっと見つけた……」


拓海の前まで来て、膝に手を当てながら息を整える。


「杏奈……わざわざ見送りに来てくれたのか。」

「文句を言いに来たのよ。もし、私が拓海の気持ちに応えていたら、速攻で地球規模の遠距離恋愛だったの?冗談じゃないわ!」

「だよな……言えなかったんだ。」


拓海は苦笑いしながら、私を軽く抱き締めてくる。


「俺、杏奈がどれだけ頼っても、倒れない強い男になって帰ってくるから……」

「えっ?」

「だって、お互いが頼りきってダメになるって事は、俺を頼っても不安が残るって事だろ?」

「ま、まぁ……」

「だから、俺が頼れる男になるまで、待ってろよ。」

「……おばあさんになるまでは待てないわ。他の人と結婚して孫でもいるかもね。」

「それでも、奪いに行くよ。」

「意外と諦めが悪いのね……」

「自分でも驚いているよ。」


腰に手を回したまま、少し離れて見つめ合う……


胸がキュッと締め付けられるような切なさが沸き上がると同時に、暗闇の中に一人で取り残されるような不安が広がっていく……


「杏奈……」


自然と拓海の顔が傾く……それに答えるように、そっと目を閉じた……

柔らかい拓海の唇が、私の唇に触れる……


やっと自覚した……私は恋人になった拓海を失うのが怖いんだ……


長い、長い、触れるだけのキスの後、ゆっくりと温もりが離れて行った。


「……そろそろ行くよ。」

「うん……」

「元気でな。」

「拓海もね。」

「俺が居なくなっても、泣くなよ。」

「そっちこそ……」

「じゃぁな……」


腰に回されていた手が、離れていく……


「元気でね~!」


ゲートを潜る拓海に笑顔で思いっきり手を振る。拓海は手を挙げて、笑顔でゲートの向こうへ消えていった。




 あれから一年が過ぎた。拓海からの連絡は一切無い。公安は秘密主義なので、柳沢さんや小野さんに聞いても、教えて貰えない。

ただ、元気でやっている事だけは伝えられた。


今、捜査二課では、市民団体からの告発を受け、政治家の政務活動費詐欺の捜査をしているところだ。


「杏奈ちゃん!カードの利用歴があったで!」

「流石は蝶谷さんですぅ~♪」

「杏奈ちゃんの目の付け所がええからや♪」

「これで、行程に無理がある出張に合わせて、隣県への出張も架空だと証明出来ますね!」


それらの証拠を元に、逮捕状を請求、取り調べた後、送検作業……


相変わらず一息つく時は、干物女スタイルのジャージにビールが必須アイテムだ。マンションのベランダから、拓海の家だった場所を見下ろす。


コンビニの店長が、従業員がやらかしたお詫びも兼ねて、相場よりも高く土地を買い取ったらしい。新しく広い駐車場が出来たコンビニは、かなり繁盛している。


「ふふ、俺の家が火事だ!って飛び出して行ったのが、懐かしいわね……」




 そして私の誕生日を一ヶ月後に控えたある日、またしてもニューヨーク市警から渡米依頼が来た。

不動産投資詐欺で、日本人の被害者が多数、その対応をして欲しいとの事だ。

一度協力をした事がある私が良いと、光栄にも名指しされ、今回はアパートも用意してくれるそうだ。


久しぶりにアメリカの地へ降り立ち、まずはニューヨーク市警へ挨拶に行く。


『アン!久しぶりね♪』


去年よりもふくよかになったレベッカこと、ベッキーから熱烈な歓迎を受けた。


『ベッキー!元気そうね♪』

『見れば分かるでしょ♪』

『ふふ!そうね♪』


今回は、リックの時に日本まで来たベンジャミンこと、ベンのチームらしい。


『アン!久しぶりだね!』


ベンと軽くハグを交わす。


『ベン!よろしくね♪』


そして、同じく日本まで来たトーマスこと、トムとも軽くハグを交わす。


『アン!今回もよろしく!』

『モチロンよ♪』

『そうそう、アンのアパルトメント、変わったから。』

『女性専用って聞いていたけど、何処に変わったの?』

『最近、長い黒髪の東洋人を狙った殺人事件が立て続けに起こってね。日本人の男性とルームシェアにしておいたよ。』

『そうなの?』

『留学生で、名前はケン・スギウラなんだ。入り口のセキュリティもしっかりしているから、前より安心だよ!』

『分かったわ。ありがとう。』


仕事は明後日からという事で、早速、教えて貰ったアパルトメントへ向かう。


時差ボケで眠たいけど、寝るのは夜まで我慢した方がいいわね……必要な物でも買いに行こうかしら……


そんな事を考えながら、アパルトメントのエントランスでルームナンバーを押した。


──「Hello.」

「Hello Ken.I'm Anna.」

──「今、開けるよ。」


お?日本語だわ♪留学生って言うくらいだから、私よりもかなり若いのかしら。

どっちにしろ、居てくれるだけで殺人犯の侵入を防げるのなら、安心ね♪


解錠されたエントランスの扉を潜り、部屋の呼び鈴を押すと、ガチャッとドアが開いて住人のケンが顔を覗かせた。


「……って、拓海?!」

「よう♪」

「ようって……」

「まぁ、遠慮しないで入りなよ。日本スタイルで、玄関で靴を脱ぐ事になってるからな。」

「わ、分かったわ……」


ど、どうして、ここに拓海が?ロンドンに居た筈では?!


こうして、沢山の疑問符と共に、再び同居生活が始まった。


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