第25話・事件解決
リフォーム詐欺の送検も終わり、秋も深まった頃、公安の柳沢さんと小野さんが捜査二課へやってきた。
「松浦さん、瀬川の意識が戻りました。」
「ほ、本当ですかぁ?!」
思わず立ち上がって、説明してくれている柳沢さんに喰いつく!
「本当です。まだ話しは難しいですが、明日になれば、喋る事も出来るだろうし、警備も解きましたから、明日以降はお好きな時にお見舞いへ行って頂いて構いません。」
「教えて頂いて、ありがとうございますぅ♪」
そうだ!今日、拓海は公休だし、帰りにでも瀬川さんの病院へ寄ってみよう♪
気合いを入れて、起案書や報告書をまとめた。
「松浦、今日はもう急ぎは無いんだろ?たまにはゆっくりしろよ。」
河猪課長の声に時計を見ると、もう21時近くだった。
「もうこんな時間でしたか……」
「松浦はワーカーホリックだな。」
「ふふ!まだ帰ろうとしない課長に言われたくありません♪」
「俺ももう少ししたら帰るぞ。」
「ではお先に失礼しま~す♪」
急いでバッグを手に取り、庁舎を出ていく。
「こんな時間に花束なんて売っていないわよね……手ぶらでお見舞いでもいいけど……」
そうだ!繁華街のお花屋さんなら、夜のお店用にまだ開いている筈だわ!
こうして、一旦、繁華街へと足を向けた。
少し小さめのアレンジメントを買い、改めて瀬川さんが入院している病院へと足を向ける。
もう面会時間は終わっているわね……下手したら消灯も過ぎているかも……
そんな事を思いながら病室へ向かったけど、あっさりと入れた。
コンコン……
「失礼しま~す……」
瀬川さんが寝ている可能性を考えて、ゆっくりとドアを開く。部屋の中は窓から射し込む街灯の光だけで、薄暗い。
やっぱり寝ているわよね……まだ点滴をされているみたいだし……
布団を被っている瀬川さんの顔を一目見ようと、覗き込んだ時だ。
「動くなっ!」
いきなり布団の中から手が伸びてきて、私の腕を掴んだ!
「だ、誰?!瀬川さんでは無いわよね!」
「その声はまさか、杏奈か?!」
布団から顔を出した人物を見て、更に驚いた!
「た、拓海?!ここで何をしているの?」
すると、何処からともなく出てきた柳沢さんと小野さんに両脇を固められる。
「松浦さん、念の為、身体検査を宜しいですか?」
「……構いませんが、一体何が……」
私の質問に答える事無く、二人が所持品やアレンジメントを調べていく。
「……大丈夫でしょう。だから、お見舞いは明日以降だと言いましたよね。」
柳沢さんが咎めるような視線を向けてくる。
「すみません……一目だけでもと思いまして……」
「我々の言う事は、絶対です。でないと、命を落とす事にもなりかねませんよ。」
「一体どういう事でしょうか……何故拓海がここに……」
その時、小野さんがインカムに手を掛けた。
「もう一人来るぞ!仕方ない、松浦も隠れろ!絶対に物音を立てるな!」
「わ、分かりました!」
事情が飲み込めないまま、ベッド脇のクローゼットへ身を潜める。少しして、微かに足音が聞こえ、その音は病室の前で止まったようだ。
ガラガラ……
恐らく細心の注意を払って開けたのだろう。そして微かな足音が入って来たのが分かる。
カチャ……
点滴を掛けているスタンドに何かが当たる音がした時、一斉にみんなが飛び出していく音がした!
「動くな!」
「チッ!」
ガタッ!
「やはり罠だったか……」
えっ?!
犯人らしき声を聞いて、息を飲み込んだ。
聞き覚えがある……さっきまで話をしていた筈……
小野さんの命令を無視し、クローゼットから一歩外へ出た。
「やっぱり……河猪課長が何故……」
「……松浦か……」
河猪課長は公安の二人から逃れて、開けた窓枠に片膝を立ててしゃがんでいる。
「課長……どうしてここへ……」
「……仕方ないな……深見の尻拭いだったが、もうあいつは用無しだ。」
もしかして、深見大臣の事?尻拭いって……?
茫然とする私とは対称的に、公安の二人と拓海はジリジリと窓際に近付いていく。
「ここは四階だ。飛び降りたら死ぬぞ。」
「お前達に捕まるくらいなら、飛び降りた方がマシだな。」
柳沢さんの脅しにも、河猪課長は余裕の笑みを浮かべている。
「そうだ、松浦にいい事を教えてやる。」
突然、河猪課長が私に話し掛けてきた。
「何でしょうか……」
「隣街の深見自動車整備工場を訪ねてみろ。深見大臣の再従兄弟がやっている工場だ。お前の両親を殺した犯人の手掛かりが見つかるぞ。」
「えっ?!」
聞き返す間もなく、いきなり窓の外に縄梯子が現れた。
「待て!」
公安二人が飛び掛かる前に、河猪課長は縄梯子へ飛び移って姿を消していった。
「屋上だ!共犯者がいるぞ!」
インカムに手を掛けながら、公安の二人が走って出ていく。私は茫然としながら、河猪課長が消えた窓を見つめた。
ど……どういう事?私がパパとママの事故を調べているって聞いて、河猪課長は捜査二課へ引っ張ってくれたのよね……
「杏奈……」
茫然と立ちすくしていると、拓海がふんわりと抱き締めてきた。
「ショックだよな……」
「いや……まだ現状が把握出来ていない……」
「そっか……」
課長の事もそうだけど、拓海は今日、公休だったわよね……どうして瀬川さんのフリをしてここへ……
聞きたい事は沢山ある……でも言葉が出て来ない……
「鶴崎……」
柳沢さんと小野さんが戻ってきても、拓海は私を抱き締めたままだ。二人がどんな顔をしているのか、拓海の身体しか見えない私には把握出来ない。
「どうなりましたか?」
「逃げられた……」
「そうですか……」
「鶴崎、分かっているとは思うけど……」
「大丈夫です。また後日、確認に伺います。」
「なら、いい。今日はもう帰ってもいいぞ。」
「ありがとうございます。」
公安の二人は、私には意味が把握出来ない会話を拓海と交わし、去っていった。
「杏奈……」
少し身体を離して、拓海が私の顔を覗き込んでくる。
「拓海……あの……」
その時、私の頬に一筋涙が伝った。
「あっ、ご、ごめん……」
急いで涙を拭こうとすると、拓海が手を掴まえてくる。
「杏奈……泣きたい時には泣けよ……我慢するな……」
拓海の言葉に、じわっと涙が溢れてくる。再び抱き締めてきた拓海の胸に顔を埋め、背中に手を回した。
「うっ……うぅ……」
何が悲しいのかも分からない……河猪課長に裏切られたショックとも違う……事件解決の安堵感とも違う……
ただ、ただ、この時は拓海にすがっていたかった……拓海は私の涙が枯れるまで、抱き締めながら頭を優しく撫で続けてくれた……
詳しい事は、後日、柳沢さんと小野さんに確認してからと言う事で、何も教えて貰えなかった。
そして翌日、拓海と二人で隣街の深見自動車整備工場へ足を運んだ。
「すみません、社長の深見さんはいらっしゃいますか?」
「私が深見ですが……お宅は?」
「県警捜査二課の松浦と申します。8年前の事故の事で、少しお話をお伺いしたいのですが……」
ダッ!と、応対に出た男性がいきなり走り出す!それを難なく拓海が無言で捕まえている。
「離せ!」
この人が、パパとママを……
努めて冷静な口調で話し掛けた。
「お話を伺うまでは離しません。」
「俺は知らないぞ!頼まれただけだ!」
「誰にですか?」
「大臣をやってる深見だ!」
「深見大臣は何て言ったのですか?」
「ブレーキオイルを抜き取らないと、二度と援助をしないって脅されたんだ!」
「それで穴を……」
「そうだ!オイルを抜けば事故に繋がる!だから効きが悪いと運転手が気付くように、少しずつ抜けるようにしたんだ!まさか死ぬとは思わなかったんだ!」
ガバッ!思わず深見社長の胸ぐらを掴む!
「それは実験したの?」
「いいや……たぶんあのくらいの穴なら……」
「そんな不確かな知識で穴を開けるから、私の両親は死んだのよ!」
「……刑事さんの……」
「あの時、あなたが警察へ通報してくれれば、私の両親は!」
胸ぐらを掴んでいた腕を、拓海が止めてくる。
「杏奈、ここからは俺達の仕事じゃぁ無い……」
それから拓海は深見社長へ、静かに尋ねた。
「任意同行に応じて頂けますか?必要なら逮捕状を用意しますが……」
深見社長はガックリと項垂れて、任意同行に応じた。
本部に戻ってからは、私の身内が関わっている事もあり、殺人事件として捜査一課が担当する事になった。勿論、証言により、深見大臣も逮捕され、溝畑製薬の社長も再逮捕だ。
両親の研究を知った深見は、知り合いだった溝畑製薬の社長に話を持ち掛け、原料である麻薬の利権を独占しようと企んだ。
溝畑もまた、薬の特許を得ようと、両親に買収の話を持ち掛けた。だけど、両親はそれに応じなかったらしい。
そして、瀬川さんへ言葉巧みに近づき、日本で開催される学会へ両親を招待し、殺害……事故後は、研究を引き継ぐと言って瀬川さんに買収の話を持ち掛けた……
後日、鑑識課の菖蒲さんが、謝罪をしてきた。
「杏奈ちゃん!ごめん!実は公安から、事故の事は何も言うなと止められていて……杏奈ちゃんの安全の為にって……」
「そうだったのですね。私の安全を考えて下さって、ありがとうございますぅ♪」
「でも、やりきれなかったよね……」
「もう解決したから大丈夫ですよ~♪」
菖蒲さんが事故の事を知っていると教えたのは、拓海のみ……まだ何も言わないけど、拓海は公安の人間だろう……
だから、柳沢さんと小野さんが、瀬川さんから貰った手紙の事を知っていたのかも……
河猪課長は、突然の退職になった。課長の真実を知っているのは、私と拓海だけだ。恐らく深見大臣を後ろで操っていたのは河猪課長……
新しい課長が赴任してきた。名前は猪瀬課長。またしても、猪鹿蝶が揃ったわね……何かの意図を感じてしまう今日この頃だわ……




