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第21話・詐欺師の心

 「杏奈さん、まだお時間はありますか?出来ればディナーもご一緒したいのですが……」


混野はあくまでも紳士的に聞いてくる。


大体の任務は完了したわよね……ボロが出る前に退散したいかも……


「申し訳ありませんが、夜は家族と一緒に頂く約束をしておりまして……」

「そうでしたか……では、マンションまでお送りいたします。」


こうして駅に向かい、二人で電車に乗り込んだ。


「少々混んでいますね。」

「そうですね。」


野球のデイゲームが終わったばかりなのか、途中の駅からどっと人が乗り込んでくる。


「うわっ!」

「きゃっ!」


急に電車が揺れて、身体が傾いた!と、思った瞬間、グイッ!と混野は私の腰に手を回して、身体を抱き寄せてきた。


「杏奈さん、大丈夫ですか?」

「はい……すみません。」

「ちょっと失礼します。」


そう言って混野は、私が潰れないように僅かなスペースを作る為、私の顔の横から電車のドアに手をついた。

乗客達から押される圧力に、必死に耐えているようだ。


これは……詐欺師って分かっていなければ、簡単に惚れてしまうわね……


それからマンション手前まで送って貰い、別れ際の挨拶を交わす為に、お互いが向き直った。


「杏奈さん……また会って頂けますか?」

「ええ、構いませんわ。」

「私とお付き合いして頂けますか?」

「ええ……えぇ~~~?!?」


い、いや、それは出来ないって!


「嫌でしょうか……杏奈さんと話していると、とても楽しいので、もし宜しければ私とお付き合いして頂きたいのです。」


混野はそっと私の手を握り、懇願の目を向けてくる。


これは彼氏にならなければ化粧品を買わないと踏んだわね……


「その……まだお会いして二回目ですし……いきなり言われましても……」

「回数は関係ありません。私は……」


混野が何か言いかけた時、サッ!と視界が拓海の背中で遮られた。


「姉に何をしているのですか?」

「拓海!」


拓海がじっと混野を睨み付けていると、混野はふっと苦笑いを浮かべた。


「拓海くんだったかな……あなたにも信用して貰わないといけませんでしたね。」


混野は拓海を通り越して、私に声を掛けてくる。


「杏奈さん、また出直してきます。」

「……はい。」


そして混野は軽く手を挙げて、帰って行った。




 「ちょっと!ど~ゆ~つもりよ!」


混野の姿が見えなくなって、速攻で拓海に抗議!


「あの目はマジだろ!それとも本気で付き合うつもりかよ!」

「マジな訳無いじゃない!化粧品を買わせる手段よ!」

「今日だってずっと愛しそうに杏奈をみてただろ!」

「拓海、ずっと尾行してたの?」

「……来い!」


私の質問には答えずに、拓海は私の腕を引っ張ったまま部屋へ入り、いきなり洗面所で後ろから被さるように私の手を洗い始めた。


「ちょっと!何やってるのよ!」

「いいから黙って消毒しろ!あいつに触られただろ!」

「消毒って、何よ!何の権利があってこんな事するのよ!」


ドンッ!

思いっきり力を込めて、拓海を突き飛ばす!


「……俺だって分からね~よ。」

「はぁ?」

「何で杏奈にだけこんなにイライラするのか、俺にも分からね~よ……」

「私にイライラするのなら、早くここから出ていけばいいでしょ!」

「それが出来るなら、とっくの間にしてる!」

「拓海の言っている事が理解出来ないわ!」

「……捜査の邪魔をして、悪かった……」


拓海はそのまま客間へ行き、その日は出てこなかった。


ったくもう!何が、あの目はマジよ!混野はお嬢様を演じている私しか見ていないのよ!


素のままの私は……何も飾らない自分でいられるのは……拓海の傍だけなんだから……


「はぁ……拓海が出て行ったら、本物の猫でも飼おうかしら……」


私の呟きだけが、洗面所に響いた。




 翌日、化粧品販売店の写真を、鹿野さんに渡してパソコンへ取り込んで貰う。


「……まともに顔が写っとるのは、この4枚くらいじゃ。他は後ろ姿じゃの。このガラスに映り込んどる顔が……」


鹿野さんがパソコンを操作して、書棚のガラスに写り込んでいる顔を、拡大した時だ。


「あっ!この男!」


私の声に、捜査二課のみんなが集まってくる。


「確か、結婚紹介所で見かけた男性にそっくりです!」

「杏奈ちゃん、それホンマ?」


蝶谷さんが、身を乗り出してパソコンを覗きながら聞いてくる。


「ええ、紹介所で目を逸らされたので、逆に印象に残っていて……聴取したガイシャが言っていた、最近見かけた事がある人物って、もしかして……」

「杏奈ちゃんが言うてる人物と同じちゃうか?」

「可能性がありますね……という事は、結婚紹介所もグル……」

「化粧品販売店といさりだけを引っ張っても、無くならへんっちゅ~事や。」


私が聴取した女性を騙した男の身元は判明している。元ボクサーで、名前は漁光司いさりこうじ

以前にも結婚詐欺で逮捕されており、今は逮捕状を請求しているところだ。


被害者から預かった化粧品は、せいぜい千円程度の化粧品だという鑑定結果も出ている。


それを長時間引き留めての高額契約、クーリングオフ封じ、それだけでも家宅捜索は出来るけど、紹介所が関わっている証拠を隠滅されたら厄介ね……


「よし!」


河猪課長がパン!と手を叩いた。


「鹿野と蝶谷は結婚紹介所、松浦と鶴崎は化粧品販売店を張り込んでくれ。人の出入りを調べて、二ヶ所の関連性と、この男の素性を掴むぞ。摘発と漁の逮捕はそれからだ!」

「はい!」


早速、結婚紹介所の出入口が見える場所へ拓海と一緒に行ったけど、この日は何の動きも掴めなかった。




 張り込みを開始して4日目の事だ。

バン!と化粧品販売店のドアが勢いよく開き、中から男性が転がり落ちるように出てきた。

混野だ!

それを追うように、漁がドアから外へ出てくる。


「貴様の処分は、江川えがわさんに報告した後だ!逃げれると思うなよ!」


漁はそれだけ言うと、また店の中へ入っていった。混野は殴られたのか、口元に滲んだ血を袖で拭いながら、フラフラと立ち上がっている。

その時、ガシッ!と、拓海が私の腕を掴んできた。


「杏奈、出ていくなよ……何があったのか分からないし、張り込みしているのがバレるからな……」

「……そのくらいの事、分かっているわよ。」

「なら、いい……」


仲間割れなの?処分って何?もしかして、私に化粧品を買わせないで帰ったから?どちらにしろ、嫌な予感がする……


その時、私のスマホに蝶谷さんから着信が入った。


「はい、松浦です。」

──「蝶谷や。今、結婚紹介所から、ガラスに映り込んどる男にそっくりなヤツが出て行きよったわ。このまま尾行するさかいに、そっちへ行くかもしれへん。」

「分かりました。」

──「んなら、また後でな。」


通話を切って暫くすると、化粧品販売店へ一人の男が入って行くのが見えた。それを見届けるかのように、私と拓海の張り込み場所へ、蝶谷さんと鹿野さんがやってくる。


「杏奈ちゃん、結婚紹介所で見かけたのは、今の男で間違いあらへんか?」

「はい、間違いありません。そういえば蝶谷さん、江川という名前に聞き覚えはありますか?」

「江川?今は違う人物やけど、結婚紹介所の前オーナーが江川や。」

「顔は分かりますか?」

「いいや、今のオーナーなら分かるで。」


関連性が見えてきた……

恐らく元締めは江川という人物、オーナー職を譲っても結婚紹介所へ出入りして、ターゲットの女の子を物色。そして実行犯の漁や混野が女の子に近付いて、高額な化粧品を買わせる……




 見かけた男は、予想どおり元オーナーの江川と判明した。摘発は明日に決まり、準備の為、今日はほぼ徹夜だ。

それぞれ一旦自宅へ戻り、また出勤する事になった。


先にササッとシャワーを浴びて、コンビニでサンドイッチかおむすびを買っておけば、夜食か朝食になるわね……


そんな事を考えながら拓海と一緒にマンションまで戻ると、マンションのエントランス前にしゃがみ込んでいる人影が見えた。


「だ、大輝さん!」


人影がゆっくりと立ち上がって、私達の元へ歩いてくる。口元は腫れて、殴られた痕が生々しい。


「……杏奈さん、何度か連絡したのですが、お忙しかったですか?」

「すみません、父の会社の手伝いをずっとしておりまして……」

「大丈夫です。お会い出来て良かったです。」


とり急ぎマンションの外水道でハンカチを濡らし、混野の口元に当てる。


「何があったのですか?」

「杏奈さん、あなたの傍で一緒に歩きたくて……」

「どういう意味ですか?」

「……私の本当の名前は、浜野です。大輝は本名です。」


そう言って、浜野は私に何か小さな物を握らせた。


「もし、私と連絡が取れなくなったり、新聞に名前が載るような事があれば、このSDを警察にお持ち頂けませんか?」

「大輝さん……」

「私は私なりのけじめをつけて、もう一度、あなたと出会いたい……」


浜野が力なく微笑んで、私のハンカチを自分の頬に当てている。


「……このハンカチ、私に頂けませんか?」

「構いませんが……一体何を……」

「杏奈さんに頂いたこれがあれば、立ち向かう勇気が出てきます。ありがとうございます。」


もしかして、一人で詐欺グループに立ち向かうつもりなの?


「杏奈さん……またお会い出来る事を願っています。」


浜野はその言葉を残して、私達に背を向け、立ち去った。


「拓海……」

「ああ、悪いけど、俺の鞄を頼む。俺は浜野を尾行するよ。」

「お願いね。私は本部に戻って、報告するわ。」

「車の用意も頼む。」

「もちろんよ。」


拓海は浜野を追いかけて、暗闇へと消えて行った。




 本部へ戻り、SDカードを鹿野さんに渡し、捜査二課のみんなに事情を説明する。


「松浦さん、このSD、完璧じゃ!詐欺の手口、名前、繋がりが完璧に入っとるわい!」

「鹿野さん、本当ですか?」

「ああ、家宅捜索で裏付けが取れれば、全員引っ張れるじゃろうて!」


その時、私のスマホに拓海から着信が入った。


──「杏奈、今大丈夫か?」

「大丈夫よ。」

──「浜野は車で県境へ向かってる。この道なら、行き先はテレビ塔がある展望台だろう。」

「今はタクシーなの?」

──「ああ。」

「すぐに向かうわ。」

──「頼む。」


電話のやり取りを聞いていた河猪課長が、すぐに指示を出していく。


「松浦はすぐに鶴崎と合流してくれ。俺たちも応援を要請してすぐに向かうが、何かあればすぐに連絡しろ。まずは浜野の身柄保護に努めてくれ。」

「はい!」


すぐに覆面パトを手配し、テレビ塔がある展望台へと向かった。


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