第14話・逆セクハラ?
チュン……チュン……
窓から射し込む光に、目を覚ました。心地よい温もりに包まれて、久しぶりに熟睡したスッキリ感がある。
「……ん。ふわぁ……」
あくびをして少し身じろぎしようとした時、何かの重さで動けない事に気付いた。
パッ!と目を開けると、そこには満面の笑みを浮かべる拓海の顔が!
「杏奈、おはよう♪よく眠れた?」
そう言いながら、チュッ!と私の額にキスを落として、ふんわり抱き締めてくる。
肌と肌が触れ合った瞬間、昨夜の記憶が鮮明に蘇ってきた!
うわわっ!ど~しよ~!!
顔を赤らめるような、ウブな反応では無い!サーッと、血の気が引いて青ざめるとは、こういう事だ!
わ、私、婚約者がいる人と寝ちゃった!訴えられたら、完全に敗訴じゃない!
こんな時、酔っぱらって記憶が無いと言えれば、どんなに良いか……
「杏奈……もう大丈夫か?」
少し身体を離して、拓海が顔を覗き込んでくる。
「う、うん……」
「なら、良かった♪」
拓海は優しく微笑みながら、そっと私の前髪をすくう。
へぇ……拓海って、こんな表情もするんだ……
って、違うっ!!
「あ、あの……」
「ん?どうした?」
「さ……昨夜の事は無かった事でっ!」
両手を顔の前で合わせて、軽く頭を下げる。拓海は一瞬眉間に皺を寄せたけど、すぐに黒い笑みを浮かべた。
「へぇ~、俺、弄ばれたのって、初めてだ。」
「も、弄ば!って、そういうのは、普通、女の台詞よね?」
「最近は、セクハラも男の被害者を助けるようになったし、該当するだろ?」
「いや……その……」
「まぁ、いいや。ちょっと早いけど、出勤するか。俺、着替えてコンビニへ朝食を買ってくるよ。」
「よろしく……」
そして拓海は自分の服を拾い上げて、ベッドルームを出て行った。
「ってか、ど~して私がセクハラした事になるのよっ!」
昨夜、忘れさせてやるって言ったのは、そっちじゃない!
でも、その後、杏奈の全てを受け止めるからって、言っていたわよね……それって、普通は彼女や好きな人に言う事だし……
婚約者がいるのに、ど~ゆ~つもりなのか、さっぱり理解出来ないわ……
身支度を整えて部屋を出ようとした時、インターフォンが鳴った。
「はい。」
──「柳沢です。」
「えっ?」
よく見ると、公安の柳沢さんだ。その後ろからは、早く開けろとばかりに威圧的をかもし出す小野さん……
「どうぞ、お上がり下さい……」
ピッと、エントランスを開くボタンを押すと、二人はすぐに玄関までやって来た。
「朝早くからすみません。瀬川から手紙を受け取っていますよね?」
えっ?どうして柳沢さんが知っているの?不思議に思いつつ、口を開いた。
「はい、確かに昨日受け取りました。」
「瀬川の事件は、我々公安が担当する事になりました。」
「……公安が?」
「そうです。手紙をご提出頂けますね。」
相変わらず私に選択権は無いのね……
「……少しお待ち下さい。」
リビングへ置きっぱなしにしていたバッグを拾い上げ、瀬川さんの手紙を取り出す。
「これです。」
柳沢さんと小野さんは、手紙を渡すとすぐに目を通している。
“鶴崎くんとお幸せに”って書いてあるのが恥ずかしいんだけど、何て答えれば……
だけど、予想に反して二人は顔色ひとつ変えずに、意味を聞いてくる事もしない。
「この手紙の内容を知っているのは?」
「私と同じ課の鶴崎くんです。」
「分かりました。手紙の事と我々が来た事は、他言無用にお願いします。」
「何故ですか?」
「捜査内容をお話出来ませんが、あなたの身の為です。」
「分かりました……」
若干腑に落ちない気もしながら頷くと、公安の二人は帰って行った。
「おはようございま~す♪」
拓海と時間差で刑事部のドアを開けると、真っ先に捜査一課の八橋さんが、駆け寄ってきた。
「杏奈ちゃん!昨日は大変だったね!」
「八橋さん、ご心配お掛けしましたぁ~♪」
「もう大丈夫?」
「はい、大丈夫ですぅ♪」
心配してくれていた八橋さんに、感謝の意味も込めて極上のお嬢様笑顔を向けながら、二課のデスクに座る。
すると、隣の鹿野さんがちょんちょん、と私を突いてきた。
「どうしましたぁ?」
「松浦さん、大丈夫か?今日は忙しくなるで。」
「もう大丈夫です♪それより、何かあったのですかぁ?」
「溝畑製薬社長の逮捕状を請求したんじゃ。裁判所から許可が下り次第、逮捕に向かうけぇの。」
「もしかして子会社の……」
「あぁ、子会社に送金したと見せかけて、裏金を作っとるようじゃ。」
これで瀬川さんが言っていた、バラされたら困る秘密を聞けるようになる!
「分かりましたぁ!頑張りま~す♪」
脅迫状の捜査は瀬川さんの自供が取れているし、意識が戻るまでは進展が無いわよね!
気合いを入れて、昨日分の報告書を書いた。
昼からは溝畑製薬へ捜査員数十人と出向き、家宅捜索に入った。
「えっ?松浦さんと鶴崎さんがいるわよ!」
私達の正体を知らなかった社員達は、捜査員の中にいる私達を見て、驚きの声を上げている。それには応えずに、河猪課長他、捜査二課が揃って社長室へ向かった。
「お前達!何の真似だ!」
ぞろぞろと社長室へ入ってきた私達を見て、社長は怒りを露にしている。課長が逮捕状を広げ、社長の目の前に突き付けた。
「溝畑邦男、特別背任の疑いで逮捕する。」
「な、何かの間違いだ!そうだ!俺は脅迫状の被害者だぞ!政治家にも知り合いがいるんだ!お前達全員、クビにしてやる!」
「深見大臣なら、任意同行で事情をお聞きしているところです。」
「何だって?」
「あなたに便宜を図った形跡もありませんし、あなたが贈った裏金は会計担当者の記載漏れとの事で、修正申告をするそうです。」
「そんな……罪に問われるのは、俺だけか……」
社長は力なく項垂れた。
家宅捜索は予定よりも早く終わった。ただ、これから押収した書類を、立件出来る年数まで遡って精査しなければならない。
押収したパソコンの解析は鹿野さん、取り調べは蝶谷さんだから、みんなが探しやすいように、書類の分類分けだけでもしておいた方がいいわよね……
押収した書類が積まれた会議室で黙々と作業をしていると、拓海が入ってきた。
「あれ?杏奈は一人で何をしているんだ?」
「書類の整理よ。」
「何でだ?」
「種類別、年代順に置いておけば、みんなが探しやすいでしょ。」
「ふ~ん、結構気が利くんだな。」
「おだてても何も奢らないわよ。効率の悪い事が嫌いなだけよ。」
「……俺も手伝うよ。」
二人、黙々と整理を進めていると、拓海が話し掛けてくる。
「その……昨日の事なんだけど……」
作業の手を休める事無く、拓海の言葉に耳を傾けた。
「……謝らないからな。」
「謝って欲しいとは思っていないわ。ただ、理由を教えてくれる?」
婚約者がいながら私を抱いた理由、それだけが分からないのよね……
「……初めてなんだ……我慢出来なかったのが……」
「えっ?何て言ったの?」
カチャッ……
ボソッと何かを呟いた拓海へ聞き返した時、会議室に河猪課長が入ってきた。
「瀬川の件だが、公安が捜査する事になったそうだ。だが容態も気になるから、見舞いに行ってくれないか?ついでにみんなの夜食も買って来てくれ。」
そう言いながら財布を取り出して、お金を渡される。
「いいのですかぁ?」
「大きなヤマを越えたからな。本当なら打ち上げに行きたいところだが、それは送検した後に楽しもう。」
「分かりましたぁ。課長のリクエストはありますか?」
「俺は唐揚げ弁当にしてくれ。」
「了解です。ご馳走になりま~す♪」
課長は軽く片手を挙げて、会議室を出て行った。
「はぁ、河猪課長って、スマートな大人よね……」
「何だよ……あんなオッサンが好みかよ……」
「刑事のいろはを教えてくれた人よ。尊敬しているわ。」
「裏切られた時のショックが大きくなるぞ。」
「課長がそんな事をする訳無いでしょ。ヤキモチ妬かないの♪」
「妬いて無いし……」
それから二人で病院へと向かった。




