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第13話・初めての夜……

 本部へ戻り、瀬川さんの任意同行の許可を貰い、覆面パトの手配をしていた時だ。総務部の女性である森野先輩に声を掛けられた。


「松浦さん、手紙を届けてくれと尋ねてきた人がいて、預かっているけど……」

「ありがとうございますぅ♪どんな方でしたかぁ?」

「背が高くて、眼鏡を掛けた男性よ。名前は手紙に書いてあると言っていたわ。」

「分かりましたぁ。お手数をお掛けしましたぁ♪」


森野先輩に極上のお嬢様笑顔を向け、キャリアくんと歩きながら手紙を開封する。


「お嬢の作り笑顔は、男女問わずか?」

「勿論よ。」

「徹底してるな。」

「その必要もその気が無いのも、キャリアくんだけよ。」

「特別待遇か。」

「……呆れる程、ポジティブね。」

「まぁな♪」


封筒から便箋を取り出して、飛び込んできた名前に目を奪われた。


「えっ?」

「どうした?」

「瀬川さんからよ……」

「マジか?」


すぐに便箋を開いて、目を走らせる。



《杏奈ちゃん


久しぶりに会えて嬉しかったよ。

だけど、私は杏奈ちゃんに会わせる顔が無いんだ。君から幸せな日々を奪ってしまった片棒を担がされていた事を、最近知ったんだ。


私は、私なりの方法でけじめをつける決心をしたよ。

願わくば、杏奈ちゃんはご両親の分まで幸せになって欲しい。

鶴崎くんと、お幸せにね。


瀬川》



これって、完全にパパとママの事故の事よね……やっぱり瀬川さんは、他殺だと知っていたんだ!急いで瀬川さんの所へ行かないと!


ダッシュで覆面パトに乗り込み、運転席のドアを閉めようとすると、キャリアくんが止めてくる。


「お嬢!単独捜査は禁止されてるだろ!」

「キャリアくんを巻き込む訳にはいかないのよ!」

「もう充分巻き込んでいるだろ!お嬢の邪魔はしないから、俺に運転させろ!」

「……本当にいいの?」

「愚問だな。」


ふっと軽い笑みを浮かべたキャリアくんに、運転席を譲った。


「お嬢、瀬川の行き先は分かるのか?」

「この前、電話番号を聞いたわ。GPSで調べる事が出来れば……無理なら自宅住所へ行くしか無いわね。住所も調べてあるわ。」


スマホを操作して、居場所を調べてみる。


「いたわ!湾岸方面よ!」

「了解!とりあえず、湾岸方面に向かってみよう!」


庁舎の駐車場を出て、暫く走ると、無線連絡が入って来た。


──「県警本部より506号車。」


無線マイクを手に取って、応答する。


「こちら506号車、どうぞ。」

──「河猪だ。松浦、鶴崎、今は何処だ?」

「今、湾岸方面へ向かっています。」

──「丁度良かった。瀬川から溝畑製薬の社長に直接、脅迫電話があったそうだ。秘密をバラされたく無ければ、湾岸倉庫通りの13番倉庫へ来いとな。」

「秘密って何ですか?」

──「社長は身に覚えが無いそうだ。今から俺達も向かう。」

「了解。先に向かいます。」


ったく、絶対に覚えがあるだろうに……裏金作りでも何でも、絶対に引っ張ってやるわ!




 車は、13番倉庫の少し手前で止まる。


「お嬢、拳銃は携帯してるよな。」

「勿論よ。」

「射撃の腕は?」

「それこそ愚問ね。銃社会で育っているのよ。」

「頼もしい答えだ。」


銃を構えて、中の様子を伺う。手には銃らしき物を持った瀬川さんの後ろ姿が見える。


「銃を捨てなさい!」


ダッ!と扉を開けて、瀬川さんに銃を向ける。

瀬川さんはビクッ!として両手を挙げ、ゆっくりと振り向いた。


「えっ?あ、杏奈ちゃん?」

「……銃を下ろしなさい。」

「大丈夫だよ。これはBB弾、つまり良くできた玩具だよ。」


そう言って、瀬川さんは近くにある段ボールに向かって、一回引き金を引く。


「……確かに玩具ね。」


ゆっくりと構えていた銃を下ろし、瀬川さんに話し掛ける。


「何故こんな事を……」

「社長のやり方が気に入らなくてね。」

「本当にそれだけですか?」

「……」


瀬川さんは、俯くように、私から視線を外した。


「瀬川さん……あなたは社員を傷付けるという脅迫状を送り付けながら、書庫に閉じ込めるだけの軽いもので済ませた……」

「……やっぱり分かるんだ。」

「ええ、おかげで寝不足だわ。」

「それは申し訳無い事をしたね。」

「階段からの突き落としも、自らが怪我をする方法を選んだ……他人を傷付けたく無かったからですよね?」

「やめてくれ。買いかぶり過ぎだよ。」

「あなたをそこまで追い詰めたモノって、一体何ですか?」

「だから、さっきも言ったとおり……」

「私の両親の事故の事ですか?」


瀬川さんの言葉を遮って言うと、みるみるうちに、瀬川さんの目が見開いていく。


「杏奈ちゃん、知ってたの?」

「はい……それを調べる為、警察になりました。」

「そうだったのか……最初から、素直に言っておけば良かったな……」

「瀬川さん、脅迫状については責任を取らなければなりませんが、知っている全てをお話し頂けませんか?」


瀬川さんは諦めたように、ふっと笑って、玩具の銃を弄び始める。


「この銃、良くできてるよね。ここへ社長を呼び出して脅して、隠しカメラで証言を残そうと思ってね……万が一私が死んでも、警察が捜索をした時に見つかれば、必ずチェックするだろうと思ったんだ。」

「それで、一体何を……」

「杏奈ちゃん、よく聞いて……ご両親を殺……」


その時、視界の片隅で何かがキラッ!と光った。


「杏奈!危ないっ!」


バン!バン!

キャリアくんが私に覆い被さった瞬間、二発の銃声が!それと同時に、瀬川さんの肩と腹部から鮮血が飛び散った!


「うっ……」


ゆっくりとスローモーションのように、瀬川さんが倒れ込んでいく。


ドサッ!


「せ、瀬川さん!!」


急いで瀬川さんに駆け寄って、傷口を確認する。キャリアくんは銃を構えて、銃声がした方向へ向けている。


「ゴホッ……あ……」

「瀬川さん!もう喋らないで!血が溢れちゃう!」

「杏奈……ちゃん……」

「大丈夫!絶対に助けるからっ!助かったら、話を聞かせて貰うからっ!」


脱いだジャケットを押し当てて、何とか止血を試みる。


「あ……りが……」


瀬川さんが笑ったかと思った瞬間、ガクッ!と力が抜け落ちた。


「瀬川さん!しっかりして!」


「さっきの銃声は何だ!」


河猪課長が倉庫の中へ飛び込んで来た。


「課長!瀬川が撃たれました!すぐに救急車を!」

「分かった!」


課長がスマホを取り出すと、キャリアくんは構えていた銃を仕舞い、私と瀬川さんの側へ駆け寄ってくる。そして、ベルトを外し、私のジャケットごと瀬川さんのお腹へ巻きつけた。


「これで止血出来るだろ。肩は本人のベルトを使おう。」


瀬川さんの肩を止血をしている時、鹿野さんと蝶谷さんが駆けつけてきた。


「うわっ!何で被疑者が血まみれなんや!」

「恐らく口封じです。捜査一課と鑑識も呼んで頂けますか?」


キャリアくんの言葉に、すぐに蝶谷さんは県警本部へ電話を入れた。




 救急車で運ばれていく瀬川さんを、私は座り込んだまま、呆然としながら見送った。


「杏奈ちゃん……大丈夫?」


到着した捜査一課の八橋さんが気遣ってくれるけど、それに応える気力が無い……プチッと糸が切れたように、張り詰めていた緊張が途切れてしまっている。

そんな私の代わりに、キャリアくんが応えた。


「杏奈さんは、被疑者から血が飛び散るのを、目の前で見てしまいました。少し精神的なショックがあったかと……現状説明なら、僕がやります。」

「そうか……なら頼むよ。」


そんな訳、無いじゃない……

ただ、最もらしい理由を付けてくれたのだろう……


八橋さんとキャリアくんが連れ立って、銃声が聞こえた方へ歩いていった。


今回の事は私の判断ミスだ……すぐに任意同行をお願いして、本部でゆっくり話を聞けば、瀬川さんが撃たれる事は無かったかもしれない……


ブルッ!と震える肩を自分で包み込んだ。


「松浦、鶴崎、お前達は帰っていいぞ。」


いつの間にか課長が側へ来て、気遣ってくれている。


「ですが、聴取が……」

「明日でも大丈夫だろ。昨夜もほとんど寝ていないんだし、ゆっくり休め。」


戻ってきたキャリアくんと、目を合わせる。軽く頷いて帰るように促しているようだ。


ここは残っていても力にならないし、課長の言葉に甘えておこう……


「杏奈さんは、僕が送り届けます。」


キャリアくんが私の肩を支えるように立ち上がらせて、現場を後にした。




 「お嬢、先にシャワーを浴びるか?返り血がホラーだぞ。」


マンションに戻り、キャリアくんが冗談を言うものの、反応が出来ない。


「……先に浴びさせて貰うわ。」

「あぁ……」


血がついた服を洗濯機に押し込み、バスルームでシャワーの栓をひねる。


頭の中では、小さかった頃、よく私に実験を教えてくれた優しい瀬川さんの思い出が蘇ってくる。

実験に成功すれば、頭を撫でながら褒めてくれた瀬川さん……失敗すれば、一緒に原因を考えてくれた瀬川さん……


瀬川さんに何かあったらどうしよう……パパとママと同じように……


「うっ……ううっ……」


シャワーの音で誤魔化すように、声を殺して涙を流した。




 「お先……」


バスルームから出てきた私の顔を見たキャリアくんが、一瞬驚いたみたいだけど、そのままバスルームへ入って行った。

こういう時、何も言わない気遣いは助かる。


ゴクッ、ゴクッ……

冷蔵庫ではなく、ワインセラーを開けて、コルクを取ったワインをラッパ飲みする。空きっ腹にワインが染み渡る。お酒で記憶を無くした事は無いけど、今日ばかりは、全てを忘れたい気分だ。


「杏奈!何やってるんだ!」


二本目を開けた時、シャワーを浴びてきたキャリアくんに、ワインボトルを取り上げられた。


「返してよ!」

「何も食べて無いだろ!無茶するな!」

「飲まなきゃ、やってられないわよ!」

「気持ちは分かるけど、少し落ち着け!」

「今日だけでも忘れたいのよ!」


ガバッ!

いきなりキャリアくんが抱き締めてきた!


「……俺が忘れさせてやる。だから、俺の知らないところで、勝手に泣くな……杏奈の全てを受けとめるから……」


えっ?


聞き返す暇も無く、性急にキャリアくんの唇で言葉を遮ぎられ、掻き乱すような深い熱が入り込んでくる!


「ん!んんっ!」


キャリアくんの胸を押し返すけど、頭と背中にガッチリと腕を回され、ビクともしない。


ず、ズルい……強引なクセに、とろけるような、全てを委ねたくなるようなキス……


段々と、キャリアくんの胸を押し返していた腕の力が、抜けていく。それを見計らったように、キャリアくんは黙って私を横抱きにし、ベッドルームまで運んだ。




 そっとベッドに寝かされると、身体に覆い被さる重みを感じ、暗闇の中でも目が合ったのが分かった。


「目を閉じろ……今は何も考えるな……」


その言葉に促されるよう目を閉じると、お互いの熱が深く絡まるようなキスを交わす……

全てを脱ぎ捨てた私の素肌を、拓海の指先が艶かしく滑っていく……


「俺を感じろ……俺だけを……」

「ん…」


甘い声が漏れると、それに反応するかのように、拓海は全身に口付けを落としていく……


全てを忘れさせてやる……


その言葉どおり、拓海は息をつく暇が無い程、優しく、時に激しく、波のように押し寄せてくる。


「杏奈……」


愛しむ囁きは無くても、私の名前を呼ぶ掠れた声に、この人から愛されているという錯覚に陥ってしまいそうになる。


今夜だけは、甘やかして……何も考えれなくなる程に……


そんな思いを伝えるよう、拓海の背中を掻き抱いた。



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