第12話・お嬢様の親衛隊
キャリアくんの休み明け、またしても二人で社長室へ呼ばれた。
「開発部へ異動させて欲しいと聞いたが、何かあるのか?」
社長は河猪課長から、話を聞いたようだ。
「はい、まだ証拠は掴めていませんが、犯人は開発部だと絞り込んでいます。」
「あながち間違いでは無いかもな……昨夜、二人目の犠牲者、新薬開発担当者が被害を受けたよ。」
「えっ?それはどなたでしょうか?」
「瀬川という社員だ。」
はっ?瀬川さんが?!
思わずキャリアくんと顔を見合わせ、再度、社長に向き直る。
「あの……被害とは……」
「階段から突き落とされて、足をやられたらしい。ったく……新薬の開発が遅れたらどうしてくれるんだ!億単位の損害が出るんだぞ!お前たちで弁償できるのか!」
はぁ……瀬川さんの心配よりも、そっちなのね……
思わず溜め息をつきそうになった時、キャリアくんが一歩前へ出た。
「社長、潜入を止めて、通常の捜査に切り替えさせて頂きます。」
「それは許さん!公にすると、ライバル会社に情報が漏れるだろ!」
「では次の犠牲者が出てもいいのですね?次は社長、あなたかもしれませんよ。」
「……それもあらゆる可能性を考えての事か?」
「勿論です。」
ふぅ……と、社長は大きな溜め息をついた。
「分かった。だが、出来るだけ内密に動いてくれ。」
「かしこまりました。」
早速、守衛室へ行き、昨日一日分の防犯カメラのビデオと入退出記録データを提出して貰う。そして、来客者をチェックする為に、エントランスの受付へ行った。
「松浦さん、まだ制服に着替えていないの?もう遅刻よ!」
受付にいた先輩が、パンツスーツを着ている私に驚いている。
「すみませ~ん。昨日一日の来客者カードをご提出頂けますかぁ♪」
にっこりお嬢様笑顔と共に警察手帳を見せると、先輩は更に目を見開いて驚いている。
「松浦さん……あなた、警官だったの?」
「はい、刑事で~す♪」
「全く分からなかったわ……それよりも、昨日一日のって事は、瀬川さんの件?」
「ご存知でしたら、少しお話を宜しいですかぁ♪」
受付の先輩から話を聞くものの、犯人に結び付くものは無かった。過去に同じような事があったかも聞いてみたけど、全く無いとの事だ。
何処まで効力を発揮するかは不明だけど、一応口止めをして、庁舎へ戻った。
河猪課長に報告を入れ、瀬川さんに話を聞く為、入院している病院へと向かう。
「あ、杏奈ちゃん?と、鶴崎くんかな?」
私達の姿を見た瀬川さんは、驚きながらも体を起こして、椅子を勧めてくれた。思ったよりも元気そうで、ホッと一安心だ。
「瀬川さん、お怪我はどうですか?」
「あぁ、捻挫で済んだよ。頭や身体中ぶつけているから、念のため、明日まで入院する事になったけどね。」
「お身体が痛む時に申し訳ありませんが、その時の状況を詳しくお伝え願えないでしょうか?」
「夜の9時くらいなか?階段を降りようとした時、ドンッ!と押されて突き落とされたんだ。最初は骨に異常があると思ったから、守衛室に電話して、助けて貰ってね。」
「犯人は見ましたか?」
「いいや、気付いた時には、誰も居なかったよ。」
「あの階段は、社員の皆様はほとんど利用されないようですが……」
「人があまり来ないから、考え事をする時によく行くんだ。って、まるで、刑事の取り調べみたいだね。」
苦笑いする瀬川さんに、警察手帳を見せる。
「申し訳ありません。実は脅迫状の捜査で、潜入していました。」
「えっ?脅迫状?!……って、な、何の事だか、さっぱり分からないんだけど……」
明らかに動揺したわね……
嘘をつき慣れていないのが、余計に私の不安を掻き立てる。
あんなに優しかった瀬川さんを、脅迫状を出さないといけなくなるまで追い詰めたものって、一体何だろう……
まさか、パパとママの事故の真相を知っているのでは……
「瀬川さん、実は……」
言い掛けたところで、キャリアくんに遮られた。
「瀬川さん、お身体が大変な時に申し訳ありませんでした。我々は防犯カメラの解析を急いで、不審人物がいないかを調べます。また、何かありましたら、ご協力をお願いします。」
「分かりました……」
そのままキャリアくんに病室を出るよう促され、溜め息をつきながら覆面パトに乗り込んだ。
だけどキャリアくんはハンドルに両肘を乗せたまま、一向に車を動かす気配が無い。
「どうかしたの?」
「お嬢、さっき、何を言い掛けた?」
「えっ?」
「犯人に手の内を見せてどうする!お嬢にとっては小さい頃から可愛がって貰った人かもしれないけど、彼は被疑者だぞ!」
「そんな事、分かっているわよ!」
「分かって無いだろ!気持ちは分かるけど、もう少し冷静になれ!」
「……」
そうだ……パパとママの事故が他殺だと言おうとした……絡んでいる可能性がゼロでは無いのに……
悔しいけど、何も言い返せない……
「……ごめん。」
俯き加減に呟くと、キャリアくんが私の頭をガシガシとかき混ぜて来る。
「ちょっと!何するのよ!髪の毛がぐちゃぐちゃになるじゃない!」
「はは!いつも部屋にいるお嬢と変わらないぞ!素直だと調子狂うだろ!」
「私はいつも素直よ!」
「だな!素直に俺へ文句を言ってる位が、丁度いいさ!」
「……もしかしてキャリアくんはドMなの?ご希望なら、ハイヒールで急所を蹴り上げて差上げますが?」
「うわっ!それだけは止めてくれ!考えただけでも震えが来るだろ!」
「ふふ♪ごめんなさい!女の私には理解できませんのでぇ♪」
「だろうな……」
キャリアくんは苦笑いしながらエンジンをかけ、庁舎へと車を走らせた。
おかげで、ちょっとだけ気持ちが落ち着いたわ……今回ばかりはキャリアくんに感謝ね。
私は今出来る事をしないと……まずは脅迫状が先だ……怪しい人物がいない限り、瀬川さんの事件は、自作自演の可能性が高くなる……
庁舎に戻り、会議室を貸し切って、防犯カメラのチェックを始める。私はエントランスとロビーを、キャリアくんはエレベーター二基を少し早回しで見ていく。
一息つく為に、コーヒーでも買いに行こうかと思っていた時、ドアをノックして、生活保安課の藤沢さんが入って来た。
「杏奈ちゃん、お疲れ様!」
「藤沢さん、どうされましたかぁ?」
「杏奈ちゃんが頑張っているって聞いて、差し入れだよ♪」
そう言いながら、コンビニの袋を渡してくれる。
「わぁ~!ありがとうございますぅ♪丁度、一息つこうかと思っていたところですぅ~♪」
「じゃぁ、頑張ってね♪」
では、遠慮無く♪藤沢さんが会議室を出てから、ゴソゴソとコンビニの袋を覗き込むと、ミルクティーが1つ……
「あれ?」
「お嬢、どうかしたか?」
キャリアくんが不思議そうに尋ねてくる。
「……1つしか入って無いの。」
「藤沢さんはお嬢の親衛隊だからな。俺のはロビーで買ってくるよ。」
苦笑いしながら、キャリアくんは会議室を出て行った。
夕方も過ぎた頃には、鑑識課の菖蒲さんが、スイーツの差し入れを持ってきてくれた。当然のように、ケーキ1つ……
「ったく、子供染みた嫌がらせをするわね……」
「仕方無いだろ。親衛隊からすると、俺は被疑者だからな。」
「私の親衛隊なんて、聞いた事無いわよ。」
「本人には知らせて無いだろ……」
一人で堂々とケーキを食べれる訳、無いでしょ……
仕方無く、夕食を買いに出た時、キャリアくんのケーキも買う羽目になった。
もうすぐ夜中だ。流石に疲れてきたな……
う~ん!と思いっきり背伸びをした時、捜査一課の八橋さんが会議室へやってきた。
「杏奈ちゃ~ん♪差し入れだよ!まだ作業すると思って、コーヒー買ってきたよ!」
「八橋さん、ありがとうございますぅ~♪」
って、当然のように1本……これは業務にも支障が出そうね……仕方ないから、キャリアくんの疑いを晴らしておくか……
「八橋さん、魔法使いポットって読まれた事ありますかぁ~♪」
「いいや、映画を見ただけかな?杏奈ちゃんは好きなの?」
「この前、拓海くんに本を借りたのです!とっても面白くて♪」
「えっ?本当に借りてたの?」
「……本当にって、何の事ですかぁ?」
わざとキョトンとして、八橋さんの顔を覗き込む。
「あ、杏奈ちゃん、その顔は反則だって……が、頑張ってね!」
真っ赤になって、八橋さんは会議室を出て行った。
「お嬢、さんきゅ……これで本を貸した事が本物になったよ……」
「どういたしまして~♪って、あまり喜んでいないわね。」
「……あんな事、いつもしてるのか?」
「あんな事って?」
「その……顔を覗き込むような……」
「あの程度で、仕事がスムーズに運ぶのなら、安いものよ。作り笑いくらい、いくらでもくれてやるわ。」
「本物の笑顔が見れるのは、俺だけの特権か。」
「寝言は寝てから言ってよね……」
思わずジロッと、キャリアくんを睨む。
「お~怖い怖い!それより、仮眠くらい出来るように、早く終わらせようぜ。」
ったく、誰のせいだと……
言い掛けた言葉を飲み込んで、再びビデオ画面に集中した。
日付も替わった頃、やっと夕方までのチェックが終わった。
来客者カードを書かない場合、受付か守衛さんが必ず止めるし、セキュリティがかかっている窓や裏口からの進入も考えられない。セキュリティの解除歴も無い。これで、外部犯の可能性はゼロになった。
何気なくキャリアくんがチェックしているモニターに、目を向けた時だ。
「あれ?」
「お嬢、どうかしたか?」
「今、エレベーター前を横切ったのって、瀬川さんじゃぁなかった?」
「本当か?」
すぐに少しだけ巻き戻す。すると、間違いなく瀬川さんが歩いているのが映っていた。
「本当だな……この方向はトイレと……」
「階段があるわね……」
「だが、犯行時刻は21時頃だから、まだ時間はあるな……」
「そうね……」
引き続きチェック作業を進めていたキャリアくんが、暫く経った頃、肘で私を突いてきた。
「どうしたの?」
「瀬川以外の3人は、20時43分に退社している。開発部のフロアにいたのは4人だから、残っているのは、瀬川一人だ。」
「他の部の人間は?犯人の顔を見ていないって事は、犯人が逃げる時、必ずエレベーターを使うわよね?」
「あぁ、フロアの電気が消されるまで、誰も開発部フロアへは行っていないんだ。犯人が何処かに隠れていれば別だけど、21時前後に残っている他の部の人間にアリバイが成立すれば、瀬川の自作自演が確定だろうな。」
「そう……」
翌日、朝イチで溝畑製薬へ行き、21時以降に退社した人達に話を聞くと、全員のアリバイが確定した。
「お嬢、本部に戻ったら課長に報告して、瀬川を任意同行するぞ。」
「……分かったわ。」
心の片隅で、パパとママの思い出を共有できる瀬川さんでは無い事を、期待していた自分がいる……見事に打ち砕かれた……
怪我のリスクを背負ってまで何故こんな事をしたのか、しっかりと話を聞こう……
そう、心に決めた。




