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第九十八話 上手く行った……はずッ!

「ふふふ……はははははッ!!」


 結界の底、仄暗い洞窟にて。

 魔石を天高く突き上げた私は、盛大に高笑いをした。

 笑いすぎて、喉の底からスースーッと変な音がする。

 思えば、スケルトンだった頃はしゃべることが出来なくてこんな音ばっかりさせてたっけ。

 最悪な思い出だけど、今となってはすべて許せる気がする。

 これが、全てを手に入れた強者の余裕か!

 ここ数カ月は無縁だった感覚だ。

 ただ生きていくだけで、必死だったからねえ……。


「シース、いつまで笑っているつもりだ?」

「気が済むまでよ!」

『……かれこれ十分ぐらいは笑ってないです?』

「いいでしょ、こんなおめでたい時なんだからさ!」

「そうは言っても、何に進化するのかは分からんだろう? リッチとかになったらどうするんだ?」


 ディアナの無神経な一言に、肩が震える。

 そうだ、そうなのである。

 今まで人間に近づくような方向で進化を重ねてきたけれど、上位の不死族には人とかけ離れた外見の奴も結構いるのよね。

 ここらで一気に、そっち方向にそれちゃう可能性だって……ああ、考えたくない!

 悪い想像はなしよ、なしッ!


「……ならないわよ、そっちには!」

『でも、今まで人間よりになってきた分だけ確率的に……』

「ならないったらならないの! 私は人間だった頃の美しい姿を取り戻すんだからッ!」

「美しい姿か」


 どこか訝し気な表情をするディアナ。

 彼女は壁に立てかけられていた剣を手元に寄せると、何やらひそひそと語り掛ける。


「そういえば、人間だった頃のシースの姿をそなた知っているか?」

『いえ、僕が最初にあった頃にはもうスケルトンだったのですよ。だから、シースがどんな人間だったのかは知らないのですー』

「なるほど。シースはことあるごとに美人だったと強調しているが、実際のところはどうだと思う?」

『うーん、怪しいものなのですよ。女の子の可愛いと美人はあてにならないのです』

「その通りだな。私もよく美人だと言われたが、こんな武辺者を持ち上げるなどやはり女の褒め言葉には裏が――」

「聞こえてるわよ、はっきりと!」

「のわッ!!」


 剣を抱えたまま、ひっくり返ってしまうディアナ。

 いくら声を小さくしていたとはいえ、手を伸ばせは互いの身体に触れられる距離である。

 そこでひそひそ話をして、ばれないって思う方がおかしいでしょうがッ!


「ったく、どうしてこうも私の言うことを素直に信じられないのかしらねえ……」


 だいたい、サラッと言ってたけど「よく美人と言われたが」って自慢かしらね?

 実際に美人だけどさ。

 文句のつけようがないぐらいに整った顔立ちと完璧なボディをしてるけどさ!

 そうやって言われると何か腹が立つのよね!

 無自覚なところが余計にイライラを掻き立てるわッ!

 そういう奴に限って、いい男を後から掻っ攫って行ったりするんだからッ!


「……もういいわ。心の準備も出来たことだし、眼のものを見せてあげる!」

「いよいよか。頑張るのだぞ」

『何になっても、強く生きるのですー!』

「だから、ちゃんと人間っぽい奴になるわよ! ……それッ!」


 覚悟を決めて、一気に魔石を飲み干す。

 拳大ほどもあるそれが、変形してつるんッと喉を通り過ぎた。

 途端にお腹のあたりが熱くなり、その熱が全身に広がる。

 脈打つ血管、蠢く肉。

 骨格が軋んで、新たに生まれ変わっていくのが分かる。

 熱で頭がぼんやりとした。

 少しでも気を抜いたら、意識を持っていかれてしまいそうだ。


「何を……ッ!」


 軽く舌を噛んで、襲い掛かってくる眠気を堪える。

 永遠か、一瞬か。

 時間の感覚すら怪しくなる中で、私はただひたすらに意識を保つことにだけ集中した。

 ここで気を失ってしまったら、そのまま戻ってこられなくなる。

 そんな気がしたのだ。


「ふう……ッ!」


 どれほどの時が経ったのだろう。

 身体の熱が収まったところで、私は大きく息を吐いて横になった。

 石の床の冷たさが、火照った体に何とも心地よい。


「これは……!」

『……意外、なのですよ』


 私の姿を見て、きょとんした表情を浮かべるディアナ。

 彼女の手の中で、精霊さんもまた唖然とした雰囲気の念を送ってくる。

 この感じは……もしや!

 二人の様子にただならぬものを感じた私は、だるい体を起こしてすぐさま全身をチェックした。

 すると――


「おおおおおッ! やった、やったわッ! これよ、このつやつやお肌よッ!」


 きめが細かく、しっとりとした質感の肌。

 しっかりと張りがあって、しわなんて一つもない。

 スカートから足をさらけ出してみれば、眩しい太ももが目に飛び込んでくる。

 そう、これ!

 この誰もが見惚れるような健康的な肉付きよッ!!

 私、とうとうやったんだわッ!!

 取り戻したのよッ!


「んー! 完璧だわッ! 我ながら惚れ惚れしちゃうわね!」


 下から胸を持ち上げる。

 エプロンドレスがパッツンと張って、何本ものしわが寄った。

 手に伝わる柔らかな触感と、何よりたっぷりとした重量感。

 自分の持ち物だけど、ほんとたまんないわね!

 生前よりも、気持ち大きくなったような気さえする。

 胸元がかなり大きめに作られている上着が、今にもはちきれてしまいそうだ。


「どうよ! 言ってたとおりでしょ?」

「ああ、そうだな。素晴らしい身体だ。うむ……」

『凄い身体なのですよー!』

「ん? 何か引っかかる言い方をするわね?」


 なんか、身体ばっかりやけに褒めてない?

 まあ、確かにそっちも自慢なんだけどさ。

 ボディラインを維持するために、食事に気を付けたりも一応はしてたし。

 でも、そこばっかり褒められてもね。

 身体目当ての変態親父を相手にしてるみたいで、いい気はしない。

 というか、この言い方だと――


「顔はどうなの? 自分じゃ見えないから、感想を聞きたいわ」

「それは……。触ってみれば、分かるんじゃないか?」

『そ、そうなのです。自分で触ってみればいいのですよ』

「……どれどれ」


 頬っぺたにペタペタと触れる。

 すると何やら、熱い液体のようなものが手についた。

 ……何だこりゃ?

 もしかして、寝転がっている間に涎でもついちゃったのかな?


「いッ……! いいッ!?」


 掌にこびり付いた、血!

 それも白い部分がないほどに、たっぷりと!

 零れ落ちる紅の滴に、私はたちまち崩れ落ちたのだった――。


メリークリスマス!

いよいよ年末年始ですが、頑張って更新しますのでよろしくお願いします!

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