第九十二話 怪しい書類にはサインしちゃダメよね!
『吸魔鬼
脅威度:A+ランク
不死族上位種の一つで、その姿から一説には千の齢を経た魔女が変化するとされる。
豊かな白髪が最大の特徴で、ここへほぼ無制限に魔力を蓄えることが可能。
あらゆる魔法攻撃を吸収し、さらに蓄えた魔力でパワーアップする極めて厄介な性質を持っている。
さらに身体能力も上位の不死族に相応しく非常に高いため、討伐は非常に困難。
カテゴリー上はA+ランクだが、その実態はSランクに限りなく近い。
確実に討伐するにはSランク以上の冒険者が複数、もしくは統率の取れた軍の出動が必須とされる』
「改めて見たけど……うーん」
こっそり持ちだして来た大百科先生のページをパタンと閉じて、ふうっと息をつく。
ベルゼブブに対抗するため、何か参考になることはないかと読んで見たけど……特になさそうだわ。
ま、吸魔鬼なんて個体数が限られてるだろうからね……。
資料が少なすぎて、さすがの大百科先生も大した情報がないのかも知れない。
「ベルゼブブの方は……まったく情報なしか。なかなか厳しいわね」
『シース、どうするのです? このままだと、明日になっちゃうのですよー?』
「分かってるわよ。ベルゼブブの戦闘スタイルが魔法寄りだってのはほぼ間違いないと思うんだけど、それだけだとちょっと決め手に欠けるのよね。得体の知れない能力も持ってるみたいだし……」
腕組みをすると、そのまましばらく唸る。
――さて、一体どうすれば勝てるのか。
ベルゼブブの能力さえ分かれば対策が立てられるのだけど、それを調べようとしたところでディアナが捕まっちゃったのよね。
こうなった以上は、私自身の戦闘スタイルを徹底的に突き詰めていくしかないかな?
私の特徴は、魔法を吸収してパワーアップすることだから――。
「ベルゼブブが魔法を使ってくれればいいけど、正体を知られちゃってるのがどうにも。吸魔鬼相手に魔法なんて、知ってたら絶対に使わないだろうし……。ああ、難しいッ!!」
もう、いったいどうすればいいっていうのよッ!!
頭を掻きむしりながら、ゴロンッと後ろに倒れる。
考えても考えても、いいアイデアが浮かばないッ!!
私はそのまま、駄々っ子のように手足をばたばたとさせて暴れる。
こんなことしてもどうにもならないって分かってるけど、ああ、イライラしてしょうがないわッ!!
『シ、シースッ!?』
「…………はあ、ちょっと落ち着いたわ」
『自棄を起こしちゃダメなのですよー。浮かぶものも浮かばなくなるのです!』
「そうは言ってもねえ……。こうなったら、今のうちに魔石をやけ食いして進化でもしようかしら? でも、進化まではあと半分ぐらいはある感じなのよね……」
吸魔鬼に進化してから結構たくさんの魔石を食べて来たけど、進化にはまだまだ遠い感じがする。
魔力に敏感な種族になったせいか、感覚的にだけど分かっちゃうのよね。
進化するための器に、まだ魔力が半分ぐらいしか満たされてないって。
これから必死になったところで、もう半分をたった一日で貯めこむのは無理だ。
……ん?
そっか!
今までどうして気づかなかったんだろうッ!
器に流していた魔石の魔力を、そのまま髪の毛に流してやればいいんだ!
髪に流すのと、身体で吸収するのとは似ているようで全然違う。
前者はただ魔力を貯め込むだけだけど、後者は魔力のほとんどを肉体の作り替えに使うのだ。
将来的には後者の方が良いけど、前者ならば魔法を吸収した時のように魔石の魔力分だけ一気に――
「いいこと思いついた!! これなら何とかなるかもしれない!」
『ホントなのです!?』
「ええ! けど、そのためには魔石がたっくさんいるわね! 精霊さん、狩りに行くわよ!」
『分かったのですよ! 敵を狩って狩りまくるのですッ!!』
こうして私と精霊さんは、不眠不休で魔石をかき集めたのだった――。
「良く来たな」
翌日。
指定された火山の麓へとたどり着くと、どこからともなく声が響いてきた。
風が唸っているようで、どうにも捉えどころがない。
どこから聞こえてくるのかも、良くわからなかった。
さながら、世界全体から聞こえてくるかのようだ。
これが――伝説の魔族ベルゼブブか。
たった一言喋っただけなのに、かつてないほどの大物だと言うのが分かってしまう。
自然と身が引き締まった。
「ああ言ったんだから、来るに決まってるでしょ? 私が来たんだから、そっちも姿を見せてほしいわね。ディアナの首と一緒に」
「良かろう」
大気がさざめく。
無数の羽音が響き、どこからともなく蝿の群れが姿を現した。
ほえー、大したもんだわこりゃ……!
空を覆い尽くす影に、たまらず目を丸くする。
もはや模様のようにすら見える蝿の数は、軽く一万を超えて居そうだ。
話には聞いていたけれど、実際に見ると迫力が違うわね……ッ!
天を仰ぐ私の上を、ゆっくりと旋回する蝿たち。
やがてその中から、ひときわ体の大きな蝿が下りて来た。
今の私よりも、頭一つ大きいぐらいだろうか?
蝿らしからぬそのサイズ感に、何とも言えない嫌悪感を抱く。
蝿なんてもともと気持ちのいいものではないが、大きくなった分だけ気持ち悪さが増していた。
複眼が光るたびに、背筋がぞわっとする。
生理的に無理というのは、まさにこのことみたいだ。
「我がベルゼブブである」
「……そう。私がシースアルバランよ」
「約束のものだ。見るがいい」
そう言うと、ベルゼブブは手にしていたディアナの首を高々と掲げた。
虚ろで、どこを見ているのか分からないような眼をしていた。
まだ、ディアナは完全に奴の術中にあるようだ。
待ってて、今助けるから!
髪の毛を掴まれ、何とも痛々しいその姿に私の決心はさらに強まる。
「早くディアナを返して。見ていられないわ」
「よし。では、これにサインをするのだ」
バッと羊皮紙が広げられる。
それと同時に、ベルゼブブは羽ペンを投げてよこした。
有無を言わせずにサインしろとは、まったく強引な奴だ。
私は羽ペンを手にしたまま、ベルゼブブに近づいて――
「分かったわ、サインをすれば――なんて、できるわけないでしょッ!」
サインをするように見せかけて、ペンを握ったまま渾身のストレートを繰り出す。
するとベルゼブブは、さながら私の動きを予想していたかのような回避行動を取った。
軽く身を反らし、曲芸よろしく見事に拳を避けて見せる。
そして、悪戯が成功したようないやらしい笑みを浮かべた。
「やはりそう来たな。だが、お前では私に拳を当てることすら出来ぬ」
「それはどうかしらね? 今はあんたの方が強いようだけど…………これでどうかしら?」
懐に忍ばせて置いた魔石を、すかさず口に含む。
そして――ガリッ!!
歯で魔石をかみ砕き、溢れ出した魔力をすべて髪へと吸収させたのだった――。
旅行から戻ってきました!
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