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第八十九話 衝撃の事実

「蝿……ねえ」


 眉間にしわを寄せて、噛みしめるようにつぶやく。

 蝿と言えば、ゴミやフンに群がる汚い虫というイメージしかない。

 それが精霊さん曰く――すっごくデッカイ。

 悪夢だ。

 想像するだけで、喉の奥に熱いものがこみ上げてくる。

 そんなのとは絶対に戦いたくないなあ、猛烈に臭そうだし。

 潰した瞬間、クシャッと得体の知れない液体が飛びそうだ。


「蝿か。これは、かなり厄介なことになったかもしれんぞ……!」

「ええ。防護服とか、そういうのを用意しないとやってられないわね」

「いや、そうじゃない! 巨大な蝿の魔物と言えば、ベルゼブブの眷属だぞ。岩をあっさり砕いたことからすると、やつ自身かもしれん」

「ベルゼブブ? あんまり聞かない魔族ね?」


 私が聞き返すと、ディアナは驚いたように目を丸くした。

 彼女は新種の魔物でも見つけたような顔でこちらを見ると、グッと身を乗り出してくる。

 美人が怒ると怖いと言うが、今の彼女はまさにその典型だった。

 有無を言わせぬ迫力がある。


「シース、知らないのか!?」

「ま、まあ。そんなに有名?」

「もちろんだ! 魔王軍幹部の中で、最も多くの国を滅ぼした者だぞッ!!」

「へ、へえ……」


 ディアナの勢いに気圧されて、半歩、身を引く。

 彼女にしては、珍しいぐらいの剣幕だ。

 よーっぽど、私が知らないと言ったのが意外だったらしい。


「そんなに、凄い魔族なの?」

「もちろん。大陸でもっとも豊かな穀倉地帯を、一週間で食い尽くしたというぞ!」

「そりゃ凄いわね」

「ああ! 魔王軍との戦闘が本格化したのも、こいつが暴れたことがきっかけだな。私がいた時代では、とにかく恐れられる存在だった」

「今じゃ、名前すら聞かないんだけどねえ……」


 それほどの存在でも、いずれは忘れられてしまうのねえ……。

 時の流れの無常さを感じる。

 というか、ディアナと私との間では千年近い歳の差があるのよね。

 それだけ時間が過ぎれば、伝説の一つや二つ、消えても仕方ないか。

 千年……。

 考えてみれば、ディアナってすっごいおばあ――


「いま、何か失礼なことを考えなかったか?」

「べ、べつに! 私がそんなこと考えるわけないじゃない、清廉潔白で鳴らしてるシースちゃんよ?」

「シースだからなのだがな……。っと、今はそのようなことを考えている場合ではないか。どうするのだ、これから」

「どうするって言われてもね。仕掛けがばれたってことは、私たちの存在がばれたってことでもあるわ。逃げても見つかるのは時間の問題だし、倒すしかないじゃない!」


 拳を握りしめて、はっきりと宣言する。

 ここでキッチリしておかないと、そのうちビビって決意が揺らいじゃいそうだしね。

 するとディアナは、やれやれとばかりに両手を上げる。

 そのまま呆れたような表情を浮かべた彼女であったが、その目はどこか晴々としていた。


「分かった、なら戦おう」

「ええ!」

「だが、正面からぶつかるのはさすがに無謀だな。何か策を考えねば」

「そこよね。精霊さん、奴の仲間の蝿を直接見たんでしょ? 何かさ、弱点っぽいものとかなかった?」

「うーん……。見たと言っても、一瞬だけなのですよ。だからそこまでは、ちょっと難しいのです……」


 心底申し訳なさそうな様子の精霊さん。

 声のトーンの低さが、彼の心情をはっきりと物語っている。

 この分じゃ、いろいろ問い詰めたところで情報には期待できなさそうね。


「うーん、しょうがないわね。じゃあディアナ、ベルゼブブについてもっと何か知ってる?」

「巨大な蝿の姿をしていて、食欲の権化だと聞いたことはある。あと、蝿の王とか言われていることもな。だが……そこまで詳しいことは」

「……なんだ、ディアナもあんまり知らないんじゃない!」

「ベルゼブブに挑んだ者は、ほぼ死んでいる。だから、情報があまり手に入らなかったのだ」

「なるほど、それは厄介だわ」


 腕組みをすると、深くため息をつく。

 蝿の王様か……。

 見た目はシュールだけど、相当強力な魔族のようだ。

 情報も少ないし、どうやって戦ったものかな。

 さすがに千年前の魔族となると、大百科先生にだって載って居なさそうだし。

 普通の蝿みたいな対処法で、戦うしかないのか……?


「とにかく、奴らの情報が必要ね。現状じゃどうしようもないわ」

「そうだな。せめて、巣の場所だけでも分かれば……。精霊さん、奴らがどっちに飛んで行ったのか見なかったか?」

『それが、あいつらいきなり消えちゃってよくわからなかったのですよ」

「いきなり消えた? 群れがバラバラになったんじゃなくて?」


 予想と反する答えに、少し驚く。

 魔物の影が消えたというのは、群れが無数の個体に分散したということだと思っていた。

 分かれたのではなく消えたとなると、明らかに意味が異なってくる。


『はいなのですよー! 空中で突然、消えちゃったのです。魔力の反応も消えちゃったので、間違いないのですよー』

「これは、ますます分からなくなってきたわね……」

「そうだな。こうなったら……やむを得ん。私が囮になろう」


 囮ッ!?

 まさか、一人で群れの様子を探るなんて言うんじゃないでしょうね!?

 流石の私も、自己犠牲が過ぎる提案に思わずむせてしまう。


「ゴホッ!? ちょ、ちょっと! そんなこと認められるわけないでしょッ!!」

『そうなのですよ! 誰かが犠牲になるようなやり方には、断固反対なのです!』

「大丈夫だ。頭だけを置いていけばいい」

「頭だけって、そりゃ確かに小さければ見つかりにくいだろうけどさ。万が一の時にも抵抗できないじゃないッ!! もし、もし頭を食われたりしたらどうするのよッ!!!!」


 ディアナの肩を持つと、ぶんぶん揺さぶる。

 すると彼女は、何とも間の抜けた表情で言った。


「何をそんなに焦っているんだ? かなり時間と体力は消耗するが……頭なんて、胴体が無事ならばまた生えるだろう?」

「……へッ?」


 信じがたい告白。

 そう言われてみれば、胴体が本体だとか散々言ってたけどさ。

 頭が……生えるのッ!?

 私はよろめくと、たまらずその場でズッコケたのだった――。


感想300件を超えました、ありがとうございます!

これからもたくさん感想を頂けるよう、頑張りますのでよろしくお願いします!

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