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第八十八話 ゲゲ、私の嫌いな奴ッ!

「いつ見ても、大したもんだわッ……!」


 近づいてくる威容。

 何かの集合体だと言うことはおおよそ分かっているけれど、まったく大した迫力である。

 いったいどれだけの数が集まれば、こんなデッカイ魔物が出来るんだか。

 王都にいる人間が全部集まったとしても、こんな大きさにはならないはずだ。

 もぞもぞーっと動く何かの群れを想像して、背筋がぞわっとする。

 あんまり気分のいい想像じゃあないわね……。


「ディアナ、さっそく網を仕掛けるわよ!」

「ああ、分かって居る!」

「出来るだけ目立たないような場所にね。あんまり堂々と置いておくと、寄ってたかって壊されるかもしれないわ」


 二人で協力しながら、近くの大岩の陰に急いで網を設置する。

 まずは端を閉じて円筒形にし、抜けられないよう返しをつけて。

 次に、敵を誘い込むための餌を奥に置けば完成だ。

 これで、餌に誘い込まれた敵の一部が捕まえられるという寸法である。

 漁の道具とかあんまり詳しくないから、ちゃんとできてるか不安だけど……ええい、やって見るしかない!


「出来た! ちゃっちゃと逃げるわよ!」

「ああ!」

『シース、すぐそこまで来てるのですッ!』

「分かってるッ!!」


 気が付けば、魔物は今にも私たちを踏みつぶしそうなところまで来ていた。

 これは急がなきゃッ!!!!

 取るものもとりあえず、結界に向かって走りだす。

 

「ぬわァッ!!」


 これまで感じたことのない、生暖かい空気を背中から感じた!

 これは、魔物の体温だろうか……?

 いけない、もっと早く走らないと喰われるッ!!

 強まる風の触感に、全身の筋肉が震えた。

 速く、速く速くッ!!


「ふう……。つ、ついた……!」

「何とか、助かったな……!」


 どうにか結界に守られた洞窟の中へと逃げ込んだ私とディアナは、たまらずその場にへたり込んだ。

 不死族の体力は無尽蔵とはいえ、これは堪えるわね!

 肉体じゃなくて、精神が疲れてしまう。


「でもこれで、あれの正体が分かるな」

「ええ、しっかりと暴いてやろうじゃない! 散々私たちをビビらせたお礼、たっぷりとしてあげるわ……。どうしてやろうかしらね、いっそ鍋にでも……」

「相変わらず怖い奴だな。敵じゃなくて良かったものだ」

「どういう意味よ、それ?」


 私が身を乗り出して凄むと、ディアナはいやいやとばかりに手を振って誤魔化す。

 前々から思ってたんだけど、こいつって私のことを変な奴とか思ってないかしらね?

 いろいろ突っ込みたいところだけど、それよりも先に眠気が来てしまう。

 不死族だって言うのに、何ともはや不便な身体だ。

 スケルトンだった頃よりも酷くなってる気がするから、やっぱりお肉がついた弊害かな?

 人間らしくなったと考えれば、これはこれで嬉しいことなんだけどね。

 気が付けば三日間ぶっ通しで働いてた時なんて、自分でも引いちゃったもの。


「ま、いいわ。ちょっと疲れちゃったし、また寝ましょ」

「そうだな。精霊さん、番を任せる……っておい! 大変じゃないかッ!!」

「どうしたのよ? 急に大きな声出して」

「シース、腰をみろ!」

「ええ? ……あああッ!!」


 ない!

 精霊さんの入った大事な大事な剣が、ないッ!!

 きっと、急いでたから忘れてきちゃったんだわッ!!!!

 私としたことが、なんってことよ!

 剣だから食べられないとは思うけど、もし持ち帰られたりしたら……ッ!!

 ああダメ、居ても立っても居られないッ!!


「取りに行くわよッ!!」

「待て! いま外は危険だッ!!」

「そんなこと言ったって、精霊さんが危ないのよ! 助けなきゃ!!」

「無駄死にする気か! 大丈夫、精霊さんなら平気だろう。あれでも、シースよりもずっと長く生きているんだからな。何とか切り抜けるはずだ」

「そうだけど! あんなポケポケーッとしたやつを魔物の群れの真ん中になんか置いとけないわよ!」

「うむ、確かにボケっとしているし頼りないところもあるが、きっと何とかなるはずだ! う、運は良さそうだからな!」


 精霊さんのいいところを捜そうとして、言葉に詰まったディアナ。

 何気に、精霊さんに対して酷いこと考えてるわねッ!!

 生真面目そうに見えて、意外と何を考えてるのか分かったもんじゃないわ……!

 って、そんなことやってるじゃないッ!!


「運は良さそうって、無理やりひねり出しただけじゃない! 行くわよッ!!」

「ダメだッ!!」

「ええい、行くったら行くのッ!!」

「だから、今出て行ったとしても――」


 実力行使。

 ディアナは私の後ろへと回り込むと、脇に手を入れてガッチリと羽交い絞めにした。

 こうなってしまっては、私は手も足も出ない。

 吸魔鬼もそこそこに力の強い種族だけど、デュラハンが相手では分が悪すぎた。

 まして、トレーニングが趣味のディアナである。

 万力で固定されたがごとく、身体が動かない。


「さ、流石にもういいでしょ!?」

「そうだな! 出ようッ!!」


 十数分後。

 外がすっかり静かになったところで、ディアナのお許しが出た。

 彼女の腕から解放された私は、一目散に洞窟を出て網を仕掛けた場所へと向かう。

 するとすぐに、ピカッと光る銀色の何かが見えた。

 剣だッ!!

 はずれかかった鞘から、剣身が見えているのだ!


「精霊さんッ!!!!」

『シースッ!! 怖かったのですよーッ!!』


 よっぽど怖かったのだろう。

 ブルブルと震える剣を、鞘へと戻してそのまま抱きかかえる。

 ああ、良かった!

 これでも、第二階層からずーっと冒険してきた相棒だからね!

 ツラい時も苦しい時も共有してきた、大切な大切な仲間だ!


「もう会えなくなるかって思ったわ……」

『僕もなのですよー! シース、忘れちゃいやなのです!』

「ごめんんごめん、これからは絶対に忘れないようにするわ! さて、精霊さんも返ってきたところで網を回収しましょうか」


 剣を腰に差すと、すぐさま網を設置した岩場へと急ぐ。

 するとそこには、唖然とした顔のディアナが立っていた。

 先に行って待っていてくれたようだけど、何だか様子がおかしい。

 いつもは不死族らしからぬ紅い唇が、今に限っては紫色だ。


「どうしたの?」

「引きちぎられているのだ……あの網が」

「ええッ!?」

「見ろ」


 そう言ってディアナが指差した先。

 そこには、砕けた大岩と引きちぎられた網が残されていた。

 網を切ったのはもちろんのこと、その余波で岩まで砕いたらしい。

 いったい、どんだけパワーのある魔物なのよ……ッ!!

 網の一部を拾って強度を再確認すると、顔を引きつらせる。

 するとここで、精霊さんが言う。


『それをやった奴を、僕は見たのですよー!』

「ホント!?」

『はいなのです! その網を引きちぎったのは、すっごくデッカイ蝿なのですよッ!』


 すっごくデッカイ……蝿?

 人間サイズの便所蝿を想像した私は、その場で失神しそうになったのだった――!


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