第八十六話 分かってきたわッ!!
「ん……ッ!!」
カニ・タコパーティーの後。
膨れたお腹を抱えて気持ちよく眠っていたところ、いきなり体が重くなった。
こんな時に重力が増すなんて……ッ!!
だるいのはもちろんのこと、お腹が締め付けられて何とも気分が悪い。
不死族でなかったら、すぐに戻してしまっていたことだろう。
まだ魔力に還元されていない食べ物が、お腹の中で暴れて吐き気がしてくる。
「ううッ……! また重力が増したのか! おえ……!」
「ちょっと、吐かないでよ!? 汚れたら洗うの大変なんだから!」
起き上がるや否や、蒼い顔で嗚咽を漏らしたディアナに言う。
私のメイド服やディアナの鎧は、それぞれたった一着しかない一張羅だ。
水場でもみ洗いぐらいはできるけど、逆に言うとそれしかできない。
もしこれにゲロがこびり付いたりしたら一大事である。
すえた臭いがする服で冒険するなんて、美少女として許されないわッ!!
……不死族のイメージ的には、汚れた服を着てるのもあながち間違っていないかもしれないけど!
『シース、ディアナ! そんなこと言ってる場合じゃないのですよ!』
「そんなことって、結構重要なことよ! ゲロの臭いがする服で冒険なんて断じてしたくないわッ!! 汗臭いのだってホントは嫌なのに!」
「私も、汚れた鎧は嫌だぞ! 鎧を美しく保つのは騎士のたしなみだからな。そこを疎かにすることは――」
『あいつが来てるのですッ!! ほらッ!!』
岩に立てかけておいた剣が震えて、ゆっくり起き上がる。
……なんとまあ、器用なこと。
私が少し感心していると、剣はそのままゆっくりと倒れていく。
地面に落ちた鞘の先端が示した先には、途方もなく巨大な影があった。
こいつは……例の魔物じゃないッ!!
「げッ!? どうしてこんな近づくまで、教えてくれなかったのよッ!!」
『だから、さっきから言ってるのですよー! シースたちが聞いてくれなかっただけなのです!』
「まあいいわ! とにかく、このままじゃマズイわね!」
こうしている間にも、影が迫ってくる。
こいつがボスである以上、いずれは倒すつもりだけど今はダメだ。
こちら側の態勢があまりにも整っていないし、奴のことを知らなさすぎるッ!
「シース、逃げるぞ! あの山の陰に隠れるんだッ!!」
「え、ええ! その前に……ッ!」
まだまだ食べきれていない、タコの刺身とカニの山。
あの魔物がもし私たちの想定している管理者のような存在だったとしたら、これも持っていかれてしまうだろう。
せっかく苦労して手に入れた、美味しい美味しい食材なのだ。
何としてでも守らないといけないッ!
不死族の腕力にモノを言わせて、それらを可能な限り背負い込む。
「ほら、ディアナも手伝ってッ!!」
「お、おい! こんな時にそんなことしていて大丈夫なのか!?」
「こんな時だからよッ! ディアナだって、もっとカニとタコが食べたいでしょ!?」
「それはそうだが……!」
「つべこべ言わずに、全力で運ぶわよ!」
ディアナの背中に、無理やりカニの足を押し付ける。
断り切れないと察したのだろう。
彼女は渋い顔をしつつもそれを受け入れると、すぐさま走り出す。
「こうなったらとにかく急ぐぞ! もうすぐそこまで来てるッ!!」
「了解ッ!! 全速力で行くわッ!」
えっさ、ほいさッ!!
影に追われて、全速力で走る走るッ!
時折、背中から食材がぽろっと落ちるけれど気にしている余裕はなかった。
こうして山までたどり着いた私たちは、大慌てでその斜面の裏側へと回り込む。
そして、近くにあった大岩の陰へと身をひそめた。
「……行ったか?」
「さすがに、そろそろ大丈夫なんじゃないかしらね」
『魔力はもう、感じないのですよー!』
せまっ苦しい岩陰で、小さくなっていること十数分。
ようやく魔物の気配が消えた。
精霊さんに続いて私もエコーを放つが、反応がない。
やれやれ、何とか乗り切ったか。
岩と地面の隙間から外に出ると、グーッと背中を反らして体をほぐす。
ポキパキッと骨が鳴った。
「さて、様子を見に戻るとしましょうか。落した食材も、ちょっとは残ってるかもしれないしね」
『あそこに戻るのです!? もうちょっと、待った方が良い気がするのですよー』
「平気よ。もう、あいつは消えてるだろうしね。それに、落したものを回収しないと!」
ディアナの手を引くと、さっき来た道を戻っていく。
先ほど落してしまった食材が、まだ他のモンスターに手を付けられずに残っていた。
それらを少しずつ、回収していく。
「よし、だいぶ回収できたわね!」
「うむ。あともうちょっとだな」
「ん……これは!」
少し離れたところに落ちていた、カニの足。
それを拾い上げると、何かにかじられたような痕が残っていた。
殻からはみ出した太い身が、半円状にえぐれている。
「何かしらね?」
「虫にでも食われたのではないか?」
「こんなところで? 虫なんて、さすがに生息してなさそうだけどねえ」
すぐに周囲を見渡すが、虫らしき生き物の姿なんて全く見えなかった。
どこまでも、岩とマグマだけが広がっている。
虫が住むには、あまりにも不向きな場所だろう。
ちっちゃいトカゲとか、そういうのがかじったに違いない。
「ありゃ、これもね……」
「こっちもだ」
さらに進んでいくと、またもかじられた痕の残っている食材が落ちていた。
タコの刺身が、すっかり穴だらけだ。
ボコボコボコッと、見ていて気持ち悪いぐらいの穴あき具合である。
これは、一匹や二匹の仕業じゃないわね……!
物凄い数の何かが、この刺身に殺到したのが良く分かる。
「何だろうな、これは。何かの大群にでも襲われたのか?」
「見たところ、そんな感じね。でも、この辺にモンスターの巣なんてなさそうだし……」
「もう少し、先へ行ってみよう。手がかりがあるかもしれない」
「そうね!」
もっともっと道を遡る私たち。
だが、そこから先には何も落ちてはいなかった。
来るときにモノを落した覚えはあるから、恐らくひとかけらも残さずに食べられてしまったのだろう。
食いしん坊な何かの大群によって。
「戻ってきたな」
「ええ。やっぱり、全部無くなっちゃってるわね」
さっきまで居た場所に戻ると、そこにはもう何も残されてはいなかった。
やむを得ずに置いてきた食材が、根こそぎ無くなってしまっている。
やれやれ、やっぱり持っていかれちゃったか。
予想していたこととはいえ、ちょっと残念だ。
でもこれで……あの魔物の正体が、ちょっと分かって来た気がする。
わずかに残された食べカスを見ると、私はふうっと息をつく。
「なるほど、そういうことか!」
「何かわかったのか?」
「ええ。でも、それを確かめるためにはちょっと仕掛けが必要そうね」
「何をするのだ?」
「ふふ、あの魔物を捕まえるための罠を張るのよ!」
私がそう言うと、ディアナは唖然とした顔で目をぱちくりとさせたのだった――。
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