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第八十五話 この階層ってもしかしてさ……

「んー!! このニュルッとした食感が堪らないわねッ!!」


 タコの刺身を頬張りながら、満足げに唸る。

 ともすれば顎が疲れてしまいそうなほどの、弾力性に溢れた食感。

 噛めば噛むほど旨みがあふれ出してくる。

 それでいて、足の中心部はトロッと柔らか。

 つるりとした食感がたまに喉を通り過ぎていくのが何とも心地よい。

 噛み応えと柔らかさを両立した、新食感というのが相応しい味わいだった。


「カニとは違う旨さだな。食べているうちに疲れそうだが、止まらないぞ!」

「そうね! カニ味噌をちょっと付けてやると、味が変わって……おいしいーーッ!!」


 頬っぺたを抑えて悶絶すると、そのまま仰向けになって足をバタバタさせた。

 なにこれ、美味しさの桁が明らかに一つ上がったじゃないッ!!

 タコの力強い魚介の旨みに、カニ味噌の甘みや仄かな苦みがまじりあって味の奥深さが何倍にも増している。

 俗に言う隠し味って言う奴だろうか?

 対照的な味を少し組み合わせた方が、美味しさが重層的になって味のレベルが跳ね上がるようだ。

 特に、カニ味噌の甘みの奥にある苦みが効いている。

 ああ、幸せ!

 いつまでも噛みしめて居たいッ!!


「シース、大丈夫か?」

「もうダメかも……ディアナも早く食べてよ、分かるから!」

「ああ、わかった。……おおおッ!? なんだこれはッ!?」


 カニ味噌をたっぷりと付けたタコの足。

 それを口に入れた途端、ディアナは何かの発作でも起こしたかのように身を震わせた。

 彼女は大げさな仕草で天を仰ぐと、声にならない叫びを漏らす。

 そしてそのまま、首を取り落としてしまった。


「おっと! いかんいかんッ!」

「もう、興奮し過ぎよ」

「あまりにも美味かったのでな! つい」

「ったく、しっかり縛っときなさいよ」


 最近はずーっと首を付けっぱなしにしてたから、ちょっとびっくりしちゃったじゃない。

 元気で食い意地が張ってるからすっかり忘れてたけど、ディアナってデュラハンだったのよね。

 首を落っことした瞬間、ちょっとばかり焦ったわ!


「さーて、これでこの階層でやりたいことはあらかたやり終えたわね。あとは次へ行くのみって感じか」

「もう少し、ゆっくりしてもいいんじゃないか? せっかく、こんなにおいしいものが揃っているんだから」

「私ももうちょっと居たいけど、そろそろ急がないといつダンジョンを出られるか分かったもんじゃないわ。それに、ちょーーっと嫌な予感がしてきたのよね」

「どういうことだ?」

「この階層の食べ物、ちょっと美味しすぎない?」


 私がそう言うと、ディアナは小首を傾げて不思議そうな顔をした。

 何を言いたいのか、サッパリ分からないらしい。

 ディアナって、こういうところの勘は鈍いわよね……。

 額に指をあてると、私はハアっとため息をつきながら言う。


「火山地帯に生息している魔物ってさ、種類はいろいろ居るわけじゃない?」

「魔物は生命力が強いからな。火山にもたくさん住んではいるだろう」

「それが全部、揃いも揃って美味しいなんてことあり得るかしらね? 今のところ、この階層で食べた魔物はぜーんぶ美味しいけどさ」

「言われてみれば……おかしな話だな。不味い魔物だって、居てもいいはずだ!」


 指摘されて初めて、状況のおかしさに気づいたのだろう。

 ディアナは私の言葉を噛み締めるように、何度もうなずく。

 ほぼすべての食べ物がマズイ第三階層に住んでいただけあって、思うところもあったようだ。

 言葉に強い実感がこもっている。


「でしょ? だから思ったのよ。この階層の魔物は、美味しいものだけが選別されて繁殖しているんじゃないかってね」

「なんだと……? だが、もしそうだとして何のために?」

「言ったでしょ、ここは魔族の地下帝国かもしれないって。だからよ」

「それとこれと、何の関係があるのだ?」

「国なら当然、国民のために食糧が居るわけよ。魔族でも、魔力補給には何か食べるのが一番いいわけだし。だからさ、この階層は――牧場みたいなとこなのかも知れない」


 私がそう言うと、ディアナはガハゴホと咳き込んだ。

 それだけではない。

 さっきから大人しくしていた――食べ物を食べられないので、会話に混ざれないのよね――精霊さんまでもが、剣を震わせてビックリする。


『ぼ、牧場ッ!?』

「ええ。もっと言えば、養殖場みたいなところなのかも。美味しい魔物を集めて、ドンドン育ててるんだと思うわ」

「なるほど……言われてみれば、そうかもしれんな」

『でも、養殖場って言うと何か気持ち悪い感じがするのです。僕たちまで、食べ物と見なされてるような気がしちゃうのですよー』

「そうね、私もそんなような感じがしたわ。それに、もしここが養殖場だとするのならさ。管理者が居るはずなのよ。好き放題させてたら、せっかくの家畜が全滅しちゃうかもしれないからね」

「管理者か……」

 

 先ほどまでの幸せそうな様子とは打って変わって、渋い顔をするディアナ。

 彼女は腕組みをすると、その場にどっかと座り込んで考え込む。

 だがすぐに、その頭からは湯気が出てきてしまった。

 知恵熱を出した彼女は、そのまま眼を回してしまう。


「……ダメだ、分からん! シース、誰だと思う?」

「普通に考えれば、階層のボスだと思うけど……それっぽいやつは、デッカイ魔物なのよね。知性がなさそうだから、あいつが管理者って感じはしないわ」

『あの魔物、見た感じはそんなに頭良くなさそうなのですよー』

「そうなのよね。それに、あんなに図体が大きくっちゃ逆に動きにくいはずだわ。もっと小回りが利かないと、食材の回収とかが出来ないわよ。でも、他に管理者なんていなさそうだし……」


 ああだこうだといろいろ考えを巡らすものの、考えがまとまらない。

 そもそも、あの魔物の正体自体がさっぱり分かんないのよね。

 恐ろしく図体がデカい割に、すぐに消えちゃったし。

 こうなったら、考えることはいったんやめね!

 もうちょっと、材料が出そろってから検討しよう!


「もういいわ、細かいことは後にしましょ! 今は食べるわよ!」

「うむ! 私もそう思ったところだ!」

『……食欲に負け過ぎなのですよー!!』


 こうして私とディアナは、タコとカニをお腹いっぱいになるまで食べて寝たのだった――。


第四階層のモンスターが美味しい理由が、明らかになりました!

次回からは本格的にボス攻略が始まります!

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