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第八十四話 努力はこっそりやるべきものよね

 光の剣が巨体を穿つ。

 何でも弾き返すタコの筋肉も、魔法剣の前では無力であった。

 刃はいともたやすく肉を切り裂き、風穴を開ける。

 その間、わずかに一秒ほど。

 断末魔を上げる暇すら与えない、圧倒的な早業だ。

 無駄がなくなったことで、私の魔法剣は何よりも速さを得た。

 そして、威力もまた半端ではない上昇を見せている。

 代わりに衝撃波とかそういうのが出なくなったから、ちょっと見た目が地味になっちゃったのが個人的には難点だけどね。


「……凄いじゃないか! たった一か月で良くここまで!」

「ふふ! 私は天才だからねッ!」


 駆け寄ってくるディアナに向かって、思いっきり胸を張る。

 流石に体がだるいけど、出来るだけそういうのは感じさせない。

 精一杯の見栄って奴である。

 私を散々しごいてきたディアナを、これでもかって驚かせてやりたいからね!


「まさか、本当に一撃とはな。恐れ入ったぞ」

「言ったでしょ? 威力も上がったって」

「ああ! しかしこの分だと、魔力の制御なども明らかに向上しているな。何かやったのか?」

「いいえ、特に何も。強いていうなら、これが才能ってやつかな?」

「では――」


 力を失い、潰れた大タコ。

 それに目を丸くしながら、ディアナは矢継ぎ早に尋ねてくる。

 軽く引きつった表情からは、強い驚愕が見て取れてとても気持ちが良かった。

 ま、私にかかればざっと――


『魔力の制御も、シースはとっても頑張ってたのですよー。ディアナが寝ている間に、僕と二人でやってたのですー!』

「ちょ、ちょっと! 精霊さん、何を!」

「そういうことか! 意外と頑張り屋なのだな」


 ああーー!!

 人がせっかくカッコつけてたって言うのに!

 それを言っちゃったら、せっかくの驚きが半減しちゃうじゃないの!

 私は慌てて剣の鞘を叩くと、精霊さんにだけ聞こえるように念を飛ばす。


『ちょっと、言っちゃダメじゃない!』

『何でなのです? 最近のシースは、珍しく気合を入れて頑張ってたのですよ?』

『そうね、本当に苦労したからね……』


 魔力制御の修業は精霊さんも言っていたように、ディアナが寝た後にこっそりと行っていた。

 いつの間にか出来るようになっていたら驚くだろうなーなんて軽い気持ちで始めたんだけど、それが難しいのなんの!

 暴れ馬を無理やり押さえつけて乗りこなす感じ、とでも言えばいいのだろうか?

 身体の中で荒れる魔力を、道具などの助けを借りずに抑えるのだから、難易度は推して知るべしである。

 さらにディアナに見つからないようにやらないといけないから、大きな音とかは出せなくて――って!

 今はそういう問題じゃないわよッ!!


『違う違う! 私が言いたいのは、頑張ってたことがばれたらカッコつかないでしょってこと! 白鳥が必死にばたつかせてる足を見せないように、天才は努力してるところを見せないのよ!』

『ディアナとも、一緒に修業してたのに?』

『一緒に修業してたからよ。いつの間にか急成長して、驚かせてやろうって思ってたのに!』

『なるほどー、理由が分かったのです。ごめんなさいなのですよー……』

『まあいいわ。今さら誤魔化しきれないし』


 軽くため息をつくと、改めてディアナの方を見やる。

 たちまち、彼女は私の視線に対してうんうんとうなずきを返して来た。

 こりゃ、完全にちょっと恥ずかしいパターンじゃない……!

 顔がカアッと熱くなる。

 ああ、才能がとか言わなきゃよかった!


「あはは……。が、頑張ったって言っても、別に大したことをしたわけじゃないのよ! それより、早くこいつら食べましょ!」

「そうだな。カニもついでに倒れたようだしな」


 ……なんとか、上手く誤魔化されてくれるディアナ。

 彼女の視線の先では、タコに寄り添うようにしてカニが力尽きていた。

 触手に甲羅を破壊され、私がタコを倒した頃にはどうやらすでに息絶えていたようである。

 へえ、これはまた……都合がいいわね!

 すぐに食べられるじゃないの!


「ラッキーッ!! 私はタコを調理するわ! ディアナはカニを!」

「任された!」


 二人で手分けをして、可能な限り手際よく調理を進めていく。

 魔物肉は長持ちするとはいえ、やはり新鮮な方が美味しいのは間違いない。

 普通のナイフだと時間がかかりすぎるので、剣でもって切り分ける。


「よしっと!」

『うう……汚れたのですよー……』

「あとで磨いてあげるから、文句を言わないの! あとは、これをさらに小さく薄くすれば……」


 顔の大きさほどにまに切り分けたタコの足を、さらにナイフで薄くしていく。

 身のしまりが強烈で、なかなかうまく切れないわね!

 でもこれが、食べた時に独特の食感を産むのだと思うと……よいしょ!

 この苦労も、ちょっとは報われる気がするってものだわ!


「シース、出来たぞ!」

「ずいぶん早いわね……って! カニの足を縦に半分にしたの!?」


 あろうことか、ディアナはカニの足を縦に割ってしまっていた。

 竹を、ナタか何かで上からパコンッと割ったような感じである。

 よほどの技量が無ければ、あの硬いカ二の足をそんなふうに割るなんてできないんだけど、流石と言うべきか。

 まさに技術の無駄遣いだ!


「こうすれば、身を取り出しやすいだろう?」

「そりゃそうなんだけどさ、普通はやらないと言うかやれないと言うか……」

「そんなことより、そっちはどうなんだ? 調理できたのか?」

「ええ、ほぼ出来てるわよ。タコのお刺身がね。カニよりもさらに熱に強そうな感じだったから、焼くのはあきらめたわ」


 なにせ、カニと違って甲羅の守りすらないからね。

 タコのお肉は、マグマに直接晒されているようなものだ。

 だから、炎で炙ったぐらいじゃビクともしないだろう。

 それなら最初から生で食べてしまった方が良い。

 火は通っていなくても、最初から加熱殺菌されたような状態なんだし。


「おお、刺身か! 私は初めてだぞ!」

「そうなの? 港じゃ結構食べられてたんだけどね。やっぱ内陸じゃ珍しいんだ」

「噂には聞いたことあるのだがな。実物は初めてだ。早く食べよう! 待ちきれないッ!」

「分かったわ。焦らなくても、逃げないって」


 一刻も早く食べたいと、急かしまくるディアナ。

 彼女に促されるまま、なし崩し的にタコ・カニパーティーが始まったのだった――。


十二月に入って、予想以上に忙しい……。

更新時間が少し遅くなっていて、申し訳ありません!

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