表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
79/109

第七十八話 ……それだけの問題じゃないと思うの!

「肉だぞ、肉だ……ッ!!」


 ディアナの眼には、既にサラマンダーの群れが肉のかたまりとしか見えていないようだった。

 あれだけお肉に飢えていたんだから、まあ無理もない。

 サラマンダーと言えば、貴族でもなかなか食べられないようなご馳走だからね。

 私も大好きなんだけど、家を飛び出してからはあんまり食べてないなあ……。

 丸焼きをがぶってやるのが最高なんだけど、それをやると一か月分の依頼料が飛んじゃうのよね。


「シース、抜かるなよ」

「分かってるわ」


 サラマンダーは、その厳つい見た目の通りに獰猛な性格をしている。

 獲物を見つけると、すぐに群れ全体で寄ってたかって焼き尽くしてしまう。

 彼らの吐く炎は強烈で、岩や鉄をも溶かしてしまうほど。

 これを相手に遠距離で戦うのはさすがに無謀なので、近づくまでは気づかれないことが重要だ。

 周囲に転がる大岩を上手く利用しながら、足音を殺して進む。


「さてと、この辺で……」

「待て、何をする?」


 頭の上の石を下ろそうとした私の手を、慌ててディアナが掴んだ。

 いったい、何をするっていうの?

 驚いて彼女の顔を見やれば、こちらをすっごい顔つきで睨んでいた。

 浮気現場に踏み込んできた鬼嫁みたいな剣幕だ。

 目力が半端じゃない。

 さすがの私も、一瞬だけど怯む。


「な、何よ」

「それはこっちのセリフだ! どうして石を下ろそうとする?」

「そりゃ、こんな時まで載せてたらやりにくいじゃない」

「やりにくいからこそ、修業の意味があるのだ。戦いの時に鍛えなくてどうする」

「そうは言ってもさ。出来ることと出来ないことってのがあるわよ。戦ってる時も石を頭の上に載せてるって、普通は出来ないわ」

 

 私が負けじと言い返すと、彼女は黙って近くの石を頭の上に載せた。

 実践して見せるから私もそれに続け、と言いたいらしい。

 ううーん、素直にそれをやられちゃうとさすがの私も反論しづらいわね……。

 ええい、こうなればどうにでもなれよ!

 半ば自棄になった私は、下ろしかけた石を再び頭の上へと載せ直した。


「……分かったわ、やるわよ」

「よし! では、あいつを狙おう」


 そう言ってディアナが指したのは、群れの中でも一番大きい個体だった。

 群れの中心からやや離れたところに居るけれど、それが逆に貫禄を出している。

 人間に例えるなら若い衆を見守るボス、といったところだろうか?

 よりにもよってこいつを狙おうだなんて、ディアナもなかなか大胆だ。


「あいつを?」

「そうだ。群れから少し離れているし、何よりでかい。あれは食べごたえがあるぞ」

「そうね。あの丸々と太ったお腹はいいわねえ……!」


 件のサラマンダーは、実によく太っていた。

 のそのそと身体を動かすたびに、たるんだお腹が地面に擦れている。

 だぷんだぷんっと脂肪が弾んでいるのが、遠目で見ても良くわかる。

 あれをステーキにしたら、さぞかしジューシーでとろけるような味がするに違いない!


「行くぞ。私は右から攻める」

「なら、私は左からね」


 アイコンタクトを取ると、そのまま左右に散開する。

 ここからは言葉を交わすことは出来ない。

 互いの動きを目でとらえながら、素早く敵との距離を詰めていく。

 そして――


「とらァッ!!」


 あえて雄たけびを上げながら、ディアナが突っ込む。

 いきなりの大音量に、サラマンダーたちは大いに動揺した。

 群れはたちまち恐慌状態となり、私たちのターゲットであるボスも硬直してしまう。


「今だわ! 私たちも行くわよ!」

『はいなのですよ!』


 ディアナに続いて、私たちもまた岩陰から躍り出る。

 背中ががら空きよッ!!

 ディアナに気を取られて、マヌケなほど隙だらけのサラマンダー。

 飛びあがった私は、その上方から強烈な一撃を浴びせる。

 剣の切っ先が、たちまち緋色の線を引いた。

 が、流石はドラゴンの眷属か。

 強靭な外皮は、伝説の領域に達しつつある刃でも一撃では貫けなかった。


「あッ!」


 着地の衝撃で、頭上の石がぶっ飛んだ。

 やっぱ、ここで石を落さないってのにはちょっと無理があるか。

 石はそのままトカゲの方へと飛んでいき、その顔面に直撃する。


「グラアッ!?」

「チャンスッ!!」


 私ですら予想していなかった隠し玉。

 それをトカゲが予期しているはずもなく、かなりの動揺を誘えた。

 その隙に石から解放されて身軽になった体で、再び背中の傷口を斬る。

 手ごたえありッ!!

 刃は今度こそ外皮を貫き、深々と肉を裂いた。

 噴き上がる鮮血。

 それと同時に、サラマンダーの口から絶叫と炎が漏れる。

 まさに、死力を尽くした一撃だったのだろう。

 炎の威力はすさまじく、距離を取っていたディアナも巻き添えを喰らってしまう。


「のわッ! シースッ!!」

「ごめんごめんッ!!」

「まったく、私まで焼けるところだったぞ!」

「まあまあ、落ち着いて! 倒せたんだから!」


 私がそう言った直後に、サラマンダーは膝を屈した。

 今の私たちの実力からすれば、勝てる相手だったのだけど……なかなか劇的な勝利じゃないかな?

 戦い始めてから、十秒ぐらいしかたってないし。

 ディアナはちょっぴり攻撃を受けたけど、私に至っては完全な無傷だ。

 しかし――ディアナにとっては、満足の出来る戦いではなかったらしい。


「……まだまだだな」

「……どういうことよ?」

「石を落してるじゃないか」

「そりゃそうだけど、手早く倒そうとしたらそうなるわよ。ちまちまやってたら他の奴が来るし、仕方ないわ」

「いや、石を落さずに手早く倒すことは可能だ。ちょっと見ていろ」


 ディアナはそう言うと、私たちを威嚇するサラマンダーの群れを見やった。

 そして、剣を高々と構え――


「せやァッ!!!!」


 一刀両断。

 気が付いた頃には、一番手前に居たサラマンダーの首が飛んでいた。

 恐るべき早業。

 完全に神速の領域に入ってしまっている。

 剣が止まるのに遅れて、風切り音が響いた。

 音の速さを超えてしまっていたようだ。


「どうだ、石は落ちていないだろう? 体幹を究めれば、こうなるのだ!」

「……それだけの問題じゃないと思うの!」


 いきなりレベル上げすぎなディアナにツッコミを入れながら、頭を抱える。

 ディアナに教わるのは、やっぱ間違ってたかもしれない……!

 シース・アルバラン、たぶんまだ十六歳。

 空気が読めずにまだドヤ顔をしているデュラハンを前に、大いに悩むのだった――。


修業はこれからどうなるのか……?

感想・評価・ブクマなどいただけると嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ