第七十八話 ……それだけの問題じゃないと思うの!
「肉だぞ、肉だ……ッ!!」
ディアナの眼には、既にサラマンダーの群れが肉のかたまりとしか見えていないようだった。
あれだけお肉に飢えていたんだから、まあ無理もない。
サラマンダーと言えば、貴族でもなかなか食べられないようなご馳走だからね。
私も大好きなんだけど、家を飛び出してからはあんまり食べてないなあ……。
丸焼きをがぶってやるのが最高なんだけど、それをやると一か月分の依頼料が飛んじゃうのよね。
「シース、抜かるなよ」
「分かってるわ」
サラマンダーは、その厳つい見た目の通りに獰猛な性格をしている。
獲物を見つけると、すぐに群れ全体で寄ってたかって焼き尽くしてしまう。
彼らの吐く炎は強烈で、岩や鉄をも溶かしてしまうほど。
これを相手に遠距離で戦うのはさすがに無謀なので、近づくまでは気づかれないことが重要だ。
周囲に転がる大岩を上手く利用しながら、足音を殺して進む。
「さてと、この辺で……」
「待て、何をする?」
頭の上の石を下ろそうとした私の手を、慌ててディアナが掴んだ。
いったい、何をするっていうの?
驚いて彼女の顔を見やれば、こちらをすっごい顔つきで睨んでいた。
浮気現場に踏み込んできた鬼嫁みたいな剣幕だ。
目力が半端じゃない。
さすがの私も、一瞬だけど怯む。
「な、何よ」
「それはこっちのセリフだ! どうして石を下ろそうとする?」
「そりゃ、こんな時まで載せてたらやりにくいじゃない」
「やりにくいからこそ、修業の意味があるのだ。戦いの時に鍛えなくてどうする」
「そうは言ってもさ。出来ることと出来ないことってのがあるわよ。戦ってる時も石を頭の上に載せてるって、普通は出来ないわ」
私が負けじと言い返すと、彼女は黙って近くの石を頭の上に載せた。
実践して見せるから私もそれに続け、と言いたいらしい。
ううーん、素直にそれをやられちゃうとさすがの私も反論しづらいわね……。
ええい、こうなればどうにでもなれよ!
半ば自棄になった私は、下ろしかけた石を再び頭の上へと載せ直した。
「……分かったわ、やるわよ」
「よし! では、あいつを狙おう」
そう言ってディアナが指したのは、群れの中でも一番大きい個体だった。
群れの中心からやや離れたところに居るけれど、それが逆に貫禄を出している。
人間に例えるなら若い衆を見守るボス、といったところだろうか?
よりにもよってこいつを狙おうだなんて、ディアナもなかなか大胆だ。
「あいつを?」
「そうだ。群れから少し離れているし、何よりでかい。あれは食べごたえがあるぞ」
「そうね。あの丸々と太ったお腹はいいわねえ……!」
件のサラマンダーは、実によく太っていた。
のそのそと身体を動かすたびに、たるんだお腹が地面に擦れている。
だぷんだぷんっと脂肪が弾んでいるのが、遠目で見ても良くわかる。
あれをステーキにしたら、さぞかしジューシーでとろけるような味がするに違いない!
「行くぞ。私は右から攻める」
「なら、私は左からね」
アイコンタクトを取ると、そのまま左右に散開する。
ここからは言葉を交わすことは出来ない。
互いの動きを目でとらえながら、素早く敵との距離を詰めていく。
そして――
「とらァッ!!」
あえて雄たけびを上げながら、ディアナが突っ込む。
いきなりの大音量に、サラマンダーたちは大いに動揺した。
群れはたちまち恐慌状態となり、私たちのターゲットであるボスも硬直してしまう。
「今だわ! 私たちも行くわよ!」
『はいなのですよ!』
ディアナに続いて、私たちもまた岩陰から躍り出る。
背中ががら空きよッ!!
ディアナに気を取られて、マヌケなほど隙だらけのサラマンダー。
飛びあがった私は、その上方から強烈な一撃を浴びせる。
剣の切っ先が、たちまち緋色の線を引いた。
が、流石はドラゴンの眷属か。
強靭な外皮は、伝説の領域に達しつつある刃でも一撃では貫けなかった。
「あッ!」
着地の衝撃で、頭上の石がぶっ飛んだ。
やっぱ、ここで石を落さないってのにはちょっと無理があるか。
石はそのままトカゲの方へと飛んでいき、その顔面に直撃する。
「グラアッ!?」
「チャンスッ!!」
私ですら予想していなかった隠し玉。
それをトカゲが予期しているはずもなく、かなりの動揺を誘えた。
その隙に石から解放されて身軽になった体で、再び背中の傷口を斬る。
手ごたえありッ!!
刃は今度こそ外皮を貫き、深々と肉を裂いた。
噴き上がる鮮血。
それと同時に、サラマンダーの口から絶叫と炎が漏れる。
まさに、死力を尽くした一撃だったのだろう。
炎の威力はすさまじく、距離を取っていたディアナも巻き添えを喰らってしまう。
「のわッ! シースッ!!」
「ごめんごめんッ!!」
「まったく、私まで焼けるところだったぞ!」
「まあまあ、落ち着いて! 倒せたんだから!」
私がそう言った直後に、サラマンダーは膝を屈した。
今の私たちの実力からすれば、勝てる相手だったのだけど……なかなか劇的な勝利じゃないかな?
戦い始めてから、十秒ぐらいしかたってないし。
ディアナはちょっぴり攻撃を受けたけど、私に至っては完全な無傷だ。
しかし――ディアナにとっては、満足の出来る戦いではなかったらしい。
「……まだまだだな」
「……どういうことよ?」
「石を落してるじゃないか」
「そりゃそうだけど、手早く倒そうとしたらそうなるわよ。ちまちまやってたら他の奴が来るし、仕方ないわ」
「いや、石を落さずに手早く倒すことは可能だ。ちょっと見ていろ」
ディアナはそう言うと、私たちを威嚇するサラマンダーの群れを見やった。
そして、剣を高々と構え――
「せやァッ!!!!」
一刀両断。
気が付いた頃には、一番手前に居たサラマンダーの首が飛んでいた。
恐るべき早業。
完全に神速の領域に入ってしまっている。
剣が止まるのに遅れて、風切り音が響いた。
音の速さを超えてしまっていたようだ。
「どうだ、石は落ちていないだろう? 体幹を究めれば、こうなるのだ!」
「……それだけの問題じゃないと思うの!」
いきなりレベル上げすぎなディアナにツッコミを入れながら、頭を抱える。
ディアナに教わるのは、やっぱ間違ってたかもしれない……!
シース・アルバラン、たぶんまだ十六歳。
空気が読めずにまだドヤ顔をしているデュラハンを前に、大いに悩むのだった――。
修業はこれからどうなるのか……?
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