第七十七話 修業×狩り!
「これを……のっけるの?」
いまいち意味の分からない修行法に、首を傾げずにはいられない。
頭の上に石なんか載せたところで、いったい何が鍛えられると言うんだろう?
それよりは、素振りとかをした方がよっぽどためになる気がする。
「いいか、剣を扱う上で何よりも大切なのは身体のバランスだ。それは分かるな?」
「もちろん。そこが崩れてたんじゃ、力が入らないからね」
「今回の修業は、そのバランス感覚を鍛えるためのものだ。石を落さないように生活して居れば、自然とそこが鍛えられる」
「そういうもんなの……?」
半信半疑ながらも、言われたとおりに石を頭に載せる。
ずっしりとした重みが、生えたばかりの髪を押しつぶした。
これは……重ッ……!
細い首にかかる、予想以上の重量。
たまらず頭を垂れて、石を落してしまう。
「こら、落すんじゃない!」
「だって、無理よこんなの! 首や身体がどうしたって曲がっちゃうわ!」
「そうならないために、バランスを整えるんだ!」
「だったら、もうちょっと軽い石が良いわ。こんなに大きくなくてもいいじゃない!」
「これは身体の筋肉を鍛えるための修業でもあるのだ。その石を楽々支えられるようになれば、どんな大剣だって楽に振えるようになるぞ!」
「筋肉を鍛える……ねえ」
人間ならともかく、今の私は不死族だ。
普通に鍛えたところで、身体能力が上がることなんてあるのだろうか?
骨と皮しかない腕を見て、眉をへの字に曲げる。
「鍛えたいけど、筋肉自体がないわよ?」
「それならば付ければいい」
「付ければいいって、私は不死族よ? 魔力を摂取する以外に、身体が変化することなんてあるの?」
「ああ、ある!」
そう言うと、ディアナは得意げにポージングを披露した。
全身鎧をつけているせいで、肝心の肉体美が全くわからないのだけど……。
とにかく、筋肉が付いていることをアピールしたいらしい。
「へえ……。モンスターが普通に鍛えて強くなるなんて、聞いたことないんだけどな」
「いいや、普通に強くなるぞ? 私もデュラハンになった頃より確実に強くなっている。むしろ、魔力を摂取するだけでドンドン強くなる方がシースの方が不思議だ」
「そうなの? モンスターは魔力を吸収して進化するって、大百科にも書いてあったけど」
私がそう言うと、ディアナは首を軽く横に振った。
分かってないなというような顔つきだ。
……何だか馬鹿にされたみたいで、ちょっと腹が立つわね。
「普通のモンスターは、ある程度進化したところで頭打ちになるんだ。際限なく進化していたら、世界中が魔王だらけになってしまうだろう?」
「言われてみれば……そうね」
「シースはただのスケルトンからそこまで進化したんだろう? そんなこと、まずありえないぞ」
ディアナの言葉にうーんっと首を傾げる。
確かに、そこらのモンスターが私みたいなペースで進化してたら世界は終わってるわね。
魔王がぽこぽこ産まれてしまう。
記憶も残ってるし、やっぱり私は特別な存在なのかな。
ふ、これが産まれ持っての才能って奴かしらね……ッ!
私って、ひょっとして神様とかに選ばれた存在なのか……!?
「ふふ、ふふふ……ッ!」
「……シース、何だか顔が変だぞ?」
「そ、そんなことないわよ!」
「そうか? どう見ても変なのだがな……。まあいい、狩りに行くぞ!」
「狩り?」
ずいぶんとまた、急な提案である。
さあ行こうと歩き出したディアナの肩を、思わず掴む。
「待った! 狩りって、これから修行をするんじゃないの?」
「だからしているではないか」
「してるって、まさか……。ずーっと、この石を頭に載せたままで居ろってこと!? 狩りに行く時とかも!?」
「だから言ったではないか。石を頭の上に載せて生活してもらうと」
ディアナは実にあっけらかんとした態度でそう言ってのけた。
こ、こいつ……!
意識せずに凄いことをやらせるタイプだ!
絶対上司にしたくないパターンの一つッ!
「そりゃそうだけど、狩りの時もって……!」
「ついてこい、獲物を捜すぞ!」
「ああ、ちょっと待って!」
まったく、人の話を聞かないんだからッ!!
頭に石を載せると、慌てて彼女を追って走り出す。
石の重さに耐えるために、首をまっすぐに伸ばし、背筋をシャンっと伸ばして。
腰をできるだけ曲げず、身体全体を斜めにすることで何とか石を落さないように進む。
でも、そんな走り方で速度が出るはずもない。
「ディアナ、待って待って!」
「身体が左右にぶれるから、その程度の速度で石が落ちそうになるんだ! 体幹を意識するといい!」
「そんなこと言われたって! 無理よ、手を左右に振らないと速度でないんだから! どうしたって上半身が揺れる!」
私がそう不満を訴えると、前を行くディアナは手を後ろに回した。
そしてそのまま、手を一切振らずに走って見せる。
それに伴って、彼女の上半身のブレがピタリと止まった。
恐るべき姿勢制御能力の高さだ。
伊達に、頭の上に石を載せろなんて言ってないわね……!
「おお……!」
「体幹のバランスを究めれば、こういうことも可能なのだぞ。まだまだ修行が足りないだけだ」
「え、ええ! 分かったわ!」
「お、あれは!」
何かを見つけたのか、急に足を止めるディアナ。
危ないッ!!
急停止によって彼女の方へと飛んで行った石を、慌てて回収する。
ふう……危うく事故するところだったわ。
「どうしたのよ、急に止まって」
「ほら、あれだ」
「どれどれ……あッ!!」
荒れ果てた大地の先に聳える、大きな火山。
その麓の岩陰に、赤いトカゲが群れを成していた。
大きく裂けた口からは、チロチロと細い炎が漏れている。
あれは間違いない、サラマンダーだッ!!
高級珍味として有名な奴ッ!!
「やったッ!! サラマンダーの丸焼き、大好物なのよね!」
「ふ、私もだ。たくさん狩ろう!! 肉だッ!!」
こうして私たちの狩りが始まった――!
バランスを究めると、行きつくところはあの走り方……かも!
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※追伸、いつのまにか300万PV超えてました! ありがとうございます!




