第七十六話 何か……居る?
『シース、大変なのですよッ!!』
「ん?」
眠りについて数時間後。
何だかんだ言いつつもぐっすりと眠っていた私の脳内に、いきなり精霊さんの念話が響いた。
いつになく早口で、声のトーンも不自然に高い。
良くは分からないが、かなり切羽詰まっているようだ。
まだ意識がちょっとぼんやりするけど……これは起きないといけなさそうね。
やれやれと目ヤニの出たまぶたを擦ろうとしたところで、私も異常に気付く。
「な、なにこれ……体が……ッ!!」
『明らかにおかしいのですよー! 僕も、さっきから少しずつ地面にめり込んでるのです!』
皮と骨だけで、とーっても軽いはずの私の腕。
それがいつになく重く、身体を少し捻ってやらないと持ちあがらなかった。
いきなり、ぜい肉たっぷりのおデブさんにでもなった気分だ。
何とか顔を動かし、岩に立てかけておいた剣を見やれば、鞘の先端が地面に食い込んでいる。
いくらオリハルコンが比較的重いとはいえ、これは明らかに異常だ。
「ディアナ、大変よ! 起きてッ!!」
『すぐに起きるのですよーッ!!』
「……ん? なんだ、敵襲か……?」
「そうじゃないけど、変なのよ! 身体がすっごく重いの!」
「言われてみれば、そうだな」
手を顔の前にかざしたディアナは、ずいぶんとのんびりした口調で言った。
全身に鎧を着ている彼女は、薄着の私たちなどよりもよっぽど苦しいはずなのに、実に平然としている。
もしかして、ディアナの体重はそんなに変化していないのか……?
そう思っていると、何気なく下ろされた腕が「ズンッ!」と鈍い音を立てた。
やっぱり、ディアナの体重も増えてるんだ!
「……よくそんな平気でいられるわね。鎧、重くないの?」
「鍛えているからな。これぐらい、普段と大して変わらん」
「体感で、倍ぐらいになってる気がするんだけどねえ……」
鈍感というか、我慢強いと言うか……。
とにかく体が重くてつらい私は、平気そうなディアナにたまらず苦笑いをする。
流石はデュラハン、私も強くなったとはいえ基本的な身体能力が違うらしい。
まあ、ディアナの場合は人間だった頃からそんな感じだった気はするけど。
「しかし、どうして急に身体が……」
「あのカニがいけなかったのか? 妙な毒が入っていたとか」
『それじゃ、僕が重くなってる理由が分からないのですよー』
「それもそうか。だとすると……分からんな。シース、何か思いつくか?」
「そうね……何が起きてるかの見当は、だいたいつくわ。たぶんだけど、重力が増えてるんだと思う」
「じゅうりょく?」
マヌケな声を出すディアナ。
ああ、そっか。
ディアナが生きていた時代には、まだ重力なんて発見されてなかったっけ。
重力って、百年ぐらい前に林檎の木をじーっと見てた暇なオッサンが発見したものらしいから。
「重力って言うのは、地面が物を引っ張る力のことよ。これが強いと、体重が重くなったりするの!」
「そういうものがあるのか……。よくわからんが、凄いな!」
「……ホントに、分かってないって感じね。でも重力なんて、ごく一部の魔法でしか変わらない――」
不意に、視界が揺れた。
重い中でも上体を何とか起こそうとしていた私は、再び地面に倒れた。
地震か?
そのせいで、周囲の重力が増していたのか?
動くに動けない私は、必死に原因を探ろうと周囲を見渡した。
すると、遥か視界の彼方で――土埃が沸いていた。
「もしかして、あそこで何か起きてる?」
「火山の噴火かな? それにしては、マグマじゃなくて埃ばっかりだけど……」
「何か動いていないか? 影のようなものが」
「え?」
「そこだ!」
ビシッと指さすディアナ。
しかし、その指の先を見ても私には何も見えやしなかった。
必死に目を凝らしてみるものの、あるのは土埃だけだ。
「ねえ、ホントにそんなのあるの?」
『僕にも、見えないのですよー』
「……おかしいな、さっきは確かにあったんだが」
「見間違いじゃない? だいたいここから見えるなんて、とんでもない大きさよ。山があんなだもの」
土埃の中に聳える火山。
それをどうにか顎で示すと、私はふうっとため息をつく。
炎を噴き出す立派な火山ですら、ここからだと手のひらに収まるぐらいの大きさにしか見えないのだ。
それだけの距離があってもはっきり見えるとなると、ディアナの言う影は最低でも城ぐらいの大きさがあるってことになる。
そんなものが動くなんて、早々あり得ないわよ!
まあ、このいろいろおかしなダンジョンなら何が起きても不思議じゃあないけどさ……。
それでも、ね?
限度ってものがあると思うの。
「あ、身体が軽くなってきた!」
「よし。十分寝たことだし、そろそろ修業をするとしよう」
「ええ! 早速やりましょ!」
ぐるぐると肩を回して筋肉をほぐすと、ゆっくり立ち上がる。
さて……聖騎士のお手並み拝見と行きましょうか。
剣を腰に差すと、ディアナと真面目な顔で向き合う。
「さて、まずはこれを載せてくれ」
「……石? というか……岩?」
ディアナが手で抱えて示したもの。
それは、私の頭ぐらいのサイズがある大きな石だった。
これを載せるって、一体どこに?
適当に近くの岩にでも載せればいいのかな?
そう思った私が近くのでっかい岩を見やると、ディアナは違うとばかりに首を振る。
「そうじゃない、頭だ。頭に岩を載せて、それを落さないようにして生活するんだ」
「……はい?」
呆気にとられた私は思わず、変な返事をしてしまったのだった――。
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