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第七十五話 聖騎士さんは意外と理論派?

「んんーッ!!!!」


 マグマで熱した平たい岩。

 その上でじっくりと火を通したカニの身を頬張ると、たちまち悶絶する。

 美味いッ!!

 このダンジョンで食したどんな食べ物よりも!

 ひょっとしたら、人生の中でもベストに入るぐらい美味しいかもしれないッ!!

 でーっかいカニだけに味も大味なんじゃないかと思っていたけれど、まったくそんなことはなかった。

 噛むたびに口の中で弾けるような、プリプリとした心地良い食感。

 舌の上に溢れ出す濃厚な旨みと甘み。

 こんなに大きなカニだっていうのに、全てがぎゅーっと詰まっている感じがする。


「これは素晴らしいな……! 人生を損していたというのも、分かる気がするぞ!」


 うっとりとした表情をしながら、ディアナが言う。

 頬っぺたを抑えてカニの身を次々と口に放り込む彼女の様子は、見ていて本当に幸せそうだ。

 口から洩れる吐息からは、どこか色気すら感じられる。


「でしょ? カニってホントにたまらないわよね!」

「ああ、幸せの味だな!」

「ドンドン焼きましょ! あ、ゆでても良いわ!」


 さっき見つけた、大きな岩の裂け目。

 そこからしみ出している地下水をくぼんだ石でたっぷりと受け止めると、中に焼け石を入れた。

 たちまち水が熱せられ、ブクブクと沸騰する。

 そこへ適当に裂いたカニの身を入れると、たちまち花が咲いたように膨れた。


「おお……! 美味しそう!」

「ほう。焼くのとはまた食感が違うのか?」

「そうよー! ディアナもやって見たら?」

「よし!」


 ディアナも一緒になって、カニをゆでていく。

 こうしてゆで上がったカニを口に放り込むと、さっきとは違った味がした。

 焼い石より低い温度で火を通したから、プルンっとした食感を強く感じる。

 そして、味も少しさっぱりとして淡白な感じだ。

 雑味の部分が取れて、味わいが幾分か洗練されている。

 人によって好みは分かれそうだけど、私はこっちの方が好きかも。


「あー、最高ッ!!」

「うむ! 実に美味い!」

「これにカニ味噌があれば、もっと最高だったんだけどなあ……!」

「これが、もっと美味くなるのか?」

「もっちろん! カニ味噌の苦みが身の甘さを引き締めてね、味わいを奥深くするのよ! ああ、想像するだけでよだれが……」


 緩んでしまった唇を慌てて閉じると、すぐさま口元をぬぐう。

 いけないいけない、女の子にあるまじき失態だ。

 でも、カニ味噌をつけるとホントにおいしいのよねえ……。

 味を想像すると、どうしてもだらしない顔になっちゃう。


「むむむ、そこまで言われると私も食べたくなってきたな。こうなったらシース、今すぐあのカニを捕まえるぞ! カニ味噌を手に入れるのだッ!!」


 今までの消極さはどこへやら。

 ディアナは拳を高々と突き上げると、瞳を燃やした。

 よっぽど、カニの味がお気に召したようだ。

 こいつにも、カニの素晴らしさが伝わったってことね!


「お、乗ってきたわね! でも、すぐにカニと再戦ってわけにはいかなさそうだわ。あいつを倒す方法を考えないと」

「何故だ? さっきの魔法剣を甲羅に当てればそれで倒せるのではないか? あの威力ならば、関節でなくとも吹き飛ばせるだろう」

「……そういうわけにも行かなさそうなのよね、これが」

『そうそう、シースは魔法剣をまだまだ使いこなせてないのですよー』


 肩をすくめると、腕をスッと前に突き出す。

 普段は枯れ木のように細く皺だらけの腕が、妙に張っていた。

 筋肉が相当なダメージを受けている証拠だ。

 不死族だからすぐに回復してきたけど、そうじゃないと治療術師のお世話になるぐらいの感じである。

 もともと魔法剣はヤバい技だったけど、肉体的ダメージが明らかに増加している。


「見て。脆い部分を狙ったさっきの一撃でこんな状態よ。あれをもし甲羅に直撃させてたら、腕が吹っ飛んでたわ」

「な! 魔法剣とは、それほどまでに負荷がかかる技なのか!?」

『かかるにはかかるんですけど……明らかに、前と比べて増しているのですよ』

「そうね。前に使った時は、疲労感こそ凄かったけどダメージはあんまりなかったから。原因はこの剣ね」


 腰に差した剣の柄をポンポンと叩く。

 いい剣なんだけど、逆に良すぎて使いこなせないのよね。

 おそらくはオリハルコンで出来ているらしい剣身が、魔力を増幅しすぎるのだ。


「なるほど、新しい武器を使いこなせていないという訳か」

「そういうこと」

『その通りなのです。増幅した魔力を、制御しきれてないのですよ』

「ふむふむ。しかし、魔力だけが原因でもなさそうだな。自身の技でそれだけダメージを受けているところを見ると、新しい武器に限らず剣の扱い自体にも少し問題がありそうだ」

「そうなの? これでも私、剣術については結構やってるわよ?」

 

 魔法が使えない状態で、Dランクまで上がったのは伊達ではない。

 剣術についてはこれでもかなりしっかりと習っている。

 さすがに基本的な扱いぐらいは、問題なく出来ると思うんだけどなぁ。

 私が怪訝な顔をすると、ディアナはつらつらと扱いが出来てないという理由を語り始める。


「見たところ、右腕の方がわずかにだが腫れがひどい。技を打ち込むとき、身体のバランスが崩れていたのだろう。シースの利き腕は右か?」

「ええ、そうよ」

「利き手の方に力が偏ったんだな。それでバランスが崩れたんだろう。あと、衝撃を腕だけで受け止めてしまっている。もし全身で衝撃を受け流していれば、もう少しマシだったはずだ。代わりに、背中の張りなどが少し出ただろうがな」

「……へえ、凄い! さすがは聖騎士ッ!!」


 思わず手を叩く。

 いつもの惚けた感じからは想像できない、実に的確な批評だ。

 完全な感覚派かと思っていたら、意外といろいろ考えているらしい。

 正直、ディアナのことを頭悪そうって舐めてたわ!


「アドバイス、ぜひお願いするわ! というより、これからしっかり剣術を教えてくれない?」

「いいだろう! しかし、私の訓練は厳しいぞ?」

「平気よ、この私を誰だと思ってるの! 伊達にここまでこのダンジョンを潜って来てないわ!」

「分かった。ならば、今から思いっ切り寝るぞ!」

「了解ッ! ……え?」


 私が聞き返しているうちに、ディアナは横になってしまった。

 これから訓練って時に、寝る?

 それも、こんなダンジョンのど真ん中で?

 あまりに突拍子のない行動に、すぐさま声を上げる。


「ちょっと待って、どういうこと?」

「シース、お前の身体は見たところ疲れ切っている。こういう時にしっかり休むのも鍛錬のうちだ。不死族と言えども、回復には限度があるのだぞ。今のシースは無理をし過ぎだ」

「そりゃ確かに、タナトスと戦ってからずっとだけどさ。これからって時にそれでいいの? 大体こんなところに居たら、モンスターが来るじゃない!」

「精霊さんが居るだろう? いざという時は、起こしてもらえば問題ない」

「そうは言ってもさ、それはどうなのよ」

『そうですよー! 確かに僕に眠りは必要ないですけど』

「二人ともくどいぞ。休めるときにしっかり休み、いざという時はしっかり動く! これこそが基本だ。不安定な状況でも休めてこそ、真の騎士だぞ」


 そう言うと、ディアナは今度こそ眠りについてしまった。

 何だか不安だけど……仕方ないわね!

 私もまた、精霊さんに寝ずの番を任せると眠りについたのだった――。

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