第七十四話 我が剣の力を見よッ!
そいつはカニだった。
底が膨らんだ三角の甲羅に、長く伸びた八本の足。
何より、誇らしげに掲げられたハサミ。
マグマの海から浮上してきたその姿は、どこをどう見てもカニにしか見えない。
海沿いの町へ行くたびに、なけなしの依頼料をはたいてカニを食べていた私には分かる。
こいつはカニだ。
明らかにサイズ感がおかしいけれど、ちゃんとカニの形をしている。
六本脚じゃなく八本脚なのも、ズズワイ派の私としてはたまらないッ!
剣が落っこちてきたことに驚いて出て来たみたいだけど……とんだ掘り出し物だわッ!
「な、何だこいつは……ッ!!」
「見ればわかるでしょ、カニよッ!!」
「カニ……?」
間の抜けた声を出して、首を傾げるディアナ。
まさかこいつ、カニを知らないの!?
ちょっと信じられないわね!
「ディアナ、カニ知らないの!?」
「……名前ぐらいしか知らぬな」
「あんた、カニの味を知らないなんて人生三割ぐらい損してるわよ! びっくりして目が飛び出るぐらい美味しいんだからッ!!」
そう言うと、私は横歩きで向かってくるカニに向かって剣を構えた。
お腹が空いたところに、ちょうどいい獲物だ!
こいつを倒して、カニパーティーしてやるッ!!
「待てシース! そいつと戦うつもりか!?」
「もちろんよ、絶対に食べるんだから!! お腹も減ってるし!」
掌からエコーを放ち、すぐさまカニの魔力値を測定する。
3500と数値が表示された。
ラーゼンの三倍近い、強烈な値だ。
でも今の私はあの頃の十倍は強いし、ディアナだっている。
二人で戦えば、苦戦はしても敗北するような相手ではない。
「むむむ……しかしな……ッ!」
考えを決めかねて、唸るディアナ。
その視線は、まっすぐにカニの外殻へと向けられていた。
マグマの熱に耐えるためなのだろう。
カニの紅い体からは、石英のような結晶柱がびっしりと生えている。
まさに天然の鎧……いや、要塞とでも言うべき姿だ。
生半可な武器では、恐らく傷一つつかないだろう。
「大丈夫よ! 関節を狙えば、私の魔法――来たわッ!!」
「仕方ない、やるとするか!」
『シース、いくら僕が入って頑丈になったからと言って無理はダメなのですよ!』
「分かってるわ! むやみに斬りつけたりはしないって!」
振り落とされるハサミを、飛び退いて回避する。
大人の背丈ほどもある大岩が、一撃で木っ端微塵に粉砕された。
それどころか、岩の下の地面が大きく凹んでクレーターが広がる。
重い、重すぎる一撃。
巨体に相応しいだけのパワーは、やはり持っているようだ。
「一撃たりとも喰らえないわね……ッ! ディアナ、こいつの動きを止められる?」
「もちろんだ。タナトスと比べれば、何ということはない」
スイッチが切り替わったんだろうか?
ディアナは余裕たっぷりにそう言うと、剣をしっかりと構え直した。
そして大地を踏み抜き、一気に飛び出していく。
速いッ!
ビョウッと風音が響くと同時に、ディアナの姿が掻き消えた。
直後、カンカンカンッと気持ちのいい音が響く。
カニの外殻を、赤い火花が駆け抜ける。
「すご……ッ! 予想以上だわ……ッ!!」
惚れ惚れするような神速の剣戟。
それでいて、剣を傷めないように打ち込む角度などは計算され尽くしている。
普段の抜けた感じからは想像できない、圧倒的な戦いぶりだ。
軽やかにステップを踏み、刺すように剣を繰り出す様子はまさに戦乙女。
嫉妬してしまいそうなほど美しい。
『シース、今なのですよ!』
「ええ! ディアナも居ることだし、久しぶりに……やるわッ!! 新しい剣の試運転もしたいしね!」
剣を高く構えると、体内の魔力を急速に高めていく。
身体の底から、ふつふつと湧き上がってくる熱。
それを掌に向かって集中させると、荒ぶる力を一気に剣へと流し込む。
「むッ!!」
魔力を注ぎ込んだ刹那、掌の中で爆発するような感覚があった。
剣に流れ込んだ魔力が一気に増幅され、跳ね返ってきたのだ。
こりゃ、前の剣で魔法剣を撃とうとしたとは段違いねッ!!
魔力が……暴れる……ッ!!
このままじゃ抑えきれないッ!!
変換効率が上がったのはいいけど、制御の難易度まで上がるなんてね……ッ!!
青白く燃える剣を、迸る魔力の赴くままに振るう。
本当ならもっとじっくり狙いを定めたかったけど、今の私にはこれが手いっぱいだ!
「ディアナ、避けてッ!! 狼牙爆砕剣ッ!!!!」
大地を踏み抜き、跳ぶ。
躍動する筋肉と溢れる魔力が、細い体を容易く宙へと打ち上げた。
一直線。
閃光と化した私は、ハサミの付け根を撃ち抜く。
大爆発。
堅牢な外殻を持たない関節部分は、逆巻く魔力の一撃に見事粉砕された。
引きちぎられたハサミが、ズウンッと鈍い音を立てて落ちる。
「キギュウゥッ!!」
ハサミを落された激痛に、くぐもった雄叫びを上げるカニ。
閉じていた口が開かれ、そこから泡があふれ出して来た。
うわ、何この量ッ!!
周囲一帯を覆い尽くさんほどの泡に、着地したばかりで身動きの取れない私はなすすべもなく飲み込まれる。
逃げなきゃ!
でも、身体が動かない……ッ!
魔力の消費が激しいのはもちろんだけど、筋肉疲労も激しかった。
特に魔力の暴走を無理やりに抑え込んでいた腕は、力をほとんど失っている。
やがて剣を持ち続けることも出来ずに、取り落してしまう。
「シースッ!!」
「ディアナ……ごめん、動けない!」
「まったく、無理をし過ぎだぞ」
「ごめんごめん。でもホントなら、もうちょっと余裕があるはずだったのよ」
ディアナに抱きかかえられながら、カニの方を見やる。
私たちを泡へと埋めたカニは、その隙にとっとと逃げ出していた。
奴は岸へと達すると、そのままそそくさと巨体を海の中へと躍らせる。
だぷんッとマグマが波打ち、やがてその赤い体はすっかり周囲と同化して見えなくなってしまった。
「ああ、カニが! カニがッ!!」
「マグマに逃げられては、捕まえようがないな。でもいいじゃないか、ほら」
カニが落していったハサミを指さし、笑うディアナ。
確かに、ハサミだけでも食べるには十分すぎる大きさだ。
二人がかりでも、持ち上げられるかわからないぐらいなのだから。
飢えをしのぐだけなら、これで一か月ぐらいは持つかもしれない。
でもねディアナ、カニは……カニは……ッ!!
「ダメなのよ、これだけじゃ! カニの身は、カニ味噌をつけて食べるのが一番おいしいんだからッ!!」
すぐにこの剣を使いこなして、絶対再チャレンジしてやるッ!!
海を見ながら叫んだ私は、そう固く決心したのだった――!
20時くらいから、アクセスが跳ね上がってびっくりしている作者です。
どこかのサイトで紹介でもされたのかな……?
いずれにしても、ありがたい限りです。
まだまだ頑張りますので、これからも応援よろしくお願いします!
※カニの足の本数を修正しました。




