第六十六話 人は見かけによらないって言うけどさ!
「これは……?」
剣を手にして、きょとんっとした顔をするデュラハン。
彼女は剣を首の上に掲げると、脇に抱えた頭から刃を食い入るように見つめた。
何か、思うことでもあるのだろうか?
私たちの方には目もくれず、時が止まったように静止している。
大きく開かれた瞳は、白銀の剣光をぼやーっと映し出していた。
……よくわからないけど、チャンスだ!
私は近くに落ちていた剣――質まで見てる余裕はなかった――を手土産に、素早く山を下りる。
そしてそのまま、石化しているデュラハンの隣をすり抜ける。
ラッキー、やっぱり私はツイてる!
日頃の行いの良さって、こういう時に出てくるのね!
このまま一気に階段を上って入り口を再び塞いでしまえば、多少の時間稼ぎは出来るはずだ。
そう思っていた矢先――
「おっと!」
「わッ!!」
いきなり広場の奥の壁が割れて、通路が現れた。
いざって時にすぐ駆けつけれらるよう、別の通路があったらしい。
そこからヒョイッと飛び出してきた少女に、走っていた私は勢いを殺せずそのまま突っ込んでしまう。
あわや――と思った瞬間。
少女はタンッと地面を蹴ると、軽やかに宙返りをして私をかわした。
その動きは何とも優雅で、称賛してしまいそうなほど。
服装もフリルがいっぱいついた黒のドレスで、いかにも上流階層って雰囲気だ。
ビスクドールのように整った顔立ちが、さらにそのような気配を際立たせている。
「へえ……ここを走ってるってことは、君が侵入者か」
「……あんた、それが分かるって何者!?」
「何者って、僕が聞きたいところなんだけどね。死蝕鬼が侵入者だったなんて、予想外もいいところだよ。どうやったかは知らないけど、お宝も盗んでるみたいだし」
少女は軽く目を細めると、興味深そうに私が持ってきた剣を見た。
途端に、ぞわりとした感触が背中を走る。
気だるげな表情をしているようにしか見えないが、その眼力は半端なもんじゃない。
こいつはまさか……!
「……あんた、タナトスね?」
「よくわかったね。でも、僕みたいな可愛い乙女にあんたはないんじゃないかな?」
「どうせ、歳が分からなくなるぐらい生きてるんでしょ? あんたで十分よ」
「辛辣だね。その口の利き方、嫌いじゃないよ。でも、見た目と声がなあ……。おっぱいだけでも大きかったら、かわいがってあげても良かったのに……!」
そう言うと、タナトスは私のあばらが浮いた胸元を見てため息をついた。
死蝕鬼の身体だから仕方ないとはいえ、胸を見て露骨にがっかりされると頭に来るわね……!
言っとくけど、人間だった頃の私はHの称号を持ってたんだから!
まだ十六歳だったから、もうちょっと大きくなれたはずだしッ!!
「というか、あんた女でしょ! なに言ってんのよッ!!」
「僕はただ、綺麗なものを最大限に愛でたいだけだよ。おっぱいは女性美の象徴じゃないか。それを存分に楽しんで何が悪いっていうのさ? 素晴らしいだろう?」
「芸術的な感じで、変態親父みたいなこと言うな! もう、関わってらんないわねッ!!」
ゆっくり後ずさりをすると、私はそのままその場を去ろうとした。
だがその時、タナトスの目つきがにわかに変わる。
「おっと。僕から逃げられると思わないでよ?」
タナトスは人差し指を立てると、瞬時に魔力を集中させた。
指先から黒い球体が浮かび上がり、火花を散らせる。
あれは、闇の魔力の塊だ……ッ!
それも、半端な代物じゃない。
大抵の人や魔物なら、跡形もなく消し去ってしまうような代物だ。
これだけのものを、あくびを出すような軽い感じで作るなんて…………ッ!!
こいつ、正真正銘の化け物だわ……!
「とんでもないわね……ッ!」
「ありがとう、褒め言葉として受け取っておくよ。でも残念、君には死んでもらわないとね」
「そうそう簡単に、死んでたまるかッ!」
そう吐き捨てると、すぐさま横に飛ぶ。
指が振られた。
黒い球が、スウッと音もなく宙を切る。
私はさらに横へと移動すると、その軌道から逃れようとした。
だが――
「まずッ!! 追いかけてくるッ!!」
一直線に跳んでいたはずの球が、私を追いかけて急旋回した。
こんなの予想外ッ!!
これじゃ避け切れないッ!!
最悪の瞬間を想像して、たまらず身がすくむ。
しかしその時、何かが眼前で閃いた。
「これは……斬撃?」
白い衝撃波が、黒い球を切り飛ばしてしまった。
衝撃はそのまま壁まで伝わり、ドオンッと部屋全体を揺さぶる。
慌てて斬撃を飛ばして来た方向を見やると、そこにはデュラハンが居た。
が、いつもとは明らかに雰囲気が異なる。
頭をきちんと被った彼女は、タナトスを射殺すような眼差しで睨みつけていた。
その顔つきは険しく、額に刻まれたしわに途方もない憤怒が見て取れる。
「あらら、ずいぶんと厄介なことになってるね。思い出しちゃったのか」
「ああ! 我が愛剣を手にして、すべて思い出したさ。名前も、過去の思い出も。そして、お前を殺さなければならない理由もなッ!!」
タナトスに剣を向けると、高らかに宣言するデュラハン。
な、なにが起きたんだ……!?
デュラハンとタナトスって、味方同士のはずじゃないの!?
私が動揺していると、すぐさまタナトスがムッとした表情で言う。
「……やれやれ。せっかく人が記憶を封じていい子にしてあげたのに、元に戻っちゃうなんて! これで二度目じゃないか!」
「残念だったな。名を奪うことは出来ても、過去を奪うことまでは出来なかったということだッ!」
「ふうん。まあいいや、また前と同じことをすればいい。何度裏切っても、元に戻せば問題ないよ」
「出来るかな? 愛剣を手にした私は、千年前よりも遥かに強いぞ」
「問題ないさ。あの時は、君の味方に勇――」
「ちょ、ちょっと! 何がどうなってんのよッ!!」
話についていけず、思わず叫んでしまった私の声が大きく響く。
我ながら大した声を出したものだ、ぐわんぐわんって壁が唸ってる。
すると声のデカさに閉口したらしいタナトスが、呆れた顔でこっちを見た。
「……なんだ、何も知らなかったのか。こいつの元の名前は、ディアナ・ファヴェーロ。オルドレンを守護する、最強の聖騎士とか言われてた女さ」
「聖騎士……! あのデュラハンさんがッ!?」
あんまりにも、意外過ぎる過去。
私はその場で絶句してしまったのだった――。
ブックマークが9000件を超えました!
目標にしていた10000件まであと少し、これからも頑張りますのでよろしくお願いします!