第六十話 宝探しの秘策
「あー、花畑が見える……!」
『シース、しっかりするのですよ! 気を確かにッ!!』
精霊さんから絶え間なく飛ばされてくる念に、ぼんやりしていた意識が少しずつはっきりしてくる。
目の前に広がっていた綺麗な花畑の景色が、ふわんっと霞んで消えた。
代わりに、黒い板の張られた天井と朧に光るランプが目に飛び込んでくる。
身体の方を見やれば、白い掛布団が目に飛び込んできた。
よくわからないけど、私はベッドの上で寝させられていたらしい。
「あれ、何で寝てたの?」
『覚えてないのです?』
「まったく」
『シースってば、食事を食べ終えたらすぐに倒れたのですよー! それで休ませてもらっていたのですー』
「食事……? ああッ!!」
思い出したッ!!
デュラハンから食事をご馳走になったのだけど、その威力が凄すぎて完全にやられちゃったのよね……。
何せ、食材として普通にゾンビ肉を使って居たのだ。
不味さのあまり一口食べれば絶叫し、全身が震えるようなあれをである。
キノコで何とか誤魔化してはいたけれど、その酷さは推して知るべし。
言葉にしがたいと言うか、あれについて多くを語りたくはない。
「目が覚めたようだな!」
扉が開き、デュラハンが中へと入ってくる。
その姿に、私はすぐさま込み上げるものを感じた。
この熱くたぎるものは……怒りだ!
私は今、こいつに対して猛烈に怒っているッ!!!!
「ちょっと! あれはいったい何だったのよッ!!」
「言わなかったか? 天国へ行くような味だと」
「意味が違うわよッ!! 凄すぎて、ホントに死ぬところだったわ!」
「それは……まずかったということか!?」
眼を見開くと、この世の終わりが来たような顔をするデュラハン。
悲しみを孕んだその表情に、思わず言葉が詰まってしまう。
そんな潤んだ瞳をされたら、文句を言いづらいじゃない……ッ!
でも言う、言うったら言うんだッ!!
「……まあ、そうね。私の口には、ちょっと合わなかったわ。というか……まずい!」
「……そうか。それはすまないことをしてしまった。私の料理は、不味かったのか……!」
「へ、へーきへーき! そんな落ち込まないでもさ! 練習すれば、きっと上手になるわよ! それに、人それぞれこの身だってあるし!」
「そうだな、もっと上手くなればいいのだッ!!」
拳を握ると、デュラハンはそのまま瞳を燃やした。
なんという立ち直りの速さ!
言いっぱなしなのが心苦しくてフォローしちゃったけど、マズイことしちゃったかな?
この調子じゃこいつ、明日も料理を作って出してくるぞ……!
何かしら理由をつけて、防がないと!
「ね、ねえ!」
「なんだ?」
「そろそろ仕事はしなくていいの? お城へ行ったりとかさ」
「それは大丈夫だ。城へ出仕するのは、日に数時間で十分だからな」
「へえ、意外とお仕事少ないのね……。ちなみに、何してるの?」
私がそう言うと、デュラハンは待ってましたとばかりに胸を張った。
彼女はゴホンっと咳払いをすると、自慢げに言う。
「私はタナトス様の近衛騎士を務めている。他に何人か居るが、一応は私が筆頭格だな」
「それって、近衛隊長ってこと? 結構すごいじゃない!」
「近衛と言ってもタナトス様自身がお強いのでな。そこまで仕事があるわけでもないのだ。世話役としてはメイドが居るしな」
「なるほど」
「いずれにしろ、今日は一日家にいるからそなたも安心してゆっくりとするといい。倒れたのも、疲れがたまっていたからだろうよ。料理が不味い程度で、そんなことにはならない……はずだからな!」
言葉に力を込めて、目いっぱい否定するデュラハン。
ふ、あんたは味覚の力を甘く見ているわ。
不味い料理は、時として人を殺すことすらあるのよ……!
既に死んでいる私ですら、あっち側へ引き込まれそうになったのだ。
生きている人間だったら、今頃とっくの昔にお亡くなりになっているに違いない!
「何故だか、ずいぶん目つきが冷たい気がするが……」
「ははは、気のせいよ!」
「ならいいのだが。では、一旦失礼するぞ」
「ええ、またね!」
デュラハンは扉を閉じて、部屋を後にした。
さあってと。
邪魔者が居なくなったことだし、これからのことを考えないとね。
剣の方を見ながら、ゆっくり語り掛ける。
「まずは、結界がどこにあるのかを突き止めなきゃねェ」
『僕は、あの城の中が怪しいと思うのですよー!』
剣がカタカタと揺れて、窓の外を指し示す。
そこにはドーンッと聳える黒い城の姿があった。
第三階層へやってきた直後から見えている、タナトスの居城である。
その黒々とした姿は途方もなく巨大で、建造物というよりは自然の山のように見えた。
あまりの大きさに、見ていると距離感がマヒしてくる。
「あの中か。でも、それは案外なさそうな気がするわね」
『どうしてです?』
「城の中って、ちょっとわかりやす過ぎる気がするのよ。侵入者が真っ先に狙う場所だろうし。それよりは、都のどこかへひっそり隠してるんじゃないかしらね?」
『でもそれだと、捜すのすっごい難しいのですよ? この都、物凄く広いのです!』
「そうね、建物を一つずつ捜すなんてのは現実的に無理だわ。怪しい場所にだけ絞っても、まあ不可能かしら……」
ここに来るまでは、都と言っても辺境の街に毛が生えたぐらいのものを想像していた。
けど実際には、数千もの建物がひしめくかなりの都会だ。
結界がそれなりに大きいものだとしても、いくらでも隠す場所はある。
普通に捜したんじゃ、下手すりゃ数カ月はかかっちゃう。
土地柄、事情通に金を渡して話を聞くわけにも行かないしね。
この街の連中は、みんなタナトスの僕なんだから。
『どうするのです、シース?』
「うーん……。こうなったら、手はひとつかな。でもなー」
作戦のリスクを考えて、うんうんと唸る。
結界の場所をこっそり突き止めて、人知れず武具を盗み出すのが本来ならベストだ。
千年間も手付かずなことを考えると、中身が消えてもしばらくはばれないだろう。
タナトスが盗難に気づかないうちに、次の階層へ逃げてしまえば全て問題ない。
でもいま考えている手法を使うと、どうしても目立っちゃうのよね。
むしろ目立ってなんぼって感じだし。
さて、どうしたもんかな……?
「そうだ! 侵入者は人間って思いこまれてたわよね。それなら、何とかなりそう!」
『いったい、何をするつもりなんです?』
「ふふふ……予告状を出すのよ! 『人間の大泥棒さん』からね」
私がそう言って、微笑みを浮かべるのだった――。
探偵小説だと、割とよく使われる手ですよね。
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