第五十九話 ほえー、ここが都か!
「まったく。何で私が、人の頭なんて背負って歩かなきゃなんないのよ……」
「すまぬな、私も頭だけでは動けんのだ」
「動けたら逆に怖いわよッ!!」
村から少し離れた森の中。
荒れた小道をゆっくりと歩く私は、背中を見やりながらはあっと盛大にため息をついた。
ミイラよろしく布に包まれたデュラハンは、その隙間からわずかに覗いた眼をこちらに向ける。
「ところで……いい加減苦しいのだが、この布は何とかならんのか? 暑いのは苦手なのだ」
「ダメ、見えないようにしとかなきゃ! 気持ち悪いじゃないッ!」
「気持ち悪い? 私の顔がか?」
驚いたような声を返してくるデュラハン。
頭なんて飾りだと言ってた割に、顔の造形には少し自信があったらしい。
「顔の造りの問題じゃないわ。生首って時点で怖いのよ! お化けみたいでッ!」
「お化けというなら、そなただって人のことを言えぬではないか!! 死蝕鬼など、恐ろしいモンスターの代名詞だろう!」
『シースってば、自分だけは例外なのですよー!』
「ええ、そうよ。自分は見えないから……って、こら! 余計な念を送るな!」
……こんな調子で、目的地までたどり着けるのか?
腰と背中で好き好き勝手に言い合うデュラハンと精霊さんに、流石の私もうんざりしてきた。
あー、もうッ!
一時休憩よッ!
近くにあった倒木に、よっこらせと尻を置く。
「ふう……」
「む、もう休むのか?」
「気持ちが疲れたの。ったく、運んでもらってるだけの人が文句言わない!」
「それはそうだが、この調子だと都まで丸一日はかかってしまうぞ」
「丸一日!?」
あまりのことに、突拍子もない声が出る。
何だかんだ言って、私はかなり早く進んできたつもりだ。
不死族の体力にモノを言わせて、休憩もほとんど取ってはいない。
それで丸一日って、人間だったらまるっと二日以上はかかるはずだ。
広いとは思ってたけど、どんだけ遠いのよ……。
「……あんた、肉を食べるためにそんな距離をわざわざ来たのね」
「私が全力で走れば、二時間もかからぬからな。そなたこそ、走ればもっと早く行けるのではないか?」
「あんたが重くて結構邪魔なの! 私ひとりだったら、流石にもうちょっと早いわよ! というかさ」
「なんだ?」
「あんたの身体って、それだけの距離を首なしで走って行ったわけ?」
「当然、そういうことになるな」
「それで、物にぶつかったりしないの? 襲われることだってあるかもしれないし。だいたい、胴体だけで動くの?」
私がそう言うと、デュラハンは何故か「ふふん」と自慢げに鼻を鳴らした。
その声の響きと来たら、布の向こうのドヤ顔が目に浮かんでくるかのようである。
「デュラハンは、そもそも胴体が本体なのでな。頭がなくても動くし、魔力探査で視界も良好だ!」
『おおー! 僕のエコーみたいなのです!』
「ふふ、だから移動には支障がないのだ。なんなら、戦闘だって全く問題なしだぞ!!」
「……せっかくの便利能力も、そのせいで頭を忘れちゃったら意味ないわね」
「い、言うな! 二日酔いのせいでボーッとしていただけなのだ! ふ、普段からこんなにうっかりしているわけではないぞッ!!」
「……実に怪しいもんね。ま、そんなこと言ってても仕方ないわ。先を急ぐとしましょうか!」
こうして、歩くこと数時間後。
やっとのことで森を抜けた私たちの前に、ドーンッと城壁が立ちはだかった。
巨人と戦うことでも想定しているのだろうか?
城壁の高さは半端なものではなく、奥にあるはずの建物をすべて覆い隠してしまっている。
厚さも相当なようで、壁の上を人が立って歩いていた。
こりゃ、こいつと一緒に来る作戦を取って正解だったわね。
こっそり不法侵入するなんて、この身体をもってしても無理に違いない。
「これが都かぁ。何とか着いたけど、やけに物々しいわね?」
「たまに森から、タナトス様の支配下にないモンスターが襲ってくることがあるのだ。中には強い者もいるから、このような城壁がいる」
「そういうことなら、あの村みたいに結界を使えばいいんじゃないの?」
「都であれを使うわけにも行かんのだ。都の住人には……お、あったぞッ!」
言葉を打ち切って、いきなり騒ぎ始めるデュラハン。
何のことかと周囲を見渡すと、遠くから何かが迫ってきた。
あれは……鎧だッ!
ガッチャガッチャと耳障りな金属音を響かせながら、白銀の鎧が走ってくる!
頭のないその姿に、たまらず叫びそうになるものの、思い直す。
そうか、デュラハンの身体か!
「おお、良かった! これで一安心だな!」
「ええ!」
『デュラハンさん、おめでとうなのですよー!』
「うむ、ありがとう。そなたらには礼を言うぞ」
私の背中から頭を回収すると、それを片手に首を下げるデュラハンさん。
彼女は軽く手を振ると、そのまま私たちに背を向けて歩き出した。
え……ちょっと待って!
門の外でお別れされたら、ここまで来た意味ないじゃない!!
「ちょ、ちょっと! あんた、ここまで世話になっておいて何にもなしなわけ!?」
「ん? ああ、そうであったな。では少ないが……」
懐に手をやり、財布を取り出すデュラハン。
違ーーう!
お金はだって欲しいけど、今はそれじゃないのよッ!
「お、お金はいいわ! それよりは、食事とかの方が……お腹すいちゃって!」
「そうか! ならば、私が家でご馳走してやろう! こう見えて私のきのこ料理は結構評判なのだぞ! 天国へ行けるほどの味とな!」
「へえ……そ、そうなんだ! 美味しいごはん、食べたいなーッ!」
『シース、ちょっと顔が引きつってるのですよ?』
「そ、そんなことないわよ! 早く行きましょ!」
こうして、デュラハンの顔パスで門を潜り抜ける。
すると、そこには――
「ほえー……! どおりで、神聖な結界が使えないわけだわ」
『す、すっごいのがいっぱいいるのですよ!』
表通りを歩く、ゾンビ・ゾンビ・ゾンビッ!!
それも、辺境の村で見たような綺麗な奴ばかりじゃない。
血まみれぐらいはザラで、中にははらわたが溢れちゃってるような奴まで居る。
ここまでくると、気持ち悪いを通り越して何だか圧倒的だ。
住民はおよそ元気とは無縁の存在ばかりだけど、異様なまでの活気もある。
傷だらけのゾンビが買い物かごを手にして軽快に歩く姿なんて、もはやおかしな笑いがこみ上げてくる。
「どうだ、凄いだろう! ここが我ら、不死族の都だ!」
自慢げに声を張るデュラハン。
私は彼女の言葉に、深々と頷いたのだった――。
これで六十話!
いつの間にか結構たくさん書いておりました。
これからも応援よろしくお願いします!
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