第五十八話 普通はさ、こんなことありえないわよッ!!
「美味い! これだけ美味い肉を食べるのは久しぶりだ!」
村長さん家の食卓にて。
こんがり焼けた串焼き肉を、デュラハンはハフハフと息を吐きながら口に運んでいく。
頭のない体でどうやって食事をするんだと思っていたけれど、そんな心配は無用だった。
首の切断面を、チョーカーのようなものでしっかり固定できるようになっていたのだ。
よって、今のこいつは首輪をつけただけの人間にしか見えない。
「あんたさ、首が着脱できるならいつもくっつけといたらどうなの?」
「何故だ? 重いではないか」
「重いって、手に抱えてる方がよっぽど邪魔でしょ?」
「適当な場所に置けばいいだろう」
肉をかじりながら、のんびりした口調で答えるデュラハン。
深い青の瞳が、きょとんっと丸くなっている。
大事な自分の頭だって言うのに、ずいぶんとまあ雑な扱いだ。
「適当な場所って……。もし頭に何かあったらどうするのよ」
「なあに。いざとなれば、胴体さえあれば生きていけるからな。頭など飾りにしかすぎん」
「飾りってねえ。あんただって女でしょ? 顔に傷とか付いたら嫌じゃない?」
「別に構わぬ。私にとって大切なのは、何よりここだ」
そう言うと、デュラハンは自身の胸元をドンッと叩いた。
不死族の弱点と言えば心臓だから、そっちの方が大事ってことか?
理に適っていると言えば理に適っているけど、何だかなあ。
せっかく美人さんなのに。
「そりゃ、デュラハンは心臓が一番大事だろうけどさ! 女なんだから、見た目も大事じゃない?」
「その、私は心のつもりで胸を叩いたのだが……」
「……あ、そうなんだ! ……そ、そうよね。心は大事よね!」
やられた、すっごくやられたッ!
それを言われちゃったら、なんか納得いかないけど否定できないじゃない!
ああ、その可能性をまったく思いつかなかった自分が恥ずかしい……。
というか、仮にも魔族のデュラハンがそんなこと言うか?
言葉の端々から騎士道精神みたいなものを感じるし、つくづく魔族っぽくないやつだ。
普通はもっと、悪逆非道なことを言うものじゃないのかね?
「騎士様、お酒の方はいかがですかの? あまり質はよくありませんが、量だけはございますぞい」
いかにも安っぽい造りの酒瓶を手に、村長が姿を現す。
にこやかな営業スマイルを浮かべたその姿は、いかにも小物全開って感じだ。
騎士に対して、悪い印象を持たせたくないってのは分かるんだけどさ。
最初はもっと、勇ましい感じの人だったんだけどな……。
気のせいか、村長の人物がどんどん小さくなってる気がする。
「酒か! ぜひいただこう!」
「どうぞどうぞ。シース殿もいかがですかのう?」
「私は遠慮しとくわ。お酒、ちょっと苦手なのよ」
「む、そうか」
「ではデュラハン様、どうぞ」
「う、うむ」
私のことを少し気にしつつも、村長に注がれた酒を景気よく飲み干していくデュラハン。
魔族らしく酒には強いのだろう、瓶を丸ごと飲み干してもほとんど顔色が変わらなかった。
しかしまったく酔わないという訳ではないらしく、小一時間もするとさすがに顔が赤くなってくる。
「……少し、悪酔いしてしまったな。今日のところは休むとしよう」
「おやすみなさい。寝室だったら、そこの扉を開けて廊下を歩けばすぐよ」
「かたじけない」
ふらりふらり。
デュラハンは今にもバランスを崩しそうな危なっかしい足取りで、部屋を出て行った。
完全な酔っ払いだ。
おえーって汚い嗚咽が、どこからか聞こえてきそう。
やがてそんな彼女の姿が完全に消えたところで、村長がほっと息をつく。
「上手く行きましたの。これで、朝までは起きないじゃろうて」
「ありがと。感謝するわ」
「いえいえ。こちらとしては、我々の解放を検討してもらえればそれで十分ですじゃ」
「え、ええ。しっかりと考えておくわ、もちろんよ!」
「はい、是非とも前向きな検討を頼みますぞ。しかし、騎士様を酔い潰してどうするつもりなのじゃ? わしとしては、村の中であまり騒動は起こしてほしくないんじゃが……」
眉間にしわを寄せ、何とも渋い顔をする村長。
そりゃ、村長の立場としてはそうなるわな。
地位が高いっぽいあのデュラハンに万が一のことがあれば、村がとばっちりを受けるのは確実なのだから。
「それは大丈夫。あいつにはちょっと、忘れ物をしてもらうだけだから」
「忘れ物?」
「そ。デュラハンさんの忘れものを、お友達の私が届けに行くってわけ。これで、身元の怪しい私でも怪しまれずに都や城へ入れるはずよ」
「なるほど、考えたものじゃの。しかし、なぜ都なんぞへ行くんじゃ?」
「都にお宝があるからよ。恐らくは、伝説級の武具がゴロゴロとね」
「な、なんじゃと! そんな話、長くこの地に居るが聞いたことがないぞい!」
私の言葉に、驚きで目を丸くする村長さん。
ま、無理もない。
タナトスはそんなこと、村長みたいな下っ端には絶対に言わないだろうからね。
「まあまあ、落ち着いて。村長は、あの滅びた町がオルドレンだってのは知ってる?」
「ええ、噂程度ですがの」
「デュラハンの話だと、そのオルドレンの財宝がこの階層のどこかに隠されているらしいの。聖なる結界に守られてね」
「ほうほう……。じゃが、どうしてそれが都にあると?」
「タナトスの立場に立って考えれば、簡単よ。結界に守られていると言っても、財宝を離れたところにポーンッと置いておきたいと思う? できれば自分の近くに置いて、しっかり守った方が安心じゃないかしら?」
村長はポンッと手を叩くと、何度もうなずいた。
彼は興奮した様子で、私の方に身を乗り出してくる。
「なるほど、結界を守るために都を造ったということか! じゃが、どうやって結界の中に入るつもりじゃ? 仮に財宝のある場所が分かったとしても、そこをどうにかしなければ意味があるまいて」
「確信はないんだけどさ、そこは何とかなりそうな気がするのよね」
デュラハンは言っていた。
人間なら簡単に入り込める構造だと。
今までの経験からして、人間の入れる結界なら私も入れる気がするのよね。
勇者の結界にも、この村の結界にも特に抵抗なく入れたわけだし。
試してみる価値は大いにあると思うのよね。
なんと言ったって、伝説の都市オルドレンのお宝だ。
多少の無理をしてでも手に入れる価値は、絶対にある!
「ま、そういう訳だから村長さん。明日、あいつが旅立つときにさりげなく荷物を抜いておいてくれる? できれば、大事そうなものを」
「分かった、では一番大事そうなものを抜くとしよう」
「じゃ、私もそろそろ寝るわ。今日は一日、いろいろあって疲れた……」
グーッと伸びをすると、私もまた寝室に引っ込んでいった。
巨大骨との戦闘から始まって、地下空間の探索に、デュラハンとの宴会だからね。
身体はいくらでも動かせるけど、気持ちがもうクッタクタだ。
布団をめくり上げると、さっさとベッドに潜り込む。
こうしてあくる日。
朝遅くに目覚めた私は、食卓にドーンと置かれた物体を目にして石化した。
衝撃だ、あまりにも衝撃的すぎる!
頭の上から巨大隕石でも降ってきたような感じだ。
何をどうしたら、こんなもん忘れんのよ!!
飯を食べた五分後に「飯はまだか?」っていう年寄りだってね、こんなの忘れやしないわ!!!!
「…………村長、これは?」
「見て分かりませんかの? 騎士様の忘れ物ですじゃ」
「分かるわよ! 分かるけど、何でッ!!!!」
喉が裂けそうなほどに叫びながら、私が指さした先。
そこには――
「スマンな。二日酔いでついうっかりしていた……」
「うっかりで済むかッ!! この脳筋女騎士ッ!!」
舌をペロッと出して笑う、デュラハンの顔『だけ』があった――。
何を忘れさせようか考えていたら、どこからか悪魔のささやきが……!
いいんだ、女騎士はちょっと脳筋なぐらいが可愛いんだ!
……だよね?
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