第五十七話 町の暗〜い過去
どうしてこんなところに、デュラハンが居るのか。
まさか私を狙って来たのか……?
腰に手をやると、剣の柄を固く握る。
渇いた皮膚に、嫌な汗がにじんだ。
何の策略もなくこいつとぶつかり合って、勝てる確率は万に一つと言ったところか。
絶望的な勝率に、たまらず顔が歪む。
「……なんだ、ずいぶんと警戒されているな」
「そりゃあね。いきなりこんなところで出会うなんて、思いもよらなかったから」
「すまんな、それは悪かった」
そう言うと、本当に申し訳なさそうに肩をすくめるデュラハン。
こいつ、私を始末しに来たわけではないのか……?
全く緊張感のない彼女の様子に、私は少しだけ警戒感を緩める。
「……何しに来たの?」
「いろいろあって、どうしても肉を食べたくなってな。それで、そなたが肉を持っているのを思い出したのだ。魔物肉のようだったから、まだ腐ってはいないだろう?」
「それってつまり……肉をご馳走になるためだけに、私を追いかけて来たってこと?」
「いかにも!」
胸を張って言い切るデュラハン。
こ、こいつ……!
首を小脇に抱えた騎士が、すっごいいい笑顔をしながら言うことか!?
こちとら、戦いになるかもって心配してたのに。
完全に毒気抜かれちゃったわよ!
全身の力が抜けて、その場でよろけてしまう。
「あんたねえ……そんなに肉を食べたかったの?」
「うむ。この階層では超貴重品だからな! 特に、質の高い魔物肉などここ十年ほどは食べていない!」
「じゅ、十年ねえ……! そこまで食べてないなら気持ちは分からないでもないけどさ」
それでも、である。
お肉のためにわざわざ遠征してくるなんて、まったく呆れた食いしん坊だ。
私は大きくため息をつくと、こいつが前に言っていたことを思い出す。
「……分かったわ。その食欲に免じて、お肉は分けてあげる。でも、私たちにとってもそれは大事な食糧なんだからね! タダってわけにはいかないわ!」
「もちろんだ」
「前に、出来ることなら何でもするって言ってたわよね? だったらさ、この場所とここにあった武器や防具のことを教えてくれない? 残されていないって言ったけど、どこにあるのよ?」
「そんなこと聞いてどうするのだ?」
「だって、気になるじゃない! 出来ることなら、お宝だって手に入れたいしさ!」
私がそう言うと、デュラハンは少し考え込むように瞳を閉じた。
やはり、この場所のことは重要な機密事項だったのか……?
予想していなかった長考に、私はグッと息を飲む。
そして――
「良いだろう。さて、どこから話したものか……」
「出来れば、最初からが良いわ」
「うむ。この街が、オルドレンだと言うことにはすでに気づいているようだな?」
「ええ」
「では、簡単に街についてのことから話すとしようか。このオルドレンは、鉱山の麓の森林地帯にもともと位置していてな。鉱石や木材、さらには水も手に入りやすいと言うことで鍛冶の都として栄えて来た。だが今から千年前、魔王に目をつけられてしまってな」
「魔王ッ!!」
興奮して、声が出てしまう。
やはり、この街の滅亡には魔王が絡んでいたのか!
このダンジョンに魔王が関わっているっていう推理は、やっぱり間違ってなかったらしい。
「やけに食いつくな?」
「ははは……! ま、魔王は怖いなーっと思って!」
「……話を続けるぞ。オルドレンが生産する武具が厄介だと思った魔王は、この街を滅ぼそうとした。だがオルドレンは、ちょっとやそっとのことでは屈服しなかった。武具の輸出で得た金で強力な騎士団を組織し、さっき見たような地下施設を街やその周囲に作って抵抗したんだ。それで押し寄せる魔王軍の猛攻に、半年以上も耐えた」
「そりゃ凄い。ずいぶん頑張ったわね」
魔王軍と言えば、大国をもひと月で滅ぼしたと言われる悪夢の軍団。
それに半年も耐えるなんて、ただの城塞都市ぐらいじゃ絶対に無理だ。
よっぽど、この街を守っていた騎士団というのは強かったらしい。
「だが、耐え過ぎたのがいけなかった。オルドレンを攻めあぐねた魔王は、とある吸血鬼にこの町の攻略を任せた。それが今、この地を支配しているタナトス様だ。タナトス様は、名だたる幹部たちが一向に攻め落とせなかったこの街をわずか三日で落とした」
「み、三日!? 何やったっていうのよ!」
「分からないか?」
そう言うと、デュラハンは自らの首を高く掲げて周囲を見渡した。
瘴気の漂う殺風景な部屋をである。
その表情はやけに輝いていて、何か素晴らしい仕事を見ているかのようだった。
これはまさか……!
「瘴気を放って、大地を腐らせた……?」
「そのとおり。タナトス様は古の禁術を使って、街の周囲を今のような状態にした。人間は周囲を覆った瘴気に犯され、あっという間に亡者の国の完成だ」
「うわァ……! すんごいことするわね……。でも、それと武具の行方とどう関わるの? タナトス様が全部接収したってこと?」
「正しいが、少しだけ違う。街の至宝ともいうべき武具の数々は、あらかじめ離れた場所に封印されていたのだ。大陸有数の神官によって施されたその聖なる封印を、タナトス様はどうしても開けることができないでいる。なにせ、我ら不死族にとっては天敵のような封印だからな」
なーるほど、お宝の詰まった金庫は手に入れたけど開けられないって状態か。
でもそれじゃ、私にとってもどうしようもないわね。
私の身体も不死族である以上は、聖なる結界を突破できるとは思えない。
はー、すっごい武具が手に入るって思ってたんだけどなあ……!
またぬか喜びみたいだわ。
「そういうことね。そんな状態じゃ、私にはどうしようもないわ。しかしあんた、ずいぶんと事情に詳しいわね? もしかして……この町の住民だったとか?」
私がそう言うと、デュラハンは「まさか」とおどけて見せた。
何だかそんな気がしたんだけど、気のせいだったらしい。
「私がこの町の住民だったら、こんな冷静に語れるわけないだろう? タナトス様が封印を解くことにこだわっていらっしゃるからな、それで少し詳しいだけだ」
「なるほど。でも、封印って不死族の天敵みたいなものなんでしょ? 突破できないんじゃない?」
「ああ。だが、一つだけ方法があるらしい」
「なにそれ! 教えて!」
「……それはダメだ、機密なのでな」
無理無理と首を横に振るデュラハン。
ち、ケチな奴!
いいわよ、そっちがそのつもりならこっちだって……!
「そ、ならお肉はなし」
「むむッ! それは困るぞ! 何のために今まで話をしたと思っているんだッ!!」
「だって、一番肝心なことを教えてくれないじゃない! そこ、誰だって気になるわよ!」
「……分かった。いずれにしても、そなたには無理なことだろうからな。方法というのは、この階層に侵入した人間に開かせることだ。結界の構造からして、人間ならば簡単に内側へ入り込めるらしい」
「へえ、人間ねえ……」
私の言葉に、うんうんと頷きを返してくるデュラハン。
やがて彼女は、こちらに向かってひょいっと手を差し出す。
「さ、教えてほしいことはこれですべてだろう? 肉をくれ!」
「分かったわよ! そうだ、せっかくだしお肉は一緒に食べましょ!」
「良いな! 一人で食べるよりは、二人で食べた方が美味い!」
「でしょ? じゃ、村に行かない? どうせ食べるならきちんと調理しなきゃね!」
「うむ、近くの村ならば私も知っている。行くとしよう」
こうして、地下から抜け出すべく歩き始める私とデュラハン。
すると今まで黙っていた精霊さんが、慌てたように念を飛ばしてくる。
『シース!? こんなのと一緒に食事をするなんて、どうかしてるのですー!』
『……いいのよ、これで。こいつと仲良くしておけば、いろいろと得なんだからさ』
『得って……シースにはもうついていけないのですよ』
『まあいいから、そのうち分かるって』
そうやって念を返すと、私はニタッと微笑みを浮かべたのだった――。
気が付けば、過去最長となっていました。
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