第五十一話 お涙頂戴は好きじゃないのよね
「タナトス様の……国?」
「そうですじゃ。正確には、その一部ですな。タナトス様の領土はこの階層全体ですので」
「へえ……ダンジョンの中に、国ねえ……」
確かに、このダンジョンの広さは半端なものではない。
第三階層だけでも、小国の一つや二つは十分に収まる広さがあるだろう。
住むのに適しているとは言い難いけど、森や川もあるから自活もできそうだ。
でも、国か……。
でっかいお城があるんだから、治めて領土があるのも当然っちゃ当然なんだけどさ。
ダンジョンって言葉にイマイチ似つかわしくない響きだ。
「でもさ、あなたたちがタナトスさんの国の国民だとして正体は何なの? 私の問いへの答えになっていないんじゃない?」
「……そうですな。じゃが、国民であることとわしらの存在は切っても切れぬ関係。わしらは、タナトス様によって『国民』となるべく蘇らされた疑似生命なのじゃから」
「疑似……生命?」
「ゾンビのようなものですじゃ。普通のゾンビと違うのは、理性があることと魂と肉体の繋がりをタナトス様によって管理されておることですな」
そういうと、村長は服に手を入れて自らの身体をさらけ出した。
すると右肩の付け根の部分に、赤い刺青のようなものが刻まれている。
ハートの中に髑髏を描いたその印は、不気味に光って蠢いていた。
一目見ただけで、ヤバそうな代物というのがひしひしと伝わってくる。
見ているだけで痛々しいぐらいだ。
「うわ……えっぐいことやるわね……! つまりそれって、あんたたちはみーんなタナトスの奴隷ってことじゃないッ!!」
「……言ってしまえば、そうですな」
「村長ッ!!」
私の言葉を肯定した村長に、最初に弓を射ってきた男が吠える。
だが村長は、力なく頭を振った。
「そのとおりじゃろう。わしらの境遇は、奴隷というよりほかはない」
「ぐ……ッ!」
「して、シース殿だったかな? あなたはいったい何者ですじゃ? 先ほどは通りすがりの死蝕鬼と申されたが、ただの死蝕鬼が名前など持っておりますまい。タナトス様の配下ですかな?」
「そうじゃないって。そこの人も私のことをタナトスさんの使いか何かと勘違いしてたみたいだけど、私はほんとにただの死蝕鬼よ。それ以上でもそれ以下でもないわ」
人間の頃の意識を保っているとかは、あえて口にしない。
下手にいろいろと勘繰られても面倒だし、哀れに思われたりしても気分が悪い。
こういう時は、スパンッと言いたいことだけ言い切ってしまうのが得策だ。
「……本当に、タナトス様とは関係がないので?」
「しつこいわね! これだけ森に不死族が溢れてるんだから、意識のある死蝕鬼の一体や二体は居るもんじゃないの? 話の通じる奴がそんなに珍しい?」
「まあ、居ないわけではないですが……余りに人間的すぎましてな」
「人間っぽくて悪いの? もっと怖いのが良かった?」
口をガッと開いて、おどろおどろしい表情をする私。
たちまち村長は蒼白い顔をさらに蒼くしながら、首をぶるぶると横に振る。
「滅相もない! ですが、そろそろタナトス様の御使いがおいでなさる時期でしたし……普通の不死族では村の周囲の結界を突破できないはずなので、てっきり」
なるほど、そういう訳か。
やはりあの霧は、この村を守る結界だったらしい。
きっと、あの結界には敵の侵入を知らせるような働きもあるのだろう。
村長や村人がすぐに現れたのもそのせいだ。
「まあ、私は強いからね。あれぐらいの結界はわけないわ」
「左様で。しかし、この村はタナトス様の――」
「分かってるわよ! さっきからあんたたちがタナトス様タナトス様ってうるさいのってさ、ただのお涙頂戴じゃなくて自分たちが『タナトス様の所有物』ってことをアピールしたいからでしょ? 虎の威を借りる狐みたいで、そういうの恥ずかしいわよ」
普通の死蝕鬼だったら、言葉が通じる知能があっても哀れな話なんて何とも思わないはずだからね。
さっきまでの話で村長が言いたかったのは、要は自分たちのバックにはタナトスがついているってこと。
未知の強敵である私に対する、牽制に他ならない。
「そこまで気づかれましたか」
「当然でしょ。でも安心して、別に私はあんたたちを食べるつもりなんてないから。それよりも、クリスタル・スケルトンが食べたいの!」
そういうと、村長は初めて表情を緩ませた。
私の意図が本当にそこにしかないことを察したらしい。
彼はほっと胸をなでおろすと、手招きをする。
「そう言うことであれば、スケルトン狩りの宿としてしばらくこの村に逗留なさるとよろしい。あなたのように結界を超えてくる不死族も、たまにですがおりましてな。そういう時に、強い方がおられるとやはり心強い。タナトス様は、我らに対して税を搾り取ることしか考えておられないようでしてな……」
「え、泊めてくれるの!? やった、助かるわ! 侵入してくる敵を倒すぐらいならね、魔石を取るついでに何とかしてあげるわよ!」
「おお、それはありがたい! ではどうぞ、こちらへ」
村長さんに連れられて、村の通りをゆるゆると歩く。
私の姿がよっぽど恐ろしいのだろうか?
村人たちは私を見るたびに手を止めて、こちらを見やった。
その表情は大いに引きつっていて、身体が強張っているのが良くわかる。
……やれやれ。
早くこの姿を何とかして、変な注目を浴びないようになりたいものね。
住民が不死族に慣れているというか、住民自体が不死族のこの村でこうなのだ。
普通の人間の町へ出かけようものなら、このままじゃ大パニックになること間違いなしだわ……。
歓声を浴びるのは大好きだけど、悲鳴を浴びるのはちょっとねェ。
「……ところで、シース殿」
「何かしら?」
「我々は、タナトス様に召喚されてからというもの長い長ーい間、労働力としてこき使われております」
「話を聞く限りは、そうみたいね」
「哀れに思いませんか?」
「もちろん。こんなところに閉じ込められて、死んでも奴隷扱いじゃ堪らないわよね。死蝕鬼の私にだってわかるわよ、そのつらさぐらい」
「でしたらその。我らのために一つ……!」
手を揉み揉みしながらすり寄ってくる村長。
その目はうるうるとしていて、何とも切なさを感じさせる。
でもね……!
「ダメッ! 私はね、必要のない面倒ごとにはかかわらない主義なのッ!」
「そこを何とか! もしお助けいただければ、わずかながらでも礼は出しますぞ!」
「明らかにヤバそうなやつを相手にするのに、わずかじゃ割に合わないわよッ! ぜーったいにダメッ!!!!」
「むむッ! この鬼、悪魔ッ!! そんなことでは嫁の貰い手がないですぞ!!」
「見るからに鬼でしょうがッ!! って、良く女って分かったわね……?」
私自身ですら、男か女かわからないような見た目だっていうのに。
しゃべり方で何となくわかったんだろうけど、どうにも気持ち悪いわね……!
村長に妙なものを感じた私は、とっさに自身の身体を覆う毛皮を抱きしめた。
こんな恥ずかしさを感じるのは、この身体になってから初めてだ。
一方、村長の方は顔を赤くする私をよそに祈り始める。
「おお、神よ……! このまま我々は、見捨てられてしまうのでしょうか!? どうか、どうか我らに救いを……! お助け下されば、へそくりの金貨を一枚寄付しますぞ……!」
「…………あんたら、置かれてる状況の割には意外と余裕ありそうね!」
号泣しながらも「足りないならさらにもう一枚!」と言い始めた村長に、私はふうっとため息をついたのだった――。
村長、最初は凄い真面目なキャラクターだったはずなのにドンドンと……!
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