第四十三話 うん、ひどい!
「……ウオオオッ!! ニク、ニクゥッ!!」
「うるさいッ!! あんたらは食べないわよッ!」
私の姿を見るや否や、かぶりつこうとしてくるゾンビたち。
敵と味方をどうやって区別しているのかは知らないけど、他の不死族どもは襲わずに私だけを襲ってくる。
ええい、うっとおしいッ!!
あんたら人型はね、私のお肉になんないのよッ!!
階層の割に雑魚揃いだから、魔石も滅多に出ないしッ!!
腹立ちついでに剣を振るい、近づいてくるゾンビどもをまとめて薙ぎ払う。
精霊さんを宿した剣は、不死族相手には効果絶大だった。
伝説の光の剣よろしく、瞬く間にゾンビの頭と胴体がお別れする。
ゴロンゴロンッと、眼をカッと見開いたゾンビたちの顔が転がった。
「また、汚いものを切ってしまったわ……」
『ホントなのですよー! 錆びたらどうしてくれるのですか!?』
「もう、いちいち言わないの! かっこよく締めてたのに!」
やれやれ、仕方ないわね。
剣先を振るって血払いをすると、すぐさま周囲を見渡す。
食べられそうなゾンビ、食べられそうなゾンビ……っと!
居た、ウサギのゾンビ!
正式な名前は確か、アサルトバニーだったっけ?
不死族ならではの強靭な脚力と狂気じみた突撃で、小さいながらも冒険者泣かせと言われるやつだ。
私も、昔はこいつらに手を焼かされたもんだわ。
でもいまは……!
「ラッキーッ!! わたしのお肉ッ!! お肉よッ!!」
「キュイッ!?」
「に、逃げたッ!? あの突撃ウサギが!?」
『その顔でよだれ垂らせば、そうなりますよーッ!! 飢えた悪魔にしか見えないのですーッ!!』
「うるさい、追うわよッ!!」
脱兎のごとくというが、ウサギの動きは本当に速かった。
木々の隙間をビュビュンッとすり抜けて行ってしまう。
しかし、私だって身軽さと速さなら負けてはいない。
木々の枝をばね代わりにして、森の中を縦横無尽に跳んでいく。
やがてウサギの直情へと到達した私は、剣を振りかぶってそのまま一直線に落ちた。
隕石さながらの急降下攻撃に、流石のウサギも反応しきれずに背中を貫かれる。
「やったわ、肉よ! ちょっとはマシな肉よッ! ……って、なんか傷口から変なの出てるけど」
『内臓ですよ! 溶けてドロドロになったのが、溢れてるのですー!!』
「うげェ……。食べられるのかしらね、これ……」
『食べられないのですよ! ゾンビ肉を食べるなんて、やっぱり正気じゃないのです!』
「やかましい! だったらあんた、今すぐ第二階層に戻ってお肉を調達してきなさいッ!!」
『そ、そんなの出来るわけないのです!』
「だったら、食べるしかないわ。安心しなさい、死にはしないから」
『……既に死んでますからね』
……そこは言わないでほしかったところ。
精霊さんの言葉に軽くため息をつきつつも、私は木のうろに置いた布袋からナイフを取り出す。
その切っ先でウサギの背中を割ると、たちまち臓物がドワーッと流れ出した。
……こりゃ、やっぱ完全に腐ってるわね。
その黒さときたら、イカのスミよりずっとひどい。
発する臭いも凄まじく、どぶを煮詰めて百倍濃縮したみたいだ。
「…………これは熟成、熟成肉って奴よ!」
自分で自分に言い聞かせながら、必死でナイフを進める。
腐敗のひどすぎる部分を切り捨て、出来るだけましな部分を残していく。
両手でやっと抱えられるほどの大きさだったウサギが、見る見るうちに小さくなっていった。
残ったのは、だいたい三割といったところだろうか。
真っ黒になっていて臭いも酷いけど、何とか行けなくもなさそうな部位だけが残される。
「まずは、火ね。火をしっかり通せば、きっと何とかなるはず……!」
集めた薪にファイアーボールで火をつけると、早速それで肉を炙ってみる。
たちまち、濁った水が肉全体から吹き出して来た。
なんだこれ……肉汁?
というより、お肉が熱で崩壊して水になって行ってるのか……?
でも、生で食べるなんて絶対できない。
お肉が小さくなること覚悟で、さらに火力を強めていく。
そうして炙ること数分。
肉の大きさはさらに半分ぐらいになってしまった。
でも、得体の知れない液体の流出は一応収まって、表面には美味しそうな焦げ色もついている。
見た目はかなりそれっぽくなったんじゃないだろうか?
「では……」
『き、気をつけるのですよ。ダメだと思ったら、すぐに吐き出すのです!』
「分かってるわよ。気を取り直して…………ドボアッ!!!!」
なにこれッ!!
口に入れた途端に汚水みたいなのが口いっぱいに広がったわよ!
悪い意味でジューシー過ぎるわッ!!
例えるなら、ずーっと使い続けた生乾きの雑巾!
あんな感じで、肉が舌先に触れた瞬間、得体の知れない液体が飛び出したのよッ!!
まっず、まっずゥッ!!
一体どうしたらこんなことになるって言うのよ!!
何でも食べられそうな死蝕鬼の舌でもダメって、ああァッ!!
お腹の中身空っぽなのに、吐き気がしてきたッ!
『だ、大丈夫なのです!?』
「こ、これはちょっと大丈夫じゃないかも。これを食べようと思ったら、まずは肉自体を徹底的に洗って乾かして、その上で味をじっくりとしみこませる必要があるわ……!」
『なるほど……そこまでしないとだめなのですか。でも、肝心の調味料がないのですよ?』
「そうね、それなら――」
近くの木の根元に生えている、真っ赤で炎のような形をしたきのこ。
その他にもあちこちに生えている原色系のきのこを、適当にちぎっては集めてくる。
よし、調味料はひとまずこれでいいだろう。
ホントはハーブとかあると良いんだけど、応急処置だ。
「あとは、肉の下処理をしてこいつらと煮詰めるだけね!」
『待つのです! そんなド派手な色をしたきのこ、絶対に食べちゃダメなのです! 間違いなく毒きのこなのですよ!』
「分かってないわねえ。こういう派手な奴じゃないと、ゾンビ肉の風味には勝てないわッ!! 毒じゃこの身体は死なないだろうし、私は毒よりも不味い方が嫌よ!」
『……ダメなのです、シースがゾンビ肉でおかしくなったのです……ッ!!』
絶望する精霊さん。
それをよそに、私は水魔法で用意した水できのこを煮出していく。
頼むわよ、謎のきのこ!
あのゾンビ肉を食べられるものにして!
私は天に祈りながら、残ったゾンビ肉をきのこの煮汁に投入した――!
前回はたくさんの感想ありがとうございました!
まさか、50件を超えるとは予想外です。
今後、シースがどのようにゾンビ肉を調理していくのか、ご期待ください!
感想・評価などを頂けるととてもうれしいです。




