第四十一話 第三階層、そこは……!
「遅かったな?」
「食料の準備をしててさ。ごめんごめん」
荷物を背負って到着した私に、ドラゴンはずいぶんと冷ややかだった。
夜明けが迫って、少しピリピリとしているようだ。
全身から無駄にあふれる魔力が、ずいぶん威圧的だ。
「こんな時でも飯の心配か。食い意地の張った奴よ」
「失礼ね! こんな時だからこそ、食料の心配をするんじゃない! 第三階層にちゃーんとご飯があるかなんて、分からないんだから」
「飯など、いざとなればどうにでもなるだろう」
「ならないわよッ!!」
最悪の場合、空気から魔力を取り込んででも生き延びられるドラゴンと一緒にしないでほしい。
こちとら、食べ物から魔力を補充しないとそのうち動けなくなっちゃうんだから!
私は肩をすくめるドラゴンの背中に、食料を目いっぱい詰め込んだ布袋をしっかりと括り付ける。
その重さに、ドラゴンのため息がさらに深くなった。
「……少しは遠慮してほしいのだが」
「何よ、天下のドラゴン様がこの程度の重さで飛べなくなるっての?」
「む、そのようなことはない。ないのだが――」
「だったら文句言わずに飛びなさい! 私の辞書に、遠慮の文字はないッ!!」
「……そなた、友達いないであろう?」
「うるさいッ!! 文句を言っている暇があったら、さっさと飛ぶのッ!!」
ドラゴンの背に飛び乗り、パンッと足で翼を叩く。
たちまちドラゴンは後ろ足で立ち上がると、翼を大きく広げた。
うおーッ!!
高い高いッ!!
一気に視点が高くなって、視界が開けてくる。
何とも気分爽快、気持ちいいーッ!!
「行くぞ。我の首にしっかりとつかまれ」
「オッケー、いつでもいいわよ!」
「では……ッ!」
皮膜の翼がはばたき、風が吹き荒れる。
轟々と音が響くたびに、ドラゴンの足が少しずつ大地を離れていった!
飛んでる、飛んでるわよッ!!
前にも怪鳥に乗ったことはあるけど、あの時は落ちるって感じだったからねえ。
地面から飛び立つとなると、また違った感覚だ。
何とも言えない浮遊感が、たまらなく心地良い。
次第に勢いがついたドラゴンの巨体は、そのまま巣の外へと飛び出した。
見る見るうちに高度が上がっていき、翼が風を切り始める。
遥か眼下を見れば、林立する巨木が凄いスピードですっ飛んで行った。
速い速い!
流石はドラゴン、鳥なんか比べ物になんないわッ!
私は腰に手をやると、剣をほんの少し引き抜く。
『そら、あんたも見てみなさい!』
『こ、こんなところで抜かないで欲しいのですよーッ!?』
『こんなところだからじゃない! ドラゴンに乗って剣を掲げるなんて、勇者っぽいでしょ!?』
『フェイルはそんなことしないのですッ!!』
『そう? 勇者ってこう、ドラゴンとか馬に乗って――』
『こら、我が背の上で下らぬ念を飛ばし合うでないわ!』
おわ、いきなり念が飛んできた!?
ドラゴンさんも念話出来たんだ、知らなかった!
『出来ぬわけが無かろう。我は遥か古より生きておるのだぞ?』
『それもそっか。それなら、最初から念を飛ばしてくれればよかったのに。私、この身体で発音するのに慣れてないのよね』
『この身体で? そなた、もしや進化したのか?』
……何を言ってるんだか。
この階層に来た時の私と、今の私じゃ明らかに見た目が違うって言うのに!
ドラゴンの眼は良いとか、精霊さん言ってなかったっけ?
『気づかなかったの?』
『ああ、魔力の質が同じだったのでな。あまり気にしてはおらなんだ。言われてみれば肉がついておるわ』
『……おおざっぱねえ。女の子の服とかが変わっても、絶対に気づかないタイプだわ』
『誰でも年を取れば、そんなことであるものよ。しかし、進化か……うむ』
進化という言葉に、ずいぶんと反応するわね?
何か思い入れでもあるのかな?
私が質問しようとしたところで、ドラゴンは遥か上方を見て言う。
『見ろ、もうすぐ月だぞ!』
『おお……近くで見ると、半端なデカさじゃないわね……ッ!』
『す、すごくおっきいのですーッ!!』
地上からだと、せいぜい人の頭ぐらいの大きさにしか見えない月。
しかし、上空から見たその大きさは半端なものじゃなかった。
これ……でーっかい山ぐらいはあるわよッ!!
私たちの軽く十倍はあるドラゴンの巨体も、月と比較したらネズミぐらいのもの。
翼を目いっぱいに広げても、直径上に軽く七~八体は並べるだろう。
デカいとは思っていたけど、まさかここまで巨大な魔鉱石のかたまりだったなんて……!
『第三階層への入口はあそこだ!』
顎をしゃくるドラゴン。
その視線の先には、巨大な空洞があった。
古代文字によって縁取りのなされたそこからは、何やらまがまがしい空気が噴き出している。
黒い……とでも言えばいいのだろうか?
とにかく嫌な気配がする。
仄かにだけど、墓土のような匂いもした。
『あそこに、飛び込むの!? なんだかヤバそうな気配がするけど!』
『僕もちょっと、嫌な感じがするのですー!』
『そう言うな、あそこしか道はないのだ。そもそも第三階層というのが――む、悠長なことを言っている時間はないようだぞッ!!』
ドラゴンがそう言った途端、周囲がにわかに明るくなり始めた。
これは……夜明けだ!
魔力が減って昏くなっていた魔鉱石の光が、少しずつ回復してきてるッ!!
『わ、急に眩しく……!』
『いかんッ!! 月が太陽に変わったら、ここは灼熱地獄だ! 急ぐぞッ!!』
『わ、わかったわ!』
『しっかりつかまれ! 一気に行くッ!!』
『了解ッ!!』
私がそう答えると、ドラゴンは一気に加速した。
翼を折り曲げて入口を抜けると、真っ黒な通路を猛烈な速度で突っ切っていく。
耳元で唸る風が、何かの叫び声に聞こえて気味が悪い。
温度も見る見るうちに下がって行って、肌を裂かれるような冷たさだ。
『ちょ、ちょっと! 寒い寒いッ!! もうちょっとゆっくり!』
『ダメだ! この場所には、魔鉱石の魔力を求めて「性質の悪い者」が集まっている。早々に抜けねば、我はともかくそなたらには危険だ』
『いィッ!?』
さっきから聞こえてる風の唸りって、ホントに亡者とかの叫びだったわけ!?
つか、そんなのが集まるって第三階層はいったいどんな場所なのよ!
ま、まさか――
『ここからは垂直落下だ! 舌をかむなよッ!!』
『の、のわァッ!?』
『目が回るですー!?』
身体が浮き上がる感覚に、悲鳴を上げる私と精霊さん。
しかしドラゴンはそんなことお構いなしとばかりに、ぐんぐんと速度を上げていく。
やめて、もうやめてッ!!
速い乗り物は嫌いじゃないけど、いくら何でもこんなの死ぬッ!!
怪鳥の時などよりも遥かに速い速度に、流石の私も気が遠くなるような感じがした。
何かしらね、頭の奥がふわあっと……。
感じてはいけない心地良さまで感じ始めてしまう。
それに耐えること、数分。
暗い洞窟を潜り抜けた私たちの視界が、一気に広がった。
『ついたぞ、ここが第三階層だッ!!』
『これは……!』
どこまでも広がる緋色の空。
その下には腐り果てた大地と、これまた血のように赤い湖が広がっていた。
彼方には怪しげな霧を漂わせる森や、巨岩を思わせるような厳めしい城の姿も見える。
『驚いたか? ここ、第三階層は亡者どもの国となっているのだ』
『…………い』
『い?』
『いやああああああァ!!!!』
私の悲鳴が、緋色の空に響き渡ったのだった――。
次回からは第三階層編となります!
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