第三十九話 伝説の武器、それは……
あー、もうッ!!
お出かけしてたっぽいのに、どうしてこんな時に帰宅するのかな!
悠々と山頂に戻っていくドラゴンの姿に、思わず歯ぎしりする。
勉強に身が入りだしたところで「ご飯が出来たよー」と言い出すお母さんぐらいに空気が読めてない。
まったく、忌々しいったらありゃしないわ!
『また出かけるのを待つしかないかしらね?』
『そうですねー。ただ、ドラゴンの行動周期ってかなり極端なのですよー。一度活動を開始したら一か月ぐらい活動しっぱなし、休み出したらずーっとお休みって感じなのです』
『げ、つまり一度家に戻ったらしばらくは出てこないってこと? それはちょっと困ったわね……』
こんなところで、そんなに長いこと待ってられますかっての!
ギルドカードの期限とかもあるし、さっさと脱出しなきゃいけないのに!
ええい、こうなったらリスク覚悟でドラゴンを巣から誘い出してみるか……?
女は度胸、いざって時は思い切りが大切よ!
『精霊さん、ドラゴンってお肉とかで釣れるかな?』
『眠りに入る時は、たぶん食いだめしてると思うのですよ』
『じゃあ、光り物とか』
『そんなのそもそも持ってないのですよー! ドラゴンは物凄く目が良いので、魔法で偽物を造ったところで気を引く前にばれちゃうのです』
なんとまあ、厄介だこと!
でもなあ、こんなところで待機ってのもねえ……。
切実な問題として、進化して以降はこの階層の魔物を食べてもあんまり強くなった気がしないのだ。
進化して強くなったことによって、弱い魔物から力を吸収しづらくなっているのだと思う。
それなのにこの階層にとどまり続けたら、待っているのは間違いなく停滞だ。
そんなことしてる暇、私にはないッ!
『うーん……。いっそ、遠くから攻撃でもしてみようかしらね』
『攻撃ですか? そんなことしたら、すぐに向かってくるのですよ!』
『もちろん、私たちが直接やるんじゃないわ。ひとりでに攻撃するような仕掛けを作ればいいのよ。そうね、例えば火を使って仕掛けを支えている紐を少しずつ焼き切るとか。そうすれば、無人でも勝手に仕掛けが発動するわ』
『なるほどー。でもそれだと、かなり遠いところから攻撃する必要があるのですよ。近くだったらすぐに仕掛けが見つかっちゃいますし。投石機でも、作るのです?』
『投石機か……』
頭をひねって考える。
投石機なら、ドラゴンを叩き起こすのに十分な威力があるだろう。
でも、投石機ってどうしてもサイズが大きくなりがちなのよね。
攻城用のやつなんかだと、ちょっとした見張り台ぐらいの大きさがある。
そんなの、隠したところですぐに発見されて壊されちゃいそうだ。
『小さくて、なおかつ飛距離が稼げる武器じゃないとダメね。そういうの、何か知らない?』
『だったら、弓矢なんてどうです? エルフの使う弓矢って、すっごい距離を飛ぶのですよー!』
『弓矢ねえ。でも、エルフみたいに飛ばすには風の魔法を使わないと難しいわよ。あらかじめ魔法をかけておくってのも難しいし、無人じゃできないわ』
『考えてみれば、そうなのです。むむむ……』
唸り始める精霊さん。
知恵熱でも出しているのか、剣がカイロみたいにあったかくなる。
でも待てよ、弓矢ねえ。
そうだ、あの武器だったら威力も飛距離も、大きさも申し分ない!
『そうだ、バリスタよ! バリスタを作りましょ!』
『バリスタ? えーっと、飲み物を作る人でしたっけ?』
『違うわよ、弓矢の一種。かつて古王国が造った巨大バリスタは、一発で万の軍勢を吹き飛ばす威力があったとか言われてるわよ』
『……何だか、ちょっと胡散臭いのですよー。矢で軍を吹き飛ばすって、人が縦に並んでいないと――』
『もう、伝説に野暮なこと言わないの! 流石に大げさだとしても、バリスタって相当威力があるのは確かみたいよ。ドラゴンを起こすぐらいなら、たぶんできるわ。今回はそれで十分!』
そう念じて笑うと、さっそく作成に取り掛かる。
さすがに家を作る時とは勝手が違っていて、作業はなかなかに難航した。
特に、しなる木材を捜すこと自体が結構な大仕事だった。
普通の木材を使うと、矢を発射する前にへし折れてしまうのだ。
最終的に、この森に詳しい精霊さんが適した木を捜してきてくれたんだけどね。
あとは、入手してきた材料をナイフとかでちびちび加工して完成!
結局、丸一日以上かかっちゃった。
でも手間がかかった分、なかなかの自信作が出来たと思う。
まず、一番重要な弓の部分は折れないギリギリのラインで弧を描いていた。
木材の密度が高く、叩くと重い音がする。
ピンっと張りつめる弦は、森で見つけてきた細いツタを編んだもの。
これがなかなか丈夫で、弓の強烈な張力にもバッチリ耐えていた。
続いて矢は、細くて丈夫な枝をさらに削り出したもので、先端に石の矢じりをつけている。
後方には、拾って来た怪鳥の羽を挟んで矢羽の代わりとした。
ほぼまっすぐに仕上がったので、問題なく飛ぶことだろう。
『よし、あとは弦の部分を紐で引っ張って、それを少しずつ炙れば……完成ね!』
『ふう……大変だったのですよー』
『あんた途中から、僕は何もできないのでって言って助言もせずに休んでたじゃない』
『さ、最初の木材選びが大変だったのですよー! それに、途中まではちゃんとアドバイスしてたのです』
『……意外と、そういうところで調子いいんだから。まあいいわ、それよりも登山開始よ!』
導火線に火をつけると、急いで山の裾野へと向かう。
導火線が燃え尽き、小さなたいまつに火が付くのが恐らく数分後。
そこから、たいまつが上方に置かれた紐を焼き切るまでがだいたい十分といったところか。
それまでに、この急な斜面を登り切っちゃわないとね……ッ!!
『チッ、お肉が付いたせいでちょっぴり体が重いわね。筋力もついたから大して変わらないって思ってたけど……地面が!』
思った以上に、斜面が崩れやすい。
足を置いたくぼみの縁が、パララッと砂になって落ちていってしまう。
壁が崩れて出来た山なだけに、自然に出来たものと比べて丈夫ではないようだ。
チッ、こいつは厄介ね!
私は仕方なく、剣を抜き放って――
『精霊さん、ごめん!』
『え? ……あ、何するのですか!? 折れちゃうのですよーッ!』
『しー、騒がないの! ドラゴンが起きちゃうでしょ! こうでもしないと、登り切れないの!』
剣を杖の代わりにすると、えっさほいさ。
精霊さんの悲鳴をよそに、斜面をぐいぐいと登っていく。
やがててっぺんに、尻尾を抱えて眠るドラゴンの姿がはっきりと見えた。
岩を大量に集めて、山の頂上にでっかいすり鉢のような巣を拵えている。
あの巣のどこかに……下層へつながる何かがあるはずだ。
もし入口がなかったにしても、ドラゴンのことである。
鍵とか何か、重要なものを宝としてため込んでいるに違いない。
『よし、あの岩陰で待機するわよ!』
『分かったのですよー』
あとは、矢が飛んできてドラゴンがそれに反応するのを待つばかり。
私と精霊さんはともに無言になると、頂上付近の岩陰に身をひそめる。
ドラゴンの寝息が、はっきりと聞こえて来た。
緊張がいやがおうにも高まり、鳥肌が立ってくる。
早く、早く!
矢よ、とにかく早く飛んできて!!
一心に祈っていると、私の願いが届いたのだろうか。
森からビョウッという風音と主に、矢が飛んできた。
矢は美しい直線軌道を描きながら、みるみるうちに大きくなっていく。
いいぞ、この調子だ!
眼元が自然と緩んでくる。
そして――
「ギギャアアアアッ!!」
「ッ!?」
通りすがりの鳥に当たり、あたりに大絶叫をまき散らしたのだった――。
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