第三十三話 王たる者
渾身の一撃。
そう表現するのが、まさに相応しい一撃だった。
魔闘法で極限まで高められた身体能力から放たれる振りは、まさに神速。
刀身に込められた炎の魔力も、熱風が逆巻くほどにたぎっていた。
紅の軌跡は白銀の毛皮へと吸い込まれ――瞬く間にそれを引き裂いていく。
――やった?
肉を斬っていく感触が、確かにあった。
やや遅れて、傷口から滔々と血があふれ出す。
心臓が脈打つたびにこぼれるその量は、ちょっとした滝のようだ。
「ウオオオオッ!!!!」
おぞましいまでの絶叫。
音の津波とでもいうべきそれに、流石の私も動きが止まりそうになった。
王の首がこちらへ向けられ、視線が容赦なく私の体を貫く。
吐く息が身体に当たり、恐怖で身が縮んだ。
しかし、王の抵抗もそこまで。
こちらを覗き込んでいた頭が沈み、そのまま巨体が崩れ落ちる。
すかさず心臓のあたりに耳をやれば、心音が止まっていた。
首の動脈を叩き切られては、流石の王も持たなかったらしい。
「…………カカッ?」
……意外なほど、あっさりとやれてしまった。
物凄い大迫力だったけど、実際に相手してみたら大したことなかったかも。
正面からやり合えば、絶対に勝てないって思ったんだけどね。
流石の王と言えども、奇襲されては敵わないってことか。
ま、王と言えども所詮は狼だし。
超天才の私の敵じゃないってことにしておきましょッ!
……っと、こうしちゃいられない。
仲間の狼がまだ混乱しているうちに、さっさと撤退しないとね。
王の敵討ちなんて仕掛けられたらたまったもんじゃない。
とりあえず、魔石だけは回収して……よし!
大きさはゴブリンキングと大して変わらないけど、光り方が全然違っていた。
ガラス玉とダイヤモンドみたいな感じかな?
狼王の魔石は、わずかな月光を反射して怪しい紅の光を浮かべている。
あとは、岩場の上に置き去りにされた精霊さんを回収すればよしっと。
なんかこう、拍子抜けしたような感じだけど…………。
大苦戦するよりはマシだ。
でっかい魔石も手に入れたことだし、家に帰れば念願の進化ね!
ここで一気に、人間っぽい姿になれたりしないかな
吸血鬼の色っぽいお姉さんとか……。
ひょいひょいっと、岩場を軽く登る。
今の私にとってはこれぐらい朝飯前だ。
あっという間に頂上につくと、地面の上で点滅している精霊さんを発見する。
えーっと、回復させるにはどうしたらいいのかな?
精霊さんって魔力で体を構成してるはずだから、適当に魔力でも注げばいいんだろうか?
うーん、このままじゃ結構ヤバそうだし、よくわからないけどやってみるとするか。
両手で精霊さんを抱えると、魔法剣の要領で魔力を注入していく。
すると見る見るうちに精霊さんの明るさが回復していった。
よかった、やり方はあってたみたい!
やがて飛べる程度に回復したらしい精霊さんは、ふよふよと私の手を離れると念を送ってくる。
『今すぐ! 今すぐ逃げるんですよーッ!!』
『どうしたの、そんなに慌てて。言われなくても、あいつら来ないうちに逃げるわよ』
『そうじゃないのです! ラーゼンが、ラーゼンが来ちゃうのですッ!!』
『ラーゼンなら、あたしがさっき倒したわよ、ふふんッ!!』
状況を分かって居ないらしい精霊さんに、思いっきり胸を張って宣言する。
こいつ、どうせ私じゃラーゼンには勝てないって思ってるだろうからなー。
まあ、魔力からすれば当然っちゃ当然の判断なんだけどね。
せいぜい、下の死体を見て驚くがいいわ!
さあ、驚愕して私を敬い――
『違うのです、さっきの奴はラーゼンじゃないのです! 息子なのですよッ!』
『………………ほえ?』
思わず、変な念を送ってしまった。
ちょっと待ちなさい、あれがラーゼンじゃない!?
あんなにデカくて強そうなやつが、王様じゃないっての!?
いい加減にしてよ、この馬鹿精霊ッ!!
『ぼ、僕のせいじゃないのです! ラーゼンは用心深い奴で、ドラゴンを警戒して簡単には姿を現さないのですよ! 代わりに、息子を自分の手足として使って居るのです!!』
『それを早く言いなさいよ! 道理で、あいつがあんたを食べなかったわけだわ。親父に献上するつもりだったのね!』
ち、まんまと一杯食わされたわッ!
遠吠えが聞こえてすぐ、やつが私の目の前に現れた理由もやっとわかった。
最初に聞こえたあの遠吠えは、息子じゃなくて親父のものだったのだ。
フェンリルにしてもさすがに速すぎるって思ってたけど、最初っから声の主と現れた狼が違うなら納得がいく。
狼のデカさに圧倒されたとはいえ、その可能性を考えなかったのは痛かった。
ああ、もう!
私の馬鹿、大馬鹿ッ!!
自分で自分が嫌になってくるわッ!!
『今はそれよりも、さっさと逃げるのです! さすがのラーゼンも、息子が殺されては黙っちゃいないのですよ!』
『そのとおりだ』
『…………これまたでーっかい親父さんだこと……!!』
いつの間にか、私たちのすぐ後ろにとんでもない大きさの狼が居た。
さっき倒した奴よりも、さらに一回り以上はデカい。
あまりの大きさに、一瞬、狼だとは認識できなかった。
こんなところに岩なんてあったっけ、と思ってしまったのだ。
『バカ息子め、半端な力で驕るからこうなるのだ。あれほど、巣穴の中以外では硬化を解くなと言い聞かせておいたのに。ちんけな骨に毛皮を貫かれるとは、我が一族の恥よ』
崖下の惨状を見ながら、軽く鼻を鳴らすラーゼン。
息子が死んだというのに、皿が割れたぐらいの鈍い反応だ。
その目は恐ろしいほど冴えていて、怒りを微塵も感じさせないところが逆に恐ろしい。
こいつの頭は、息子を殺されたことよりもこれから私たちをいかに始末するかということしか考えていないようなのだ。
『あんた、只者じゃないわね…………!』
『そういうそなたもな。骨にしては、知恵が回るようではないか』
『あんたもね。王なんて言う割には、やり方がせこいんじゃない? 息子に全部やらせるなんてさ』
『王だからこそだ。王は動かなくとも、すべてを捧げられるべき存在なのだよ』
『はんッ。そんな怠け者の王様は、革命起こされて処刑されちゃうのよッ!!!!』
抜刀。
全力をもって斬りかかる。
体内の魔力を爆発させ、大地を蹴った。
身体が風を切り、刃が一閃する。
しかし――
『クッ!』
『かゆいな。わしは息子とは違って、魔力をケチって硬化を欠かすようなへまはしない。その剣では、この毛皮を斬ることは不可能だ』
『チッ、隙が無い……!』
『今度はこちらから行くぞ』
気が付けば、ラーゼンの足が肋骨に当たっていた。
途端に骨が一本折れて、とてつもない衝撃が襲ってくる。
そのまま私は宙に飛ばされ、離れた岩に激突した。
パシッと嫌な音がする。
スケルトン・ヴァーミリオンへと進化し、私の骨は相当に硬くなった。
でも、その硬さがまったく意味をなしていない……ッ!
「カカカッ……!」
『どうだ、わしの一撃は? 最近、巣穴から出ておらぬからちょっとばかり鈍っておるだろう?』
『……これで、鈍ってるですって? あんた、大した化けもんだわ』
『当然だ、我は狼王ぞ』
誇らしげにそういうと、ラーゼンはゆっくりとこちらに近づいてきた。
こんなにボロボロだと言うのに、まだ私のことを警戒しているのだろう。
体を左右に振りながら、のろのろとやってくる。
『……早く来なさいよ、のろま』
『窮鼠猫を噛むともいうからな。相手を殺したと思った瞬間が、一番危ないのだ』
『私も、その言葉を覚えておくわ』
……こりゃ勝てない。
実のところ、まだ何とか奇襲をするぐらいの力は残っている。
岩にたたきつけられたとき、わざと大げさなリアクションをしたのだ。
剣も、いつでも引き抜ける位置にある。
けどこれじゃどうにもならないわね。
悔しいけど、あまりにも隙が無さすぎる……!
『……シースさん』
『……ん?』
不意に、精霊さんから念が飛んできた。
こいつ、まだ逃げてなかったのか!
ラーゼンが私を警戒している今なら、逃げ出すこともできただろうに!
『さっさと逃げなさい、あんたまで死ぬわよ! あんたは飛べるから、まだ逃げられるチャンスがあるわ』
『いえ、逃げません。シースさん、あなたが勝つ方法が一つだけあるのですよ!』
『私が……私が勝つ方法?』
『はい。僕とその剣を一つにして――――魔法剣を完成させるのですッ!!!!』
魔法剣を……完成させる!?
精霊さんの予想外の言葉に、剣を握った手が微かに動くのだった――。
さりげなく、過去最長の話となりました。
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