第二話 ダンジョン!
スケルトンというのは、墓地や戦場跡などに良く出現する魔物だ。
不死族としては最下級の存在で、ただひたすらに噛みつき攻撃を繰り出してくるだけの雑魚である。
骨だけの身体ゆえに力が弱く、リッチに見られるような強大な魔力も持ち合わせない。
一人前の冒険者からしたら、ただ一方的に狩るだけの対象だ。
「……カカッ!」
そこまで考えたところで、変な声――変な音というべきかもしれない――が漏れる。
やっぱ考えれば考えるほどいいところがないよね、スケルトンって。
しいて言うなら、不死族ゆえにほとんど飲まず食わずでも平気ということだけど、それでも多少は補充が必要である。
この場所は魔力が豊富なのでしばらくは平気なはずなんだけど、そのうち何かを食べないと生命維持に必要な魔力が補給できずにタダの骨に戻ってしまうのだ。
そうなる前に、何とかしないとすべて終わりってわけ。
時間に多少の余裕があるとはいえ、まったく厄介なことだ。
しかし、どうしたものか。
冒険者としてそこそこに活動していたが、スケルトンの食べ物なんて調べたことすらない。
生態とかそんなの全く知らなくても、狩ろうと思えばいくらでも狩れる獲物だったし。
よく人間を襲っていたけど、まさか人間が主食なのか?
うーん、もしそうだったとしたら私には食べられないな……。
忌々しいルミーネ嬢ならば、それこそはらわた食いちぎってやりたいぐらいの気分だけどさ。
さすがに、普通の人を襲って食うなんて気が引ける。
というか、スケルトンの強さじゃ仮にやると決心したところで人間相手じゃまず勝てないんだよね……。
餌より弱いって、どんだけ哀しい生命体だ。
よし、こうなったら同期たちを参考にしよう。
見たところ彼らに知性はないが、代わりにスケルトンとしての本能があるはずだ。
きっと野生の本能が赴くままに、餌を捜しだしてくれることだろう。
さあ行け、私の同期たちよ!
そして餌を見つけ出すのだ、この私のためにッ!!
こうして生暖かい気持ちで同期たちを見守っていると、しばらくしたところでみんな一斉にある方向へと歩き出した。
たぶん、本能で何かを感じ取っているのだろう。
ふらふらと誕生した場所の周囲を彷徨っていた頃とは一転して、足取りが力強い。
これは、どうやら作戦が当たったっぽいわね。
私もその後に続いて歩いていくと、やがて谷の突き当りへと至った。
そこには扉のない門のようなものがあって、石で出来た謎の通路へと通じている。
あれは、もしやダンジョンか?
国境沿いの山岳地帯は、お国の事情などで調査が行き届いておらず、まだまだ未発見のダンジョンが眠っている。
スケルトンたちはどうやら、本能だけでその未発見ダンジョンの入り口を探り当てたらしい。
ダンジョン内部は魔力が濃く、スケルトンのような魔力で生きる魔物にとってはまさに天国。
さすがは我が同期、知性の欠片もない雑魚スケルトンにしてはなかなか優秀じゃないか!
私は感心しながらも、巨大な石の門をくぐる。
おお、これは……!
ダンジョン内部へ足を踏み入れた途端、魔力が体を満たしていくのがはっきり分かる。
魔力の質が、外と比べて尋常でないほど良い。
この調子なら、外に居るよりは長く持ちそうだ。
さあて、今後どうしたものか。
出来ることなら、私を殺した連中に一矢報いたいところだけど――
「キシャアッ!!」
奇声を上げながら、どこからともなく現れる緑の小人。
雑魚モンスターの代表格、ゴブリンだ。
どこにでも住んでいると言われるだけあって、この未発見ダンジョンにも生息しているらしい。
さすが、繁殖力と適応力だけが取り柄と言われる連中だ。
「ギャアギャアッ!!」
威嚇しながらこちらに向かって歩いてくるゴブリンを、私はのんびりと眺めていた。
モンスターの中でも最弱との呼び声が高いゴブリンである。
それが一匹やってきたところで、危機感なんてこれっぽっちもなかったのだ。
だがここで、私の予想を大きく裏切ることが起きる。
「ギャアッ!」
ゴブリンの握ったこん棒が、先頭を歩いていたスケルトンをブッ飛ばした。
パコンッと乾いた音がして、スケルトンの上半身が呆気なくバラバラとなる。
下半身だけとなったスケルトンはしばらくは惰性で歩いたものの、崩れてただの骨に戻ってしまった。
……なんつーもろさ!
そりゃ確かにさ、スケルトンはゴブリンと並んで最弱候補筆頭のモンスターだよ?
でもゴブリン相手になすすべもなく砕かれるって、どういうことなのさ!?
スケルトンって、ゴブリンより圧倒的に弱かったの!?
あまりのことに呆れて立ち尽くしていると、同期が次々とゴブリンへ突っ込んでいく。
どうやら、ゴブリンを食べるつもりらしい。
顎が外れんばかりに口を開き、四足獣のような動きで噛みつき攻撃を仕掛けていく。
しかし、腕力とリーチがあまりにも違いすぎた。
数を頼みに押し切ろうとするものの、同期たちは次々とこん棒で砕かれては骨に戻っていく。
……マズイ、このままだと全滅だ!
見る見るうちに数を減らしていく同期たちの姿に、私はいつにないほど恐怖を感じた。
せっかくスケルトンとして蘇ったのに、ゴブリンに砕かれるなんて真っ平御免だ。
同期たちが頑張っているうちに、とっとと逃げ出さなければ。
私は骨の身体が音を立てないように、細心の注意を払いながらその場を離脱する。
だが――
「ギャ?」
「……カカッ!」
走り出した先で、他のゴブリンと遭遇してしまった。
何でこんなところにゴブリンが居るんだ!
いや、ダンジョンだからゴブリンなんて腐るほど居ても不思議ではないけど!
ないけど、それはないでしょ!
空気を読めや、このくそモンスターがッ!!
「カカカッ!!」
骨を軋ませて全力で走る、走る!
ゴブリンたちの追いかけてこないところを目指して、ただひたすらに足を動かす。
狭い通路を右へ左へ、出来るだけ相手をかく乱するように。
スケルトンの数少ない自慢である、無尽蔵の体力を活かしてとにかく距離を稼いだ。
すると石組みの通路が次第に天然の洞窟のようになり、広くなってくる。
そして――
「カッ……!」
眼前に現れた大空洞。
地下世界とでもいうべきその広さに、私は思わず息を飲むのだった――。
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