第二十二話 新たなる美味
……しょっぱなから、とんでもない大物に出会ったもんだわ。
立ち上がろうとすると、あれから結構時間が経ったのにもかかわらず、まだ足が震えた。
ひとまず、鳥に乗って移動すると言うのは危険そうだ。
穴の怪鳥たちがあまりこちら側に出てきていないところを見ても、この階層の空はあいつが支配していると見て間違いない。
空に上がったら、たちまち食い殺しに来るだろう。
逆に、地上の森はそれなりに安全かもしれない。
木々が相当な密度で生い茂っているから見えにくいし、着陸する場所もない。
上からブレスを吐きかけることぐらいは出来るだろうけど、そこまでやることはあんまりないだろう。
ブレス攻撃はドラゴンにとってもエネルギーの消費が激しいので、あんまりやらない行動の一つなのだ。
……ま、横着せずに地上を探索しなさいってことかな?
やれやれと肩をすくめると、剣を手にゆっくりと歩きだす。
視界があまり効かない上に、何が生息しているのかもわからない。
どれだけ警戒しても、警戒しすぎると言うことはなかった。
全神経を研ぎ澄まし、一歩一歩、着実に歩んでいく。
こうして進むこと、数十分。
私の聴覚に、今までとは違う涼やかな音が飛び込んできた。
川だ!
ざわざわとした水音に、すぐさま駆け出す。
やがて視界が開けて、美しい清流が姿を現した。
ふー、これで一息つけるわね!
見晴らしのいい河原に出た私は、軽く伸びをして体をほぐす。
今後の探索は、この川を拠点にすることにしよう。
この場所なら物陰から急襲されるなんてこともないし、火を使っても山火事にならない。
飲み水――なくても死にはしないんだけど、あった方が良い――の確保もできるしね。
おッ!
あそこの木、木の実がなってるッ!!
赤くて小さな、サクランボみたいなやつだ。
それが一房に三つずつ、たくさん連なっていた。
食べられるかな……?
たぶん毒があっても平気だろうけど、味は感じちゃうからね。
あんまり不味いのも勘弁してほしいところだわ。
ま、あんまりひどかったら吐きだせばいいか!
どうせ毒も効かないんだしね、と呑気に構えた私はそのまま木へと近づいた。
すると、遠目では見えなかったけれど隣の木にもしっかりと実が付いていた。
オレンジのような色をした、これまたおいしそうな果実である。
これはぜひ押さえておきたい。
さらに、他にも何本か実のなっている木を見つけてしまった。
素晴らしい!
まさに天然の果樹園じゃないッ!
興奮した私は、手当たり次第に果物を採る。
いやあ、採った採った!
たくさんあったからって、ちょっと採り過ぎちゃったかな?
果実を抱えきれなくなったところで、ひとまず河原へと戻る。
そして周囲の安全を確認したところで、まずは赤い方からかじってみた。
たちまち、口いっぱいに甘酸っぱい風味が広がる。
「カカッ! スースーッ!」
旨い!
めっちゃくちゃ美味しいじゃない!
ああ、久々に感じる甘味と酸味が五臓六腑に染みわたる……!
たまんないわね、これは!
ああ、世の中に存在していたいろいろな食べ物の味を思い出す……!
そうだ、この世には肉以外の味もあったのよ!
感動だわ、これこそ食よ!
人は肉のみで生きるにあらず、果物や野菜も必要なのよッ!!
ひとしきり感動したところで、森の方から耳障りな唸りが聞こえて来た。
……来たわね、厄介な連中が。
さーて、どんな化け物が居ることやら。
ドラゴンが住み着いていることだし、ブラッディベアーか?
はたまたグレートウルフか?
今ならBランクぐらいまでなら何とかする自信があるけど、さすがにAランク以上は勘弁し――
「グラアア!」
「ガルルル!」
……なーんだ、警戒して損した!
姿を現した獣たちの姿に、ちょっぴり拍子抜けする。
森からそろそろと姿を現したのは、普通のフォレストウルフだった。
群れでDランク相当のかなり一般的なモンスターである。
はぐれなら、私も冒険者時代に何体か討伐したことがある。
今回はしっかり群れを作っているようだけど……ふッ!
剣を引き抜くと、そのまま群れに向かって躍りかかる。
ウルフたちもまた、こちらへと飛びかかってきた。
――遅い!
冒険者自体は速い感じたウルフの動きが、手に取るように分かる。
どうやら、今の私は人間だった頃よりも遥かに強くなっているらしい。
うすうす感じてはいたけれど、こうも肉体の性能が違うとはね。
元人間としては複雑なところだ。
けどまあ、今は素直に喜ぶとしよう。
こんな犬っころ、すぐに切り捨ててやる!
飛びかかりを回避すると、返す刃でウルフのわき腹を裂く。
スッと赤い筋が走った。
うーん、ちょっと浅いかな。
骨になったせいか、攻撃が少し軽くなっていた。
けどまあ、そこは数で勝負だ!
攻撃を回避しながら次々と斬撃を浴びせ、瞬く間にウルフたちを血に染める。
ふー、退治完了!
結構手早くやれたわね!
しかし、一撃でズバッといけなかったのがちょっとショックかも。
フォレストウルフぐらいならいいけど、厚い毛皮を持つ奴が現れたらちょっと厳しい。
身体の軽さからくる、攻撃力の不足か。
そこは今後の課題ね、対策を考えなきゃ。
あんまり美味しくないウルフの肉でも、魔力を得るためには必要だ。
後ろ足を掴むと、そのままずるずると果物を置いた近くまで運んでいく。
なかなかどうして、死体ってのは重いもので結構な重労働だ。
あー、こんな時に圧縮袋でもあったらなー!
舌打ちをする代わりに、歯を鳴らしていると――
「あー、果樹園が荒らされてるー!!」
どこからともなく、少年のような声が聞こえて来たのだった――。
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