第二十一話 空を征する者
穴を抜けた先は、地下空間――というよりは、地下世界とでもいうべき場所だった。
大空洞もたいがい広かったけれど、その比ではない。
大地には密林がどこまでも広がり、空もずーっと高かった。
地下だと言うのに、空の遥か高いところには太陽のようなものまで見える。
魔鉱石か何かを光らせているのだろうけど、とんでもない代物だ。
切り取って売り払ったら国が買えそう……ま、無理だけどさ。
しかし、実物の太陽と違って浄化能力までは無いようだ。
アンデッドの身体でも、熱くなるとか灰になるとかそういうことは全くなかった。
それどころか、ひっさびさにお日様を堪能出来て気持ちが良い。
ふああァ……落ち着いたら日向ぼっこして、お昼寝でもしようかしらね。
そのためにもまずは、地上へたどり着かなきゃ。
「カカッ!」
「クアァ!!」
怪鳥の首元を叩くと、水平飛行へと移らせる。
首をガッチリ抑えているおかげか、実に素直でいい反応が返ってくる。
よしよし、見た目はいかついけどなかなかに良い鳥じゃない。
余裕があったら、こいつを飼いならしてもいいかも。
これだけ広い地下世界、いちいち歩いて移動するのもめんどくさいしね。
……決めた、こいつを私の足にしよう!
そうと決まれば行け、鳥よッ!
とりあえず着陸できる場所を探して!
足で胴体を叩くと、グンっと速度を増す鳥。
地下らしからぬカラッとした風が頬を撫でて、景色がみるみる後ろへ飛んでいく。
おお、速い速い!
穴を抜けるときは景色が変わんなかったから分かりにくかったけど、こりゃ予想以上ね!
やっほーいッ!!!!
こうして、調子よく空を飛んでいた時だった。
何かが飛んできたわけでもないのに、いきなり鳥が急停止した。
不意を突かれた格好となった私は、そのまま振り落とされてしまう。
ステン、ズドン、ドドドンッ!!
放り出された私を、すぐさま木々の枝が受け止めてくれた。
木の葉がクッションとなり、落下の勢いが段階的に弱められていく。
しかし、結構な高さから落ちただけあって衝撃はかなりのものだった。
地面に衝突した途端、痛みを通り越して全身が麻痺したような感覚が伝わってくる。
危うく、バラバラになるところだったじゃない!
ギリギリのところで耐えた私は、恨みの籠った眼差しで空を見上げた。
だがそこに居たのは――
「……!?」
とんでもなく巨大な影が、空の彼方から迫って来ていた。
さっきまで私が乗っていた鳥の、十倍近くはありそうだ。
いったいなんだ、あれは!
とっさには影の正体が分からなかったが、とにかくヤバそうな気配は伝わってきた。
まだ結構距離があるはずなのに、全身の震えが止まらない。
寒さなんて無縁のはずの身体が、冷たくて仕方がなかった。
恐ろしい。
いつもは眠っているはずの本能が呼び覚まされ、逃げろと警告してくる。
寄らば大樹の陰とばかりに、私はすぐさま一番近くの大木の陰へ身を隠した。
背中を丸くして、出来る限り身を小さくする。
次第に近づいてくる翼の音。
どんな奴が迫ってくるのか、振り向いて確かめる勇気はとても持てなかった。
ただひたすらに、頭を抱えていることしかできない。
なんなんだ、この恐怖感は!
ゴブリンキングと相対した時でさえ、感じたことのなかったものだ。
やがて私の恐怖がピークに達したところで、何かが裂かれるような音がした。
同時に、鳥の悲鳴のようなものが聞こえてくる。
この声は、さっきの鳥か?
私がそう思っていると、何かが目の前に落ちた。
――鳥の足だッ!
私が乗っていた鳥の足が、ボトッと落ちて来た。
お手製の投げ縄が絡まっているから、間違いない。
圧倒的な力で引き裂かれたらしいそれは、見るも無残な断面を晒していた。
うげ……ッ!
吐き出すものなど体のどこにもないと言うのに、嗚咽が漏れそうになる。
今まで結構グロテスクなものは見て来たけど、いきなりこれはね……ッ!!
体の震えが、さらに大きくなる。
あの鳥は、何だかんだで結構強いモンスターのはずだ。
身体が大きいし、何より飛ぶ速度が速い。
空中戦に持ち込めば、そうそう負けることはないだろう。
それをこうまであっさりと倒してしまうなんて、よほどの大物のはずだ。
それこそ、空の王者たるドラゴンでも無ければ――。
――何が居るのか確かめなければ、これからのためにも。
身体の震えを押し殺し、どうにかこうにか振り返る。
するとそいつは、獲物をくわえて悠々と飛び去って行くところだった。
大きく広げられた皮膜の翼。
獰猛さを隠そうともしない、長い角と光る鱗。
陸上生物にも負けない力強い四肢。
間違いない、ドラゴンだ。
それも、存在感からして飛竜とかの雑魚じゃない。
大自然の猛威とも呼ばれる、上位竜の一角だ!
「……カカカッ!」
……はは、ははははは!
ふざけんじゃないっつーのッ!!
上位竜と言ったら、Sランクの大物じゃないのよ!
あんなの、どうすりゃいいっつーのよッ!!!!
管理者出てこい、こんな迷宮クリアできるかーッ!!
……はあ、はあ。
ひとしきり叫んで疲れちゃった。
しかし、ドラゴンが居るとはさすがに予想外だ。
というか、あんな化け物が居るぐらいの場所ならさ。
もしかして……。
――第一階層に比べて、他のモンスターもめちゃくちゃ強いのでは?
最初のお気楽気分がどこへやら。
何ともはや、イヤーな予感が走り抜けたのだった。
いや、マジでどうするの?
私の第二階層探索は、まだまだ始まったばかりだ――!
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