第十七話 骨燃ゆる
私の放った最大の一撃。
それをキングは、肘を前に突き出して防いだ。
流石は、キングの名がつくモンスター。
その肉は固く強靭で、骨をも斬るかと思われた一撃をどうにか途中で受け止める。
だが、傷は決して浅くはない。
体をひねって刃を引き抜くと、たちまち鮮血が溢れた。
たちまちキングの顔が歪み、苦悶の声が漏れる。
「グオオッ!」
「カカッ!」
良かった、攻撃が通じないわけじゃない!
さっきの一撃をもしかしたら弾かれるかもしれないと思っていた私は、ふっと安堵の息を漏らす。
これならばまだ、戦いようがある。
この刃で肉を裂けるならば、キングと言えども勝つ見込みはある!
「オオオオオオッ!!」
咆哮。
キングのそばに侍っていたゴブリンたちが、散り散りになってその場を離れる。
あまりの音に、家鳴りがするようであった。
怒りに燃えるキングは、その剛腕でもって私に殴りかかってくる。
轟と風を切る音が響いた。
ギリギリのところでかわされた拳は大地を穿ち、揺さぶる。
のわッ!
あまりの衝撃に、体のバランスを崩しそうになる。
すかさず二発目のパンチが飛んできた。
こいつ、地面を揺さぶる威力のパンチを連続で打てるのか……!?
驚嘆しながらも、剣を盾代わりにして攻撃を捌く。
あえて踏ん張らずに足を浮かせた私は、その衝撃でポンッと天井まで飛ばされた。
梁に体が当たって、屋根全体が揺れる。
速い。
そして、大振りな割に隙が無い。
圧倒的な身体能力に裏打ちされた戦闘力は、半端なもんじゃない。
見た目はただのデブの癖に、びっくりするほどいい動きをするッ!
こりゃ、とんでもない相手に喧嘩売っちゃったかな……!
天井から着地した私は、キングから少し離れた場所で剣を構える。
「グオオッ!!」
まだ戦える私の様子を見たキングは、咆哮を上げると同時に柱に手を掛けた。
まさか、柱を引き抜いて武器代わりにするのか……!?
そう思うが、そのまさかだった。
キングは自らの家が壊れることもいとわずに柱を抜くと、自らの身長よりもさらに長いそれを軽々と片手で振り回す。
もはや化け物としか言いようがない。
――こりゃあ、いよいよヤバい!
私にとって最大のアドバンテージであった武器の差が、これですっかり埋められてしまった。
剣と丸太では結構な差があるが、キングの筋力の前ではそんなの関係ない。
あの丸太が少しでも当たれば、私の身体なんてたちまち砕けてしまうことだろう。
リーチも、向こうの方が完全に上となってしまった。
「グアッ!」
横に振るわれる丸太。
信じられないほどの速さに、とっさに魔闘法を使う。
ふう、かろうじて避けることが出来た。
けど、あんまり魔闘法を多用することもできない。
魔闘法によって消費される魔力は少ないが、もし魔力切れなんてことになったら私の負けだ。
考えるんだ、シース・アルバラン!
この状況を打開できる方法を、とにかく考えるんだ。
私の使えるカードは、魔闘法とファイアーボール。
魔力の都合から考えると、どちらも全力で使えるのは五回まで。
それ以上使うと、動きが鈍る恐れがある。
――チ、考えれば考えるほど絶望的じゃないッ!
あまりの状況の悪さに、たまらず歯ぎしりしてしまう。
そうしている間にも丸太が振るわれ、回避に魔闘法を使ってしまった。
このままじゃ、いずれにしてもじり貧だ。
今すぐに何か手を打たなければ、魔力が尽きて負けるッ!
死の冷たい手が、すうっと背中を撫でたような気がした。
――死んでたまるか。
身体の奥底から、ふと怒りが湧いてくる。
何に怒っているのかははっきりとしない。
こんな状況に陥ってしまったことへの怒りか、はたまた己の弱さへの怒りか。
あるいは、その両方かもしれなかった。
けど、とにかく腹が立ってしょうがなかった。
こいつを倒さなければと、心が叫ぶのだ。
――こうなったら!
めちゃくちゃな作戦が、頭をよぎった。
まともな人間だったら、絶対にやろうとはしないしできやしない。
でも、今の私だったら。
『骨の身体を持つ』今の私なら、出来るッ!!
「カッ!」
剣を振るうと、屋根を支えている丸太をぶった切った。
それと同時に、葺かれた藁に向かって全力のファイアーボールを放つ。
本職の魔導師が放つそれとて、あまりにも弱弱しいファイアーボール。
しかし、着火剤としては十分だった。
炎は瞬く間に屋根全体に広がり、ひと塊となって落ちてくる。
「ウガアアアッ!!!!」
たちまち、周囲は火の海と化した。
キングも私も、揃って激しい炎に包まれる。
藁と丸太で出来た屋敷は、それはもうよく燃えた。
天をも焦がすような火柱に、流石のキングもなすすべがない。
「カッ! カハッ! スースー……!」
熱いッ!
熱い熱い熱いッ!!!!
灼けつく身体が、信じられないほどの痛みを伝えてくる。
肉なんてどこにもないはずなのに、己の身が激しく炎上しているようだ。
全身の隅々までを、剣で切り付けられたような激痛が襲う。
――平気だ、私は死なない。
自分で自分に言い聞かせる。
この身体は骨だ、炎だけでは死なない。
全身が軋みを上げようとも、それだけでは死なないはずだ……!
炎と言っても、木が燃えているだけだから温度はそれほど高くない。
耐えられる、絶対に耐えられるはず……!
それよりも今は、確実にキングをやらねば……!
精神力だけで体を動かすと、身悶えするキングの元へと向かう。
このまま暴れられたのでは、致命傷を与える前に炎から脱出される恐れがあった。
何としてでも、止めを刺しておかなければいけない。
残された最後の力で剣を振り上げると、思い切りキングの腹へと振り落とす。
そして――!
「カカカッ!」
――ファイアーボールッ!!!!
剣に直接魔力を注ぎ込み、そこから腹にたっぷり蓄えられた脂肪へと火をつけた――!
これにて、第一部スケルトン編は完結です!
次回、いよいよ主人公が進化を遂げます!
ここまで長かったですが、お付き合いくださってありがとうございました。
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