第十五話 ゴブリンロード
……よいしょっと!
取り出したのはいいけれど、結局枕の代わりにしちゃった。
いけないいけない。
『魔物大百科』を拾い上げると、表紙についてしまった砂をしっかりと払う。
冒険者の友となることを前提とした本は、それだけですっかり綺麗になった。
んーッ!
幸か不幸か、それなりに休んでしまったせいで体はすっかり快調だ。
感覚的にだけど、魔力もほとんど回復している。
では早速、ゴブリンどもを何とかする方法を考えるとしますか!
まずは大百科先生でゴブリンのページを……あったッ!
『ゴブリン
脅威度:Fランク
気候条件の極端に厳しい場所を除き、ほぼ全世界に分布するモンスター。
知能が高く、数十~数百匹規模の群れで集団生活を営む。
武器を扱うことができるため、戦場跡など上質な武器が容易に入手できる場所では危険度が上がる。
また、群れ全体を脅かすような脅威に対しては徒党を組んで対抗することがあるため駆除には注意が必要』
……うーん、ここまでは私も知ってるんだよね。
もっと他にはないのかな?
索引ページでいろいろと捜してみると「ゴブリンの群れを刺激してしまった場合の対処法」なるそのものずばりな項目を発見する。
これよこれ!
さすがは大百科先生、魔物に関することなら何でも載っていると言われるだけのことはある!
『ゴブリンの群れを刺激してしまった場合の対処法:
ゴブリンが徒党を組んだ場合、その脅威度は単体のF評価から場合によってはC評価にまで上がります。こうなってしまった場合、最善の対処法はとにかく逃げることです。ゴブリンの記憶能力の問題から、徒党を組んだ状態は最大でも一か月ほどで解除されます。逃げて時間が過ぎるのを待つのが安全です。
逃げることが困難な場合は、群れを統率しているロード種を討伐するのが効果的です。ロードを討伐することで、群れは完全な烏合の衆となります。ロード種は単体Cランク相当のモンスターですが、ハーレムとの交尾行動を非常に高い頻度で行っているため、その隙に攻撃すれば比較的安全に討伐することが可能でしょう。
ただし、この場合でも近衛のハイゴブリンらを突破する必要があるため低ランク冒険者には推奨しかねます』
おお、これは有用な情報だわ!
なるほど、ロードがヤッている隙をつけってことね。
こういうえげつない作戦、結構好きよ。
ゴブリンロードのマヌケで青ざめた顔が、眼に浮かぶようだわ。
でも、やっぱり近衛は居るのか。
ロードが居る場所と言ったら集落の奥だろうし、辿りつくには骨が折れそうね。
どうしたものかな、作戦をちょっと考えなきゃ。
ゴブリンの集落は、大空洞の壁際に作られている。
さらに三方を空堀で囲んで、ちょっとした要害のような造りとなっていた。
ロードが住んでいると思しきデカい屋敷は、その一番奥の壁際にある。
これを正面から攻め落とすなら、たぶん軍隊が居るわね。
もしくは、ドラゴン退治に出かけちゃうぐらいの高位冒険者か。
たかだかゴブリンの癖に、なかなかどうしていいところに住んでる。
ソロでしかも弱い私がここを攻めるとするなら、奇襲しかない。
でも、残念なことに集落は大空洞の中だ。
この手の作戦にお決まりの夜襲とかは、ちょっと厳しい。
ゴブリンたちは――私もそうなのだけど――外で暮らしているものと比べて、はるかに夜目が利く。
闇に乗じるとかはほとんど無意味だ。
集落に放火でもするか?
集落の建物は、ゴブリンたちが外から入手してきたらしい藁と木材で出来ている。
火の付いたものでも投げ込めば、あっという間に大炎上するだろう。
かなり効果的な作戦なんじゃないかな?
あー、でもこれだとロードを確実に葬ることが難しいかも。
炎に驚いて、早々に集落から脱出するなんてこともありそうだ。
そうなってしまうと、すぐにまた群れを再編するに違いない。
どこぞの暗殺者よろしく、ロードの前にいきなり現れて喉元掻っ切って殺すと言うのが理想だ。
雑魚ゴブリンをいくら殺したところで、あーっと言う間に増えて元通りになっちゃうからね。
ロードを確実に始末する、これは絶対条件として外せない。
そうなってくると、やっぱり集落へ忍び込むしかないか。
うーん、何か上手い方法はないものかな……。
……あー、もう頭痛くなってきた!
身体も、昨日の唾液が渇いてパリッパリになってきちゃったし……。
とりあえず、これを拭いて綺麗にならないことには落ち着いて考えることもできないわね。
近くの壁際に、地下水とかしみだしてないのかな?
洞窟を出ると、壁に沿ってしばらく歩く。
こうして数分が経過したところで、足先が不意に冷たいものに触った。
湧水だ!
それも、結構な量が湧いている。
顔を上げて周囲を見渡せば、近くの壁際にちょっとした泉が出来ていた。
しめた、これならしっかりと体を沈めて洗うことが出来るッ!
ふー、生き返るッ!
行水なんて、ひっさしぶりだからねー!
極楽極楽、最高の気分だわ。
このポイントはちゃーんと覚えておかないといけないわね。
泉のある場所が分かった以上、女の子としては毎日でも水浴びしなきゃ。
今までは水がちょこっとしか手に入らなかったから、拭くので精いっぱいだったのよねー。
気持ちよく水に浸かっていると、背中が何かに触れた。
ぶにゅんっと、妙に柔らかい感触。
気持ち悪ッ!
慌てて振り向けば、そこにはいつもの芋虫が居た。
そうか、水辺って苔がいっぱいあるからね。
この泉の周辺は、こいつらの餌場のようだ。
壁を見上げてみれば、遥か上方にもう一匹、芋虫がうにょうにょしているのが見える。
うわー、あとで駆除しておかないとな。
水浴びしてるときに落ちて来たりしたら、ちょっとした悲劇だ。
もし酸でもぶっかけられたら、泣けてくるしね。
……と、そう思ったところではたと気づく。
私の身体は骨、肉があった頃に比べて体重は十分の一もない。
剣を含めたとしても、男ならきっと片手で持ち上げられるくらいなんじゃないかな。
これだけ身軽なら、あるいは――!
壁を這う芋虫の姿を見ながら、私はニタアッと笑みを浮かべるのであった――。
ドンドン行くぞー!
キリが良いところまでは、一気に行きます!