第十二話 嗚呼、夢の魔法
人間には多かれ少なかれ生命維持とは関わらない『余剰魔力』がある。
一般的には、この余剰魔力のことを指して魔力という。
これは誰にでもあるものなので、どんな人でも初級魔法ぐらいは使えるのが当たり前だ。
でも、どういうわけだか私はそれを使うことが出来なかった。
私を調べた魔導師ギルドのお姉ちゃんによると、魔力がないわけではないらしい。
むしろ逆で、ほとんど人間やめてるぐらいの魔力量があるんだそうな。
では、何で私が魔法を使えないのか?
正確に言うなら、使えなかったのか?
答えは単純で、己の身に宿る莫大な魔力を制御しきれないため、無意識のうちに制限を掛けてしまっていたかららしい。
つまり、使うと暴発しちゃうからいっそ使えないようにしちゃえって身体が判断したわけだ。
このおかげで、私は魔力過多にありがちなキツーイ体の不調に一切悩まされることなく成長できたわけだけれども、魔導師への道は完全に断たれた。
なにせ、身体の中で魔力をぐるぐる回すのがやっとで外には一切出せないのだ。
これじゃ、魔法陣の補助があったって火種ひとつ作れやしない。
冒険者を始めて、かれこれ二年。
それなりにキャリアを重ねてきた私がDランクに甘んじているのも、これが原因だ。
純粋な技量から言うと、せめてCにはなってないとおかしいのだ。
ついでに言うと、超天才の私が他のあらゆる可能性をほっぽり出して冒険者になった理由でもある。
――魔法を使えるようになる方法を求めて、大陸各地を旅したい。
それが、私がろくでなしの風来坊こと冒険者になった最大の目的。
もっとも、かたっくるしい家を飛び出して自由になりかったってのも大きいんだけどね。
いい年して家に居たんじゃ、いつどんな男とくっつけられるかわかりゃしない。
こう見えて、私って割とお嬢様育ちだったからね。
そんな私が、初めて魔法を使えた。
十年来、夢にまで見た魔法を使うことが出来たのだッ!
指先からちょろっと火花が出るくらいのものだったけど、確かに使えた!
この手から、魔力を出せたッ!!
これが感動せずには居られるだろうか?
もう、胸の底から熱いものが込み上げて来て……!
「クッ、クッ……!」
骨の身体じゃ涙は出ない。
けど、泣き声を出して身を震わさずにはいられなかった。
骨になった時は本当にどうなることかと思ったけれど、まさかこんな展開があるとは。
良い意味で、完全に予想外だ。
神様、ありがとう。
これまでの人生で一度も感謝したことなんてなかったけど、今回だけは感謝しよう。
あ、感謝した分だけお礼はしてね。
倍返しでいいわ。
肉のついた身体に戻してくれるとか、肉のついた身体に戻してくれるとか、肉のついた身体に戻してくれるとか……。
とにかく、せっかく手に入れた魔法の力だ。
有効に活用しなくては!
使命感に燃える私は、ゆっくりとその場から立ち上がる。
ふふふ……今に見ていろモンスターども!
すーぐに魔法を使いこなして、みーんなまとめて蹴散らしてやる!
魔王滅殺真龍波ッ……なんってね!
そのためにも、まずは基本中の基本魔法であるファイアーボールの練習から。
魔力の続く限り、撃って撃って撃ちまくろうッ!!
まずは己の魔力限界をチェックしなきゃね。
全身から発せられる魔力を指先に集中して、撃つ!
もういっちょ!
指先に魔力をかき集めて――
「……スー、スー……」
あ、あれ?
三発撃ったところで、結構な倦怠感が襲って来た。
これさ、ひょっとしないでも魔力切れてきちゃったわよね?
う、嘘でしょ!?
こーんなしょっぱいファイアーボール三発で息切れなんて、未だかつて聞いたことないわよッ!
莫大な魔力って何なのさ!
魔導師ギルドの連中め、確かめられないのをいいことに、この私に嘘をついていたのねッ!?
どれだけ頑張っても、これ以上は出ない。
生命維持に支障がない範囲で使える魔力は、残らず使い切ってしまったようだ。
まったく、どういうことよ!
……ああ、待って。
生前のスペックが完全には引き継がれていない以上、私自慢の魔力もやっぱり引き継がれていないってことなのかな。
ああ、もうッ!
秘められていた魔力が解放されて、大魔法使い街道一直線だと思ったのにッ!
たったファイアーボール三発か四発分の余剰魔力で、なにしろって言うのよ!
期待させた分だけ性質が悪いわ!
勝手に期待したのは私だけど、むっかつくぅッ!!
しょうがない、今度こそ寝よう。
むしゃくしゃするときは眠るに限る。
魔法に使う余剰魔力は、生命維持分とは違って時間で回復出来るしね。
っと、その前に。
回復を早めるための腹ごしらえかな。
ふっふーん、いざという時のために芋虫肉はたくさん蓄えてあるのだ!
壁際に積んだ芋虫の山を崩すと、ナイフで肉を切り出す。
……あ、そうだ。
このしょっぱい魔法でも、火種ぐらいにはなるかもしれない。
スリングを造った時のツタがまだ残っているし、あれを薪にして肉を炙ってみよう。
これだけジューシーで美味しい肉だ、炙ったらさぞかしおいしいに違いない。
こうなったら、最後の魔力を……!
体を震わせて、どうにかこうにか魔力を絞り出す。
普段は軽い骨の身体が、ズンッと重みを増したように感じられた。
ぐ、流石に結構堪えるわね……。
ともすれば、その場に倒れ込んでしまいそうだ。
だけど、こんなことで諦めてなるものか。
生肉ではなく焼いた肉を食べたいと言うのは、人類の本能なのよッ……!
火花を使って、ツタに火をつける。
おお、あったかい!
久しく感じたことのない、文明のあったかさだ。
生木が燃えて、パチパチと跳ねる音が耳に心地よい。
あとはこの火でお肉を軽く炙って――
「スーッ!!!!」
なんだ、これはッ!!
生肉だったときは感じられなかった肉本来の旨みが、焼くことによって数倍にも引き立てられている。
革命だ。
人類は火を使うことによって画期的な進歩を遂げたと言うが、まさにその通りだ。
これは、食の革命としか言いようがないッ!
説明不要、旨いッ!!!!
「スースーッ!!」
熱々のお肉を口の中でフーフーしながら、私はその美味しさに悶絶するのだった――。
骨娘の素性が、すこーしずつ明らかになっていきます。
次回もすぐに更新しますので、ご期待ください!