第十話 骨の敵は骨よ!
最初に仕掛けてきたのは、やはり体格で勝るウォリアーだった。
剣を大きく振り上げ、袈裟に斬りつけてくる。
剣速はそれなりに出ているが、動きは一直線で読みやすい。
軽い体を活かしてその一撃を回避すると、手にした骨で素早く殴りかかる。
キンッと鋼でも打ち合わせたような音。
手がしびれるような感触が返ってくる。
見た目から想像できたけど、なんつー硬さ!
普通に殴り合っていたのでは、こっちの武器にしている骨の方が先に折れてしまいそうだ。
ここは、強度の弱い関節部分を集中狙いするしかない!
軽い体を活かして、サイドステップを踏む。
それなりに重い鉄の剣を持っていることが災いして、ウォリアーは私の動きについてこれてはいなかった。
スケルトンの体力は無尽蔵。
このままいけば、時間はかかるがこいつを倒し切れる!
「カハッ!!」
勝利の二文字が、脳裏をよぎった時だった。
鈍重だったウォリアーの動きが、にわかに速まる。
風を切った剣の切っ先が、肋骨をかすめる。
その勢いに、骨が少し欠けた。
いったァッ!!
この野郎……ッ!!
文字通り、身を砕かれる激痛。
口から苦悶の息が漏れる。
とっさに歯を食いしばると、必死で乱れた思考を立て直す。
いったい、どんな手品を使った?
あの一瞬だけ、ウォリアーの動きが確実に速くなっていた。
体感にして、一・二倍ほどだろうか。
極端なスピードアップを遂げるわけでもないが、この攻防でこの差は厄介だ。
捌けたと思った攻撃を、捌き切れなくなってしまう。
まただ!
剣の速度が上がり、風を切る音が鋭くなる。
先ほどは突然のことで捉えることが出来なかったが、今度ははっきりと変化を見ることが出来た。
速くなった剣をどうにか私が避け切ると、再び動きが遅くなる。
速さを上げることができるのは、ほんの数秒間。
しかも、一度速度を上げた後はしばらく速度を上げることができないらしい。
――これはもしや、魔闘法か?
魔闘法とは、体内の魔力を循環させて一時的に速度や力を底上げする戦闘技法である。
冒険者にとっては基本的な技だが、まさか骨が使ってくるとは。
私も人間だった頃は世話になっていたけど、スケルトンになってからは使っていない。
骨の身体に宿る魔力はよわよわで、うまくコントロールできないんだよね。
伊達に上位種じゃあないってわけか!
改めてウォリアーと自分でいかに違いがあるのかを自覚する。
このまま打ち合いを続けるのは、すこーしまずいわね。
何とかしなきゃ……!
とっさに周囲を見渡すと、広場から通路へと続く入口が目についた。
今日のところは、あそこから戦略的撤退って奴をするしかないか……?
たぶん新参者のこいつと比べて、地の利は私にある。
無数に枝分かれする通路の奥へと逃げ込めば、まず見つかることはないだろう。
でも、もし狭い通路の奥で追いつめられたりしたらそれこそ逃げ場がない。
完全にアウトだ。
……待てよ。
あの通路を上手く活用すれば、ウォリアーに勝てるかもしれない!
通路の入口を見て、そう思う。
振り落とされた剣をかわすと、私は素早く通路へと移動を開始する。
「ゴゴゴッ!!」
逃げるな、と言わんばかりにウォリアーが足を踏み鳴らす。
仁王立ちして全身の骨をガタガタと震わせるその様子は、オーガにも引けを取らない大迫力だ。
けど、そんなのまともに相手してられない。
この身体でこんなのとぶつかり合ってたんじゃ、何度復活しても足りないわ。
「カカッ!!」
歯を打ち鳴らし、敵をさらに挑発する。
単純なウォリアーは、私の狙い通りに誘導されてくれた。
肩を怒らせながら、私の後をついてくる。
いいわ。このままどんどんついて来なさい……!
こうして十分に奥へとおびき寄せたところで――
「……ッ!」
落ちていた小石につまづき、バランスを崩す。
なすすべもなく転倒した私は、そのまま地面に手をついてしまった。
にやりと、骨で出来ているはずのウォリアーの顔が笑ったように見える。
私がこいつより勝っている点は、軽い骨を武器としているがゆえの速さだ。
こうして地面に倒れてしまえば、あとは叩き潰されることしかできない……!
「スオオオオッ!」
ウォリアーの身体が、微かに光る。
明るい広場では分かりにくかったが、昏い通路に移ったことでその纏う魔力がはっきりと見えた。
こいつ、一気に叩き潰すつもりね……!
高まる魔力に反応して、自然と骨の体が震える。
やがて振り上げられた剣は、私の頭に向かって勢いよく――
「グゴッ!!」
予想通り!
魔闘法により思い切り振りあげられた剣は、天井へと突き刺さって動かなくなった。
途中はほんとに冷や冷やしたけど、やっぱりただの骨ね!
私が動かなくなれば一気に勝負をつけに来るだろうと予想していたけれど、ほんとにそうだった。
さすがは私、完璧な作戦だ!
……これでも、自分からわざと転ぶのには勇気が必要だったけどね!
保険はあったけど、確率は五分五分くらいだったし。
こいつがちまちま攻撃してくることを選んだら、間違いなく私の方がやられてた。
さらに、もしこいつが広場に比べて天井が低いことを少しでも意識したならダメだっただろう。
ま、ゴブリンよりも馬鹿なぐらいだから、そのことに気づかない自信はあったけど。
さっきから見てると、攻撃パターンとかはかなーり単純だったからね。
とにもかくにも、今の奴は最大の武器である剣が使えない。
しかも、不意のことに気を取られて隙だらけだ。
剣を引き抜こうと、私のことなどお構いなしに四苦八苦している。
剣を振り上げた時にパワーを魔闘法で限界以上にまで強化していたため、かなり深いところまで刺さってしまっているようだ。
でもいくら剣が抜けないからって、そんなことじゃあ足元がお留守ですよッと……!!
「ガガッ!!」
背伸びをしている足の関節を渾身の力で殴る。
体勢を崩しているのを幸いに、二度、三度!
加重の掛っていない骨は、やがてスコーンッと気持ちのいい音を響かせてすっ飛んだ。
膝から下を失ったウォリアーは、そのまま宙ぶらりんになる。
「カカカッ!!」
こうなってしまえば、後はこっちのもの!
敵の頭蓋骨を殴って殴って殴りまくるッ!
砕け散るまでただひたすらに!
どりゃあァッ!!
ラララララッ!!!!
「スースー……」
ふう、すっきりした。
頭を失いながらも剣にしがみつくウォリアーの身体を見ながら、流れても居ない汗をぬぐう。
とにかく殴りまくったせいか、ゴブリンにやられて以降のいら立ちがすっきりと収まっていた。
今なら、どんなことが起こってもひろーーい心で許せそうだ。
あ、ルミーネだけは無理だけど!
あんたはヤルから、いついかなる場合でも。
さあってと。
剥ぎ取り作業をしなきゃあね。
頭を砕かれ、完全に力を失ったウォリアーの身体。
それを戦利品の剣から引き剥がそうとしたところで、胸骨のあたりから何かがコロンッと転がり出た。
む、これはもしや……!
床に落ちたそれを拾い上げると、私はたまらず叫ぶ。
「カカカカカカッ!!!!」
魔石だァーーーーッ!!!!
Dランクの私ではついぞ見たことのなかったお宝が、そこにはあった――!




