第百四話 海を越えろ!
「なあシース、さすがにちょっと暑くないか?」
「しょうがないでしょ、我慢して!」
「だが、この熱は身体に堪えるぞ……!」
額に浮かんだ汗を拭きながら、ディアナが言う。
その顔は、熱でも出しているように顎の先から耳たぶまで全部が真っ赤だった。
眼もトロンとしていて、今にも倒れてしまいそうである。
まあ、無理もない。
断熱対策を出来る限りしたとはいえ、お鍋で溶岩の海を渡っているのだから。
「はい、お水! あとちょっとだから、頑張って!」
「おお、ありがたい! ……のわッ!」
水筒の水を口に含んだ途端、ディアナはそれを全部噴き出してしまった。
わ、わッ!!
頭からまともに水を被った私は、危うく鍋から落っこちそうになる。
断熱用に土やら藁やら目いっぱい詰め込んだせいで、鍋の中はすっごく狭いのだ。
「危ないじゃないのッ!」
「すまんすまん! だがシース、これは水ではなくお湯だぞ!」
「言われてみれば……」
被った水――じゃなくて、お湯からは湯気が立ち上っていた。
鍋に乗っている間に、すっかり熱くなってしまったらしい。
水筒に入れた時は、手がしびれるぐらいの冷たい井戸水だったってのに。
いったいどんだけ暑いのよ、この船の中は!
なんだかちょっと、怖くなってきたわね……。
暑さによるものとはまた別の汗が、ぞわぞわっと染み出してくる。
私の施した断熱対策ぐらいじゃ、甘かったみたいね……!
「ディ、ディアナ! 急ぐわよッ! このままじゃゆで上がっちゃう!」
「ああッ!」
お鍋にくっついていた、特大サイズのお玉。
それを櫂の代わりにして、エッチラオッチラと波を掻き分ける。
くぅ、所詮は代用品かッ!
そもそも船ではないこともあって、鍋の速度はなかなか上がらない。
暑い、暑すぎるッ!
このままだと茹っちゃうわね!
あともう少し、もう少しで上陸できるって言うのに!
いよいよ岸壁が迫ってくるが、勢いが次第に鈍ってくる。
どうやら、岸から沖に向かって溶岩の流れのようなものがあるらしい。
「く、近づけんぞ!」
「これは、たぶん離岸流ってやつね! 横に移動するわよ、このままじゃ押し戻されちゃう!」
「ああ、わかったッ!」
お玉で溶岩を掻き出し、必死に横へと進む。
ふう、何とか難は逃れたわね!
でもこのままじゃ、いつまでたっても岸に着けやしない。
時間もないし、こうなったら……!
腰の剣を叩くと、休んでいた精霊さんを叩き起こす。
「精霊さんッ!」
『な、何なのです!?』
「あんたってさ、風の魔法を使えたわよね?」
『それなりには……』
「だったら、このお鍋をあの岸に向かってブッ飛ばしてッ!」
『え、ええ!!』
「お、おい!」
青ざめた顔をするディアナと、剣を振るわせる精霊さん。
そりゃそうだ、もし狙った方向に飛ばずに落ちたりすれば即死しかねない。
いくら焼け死にそうだと言っても、普通ならかなり分の悪い賭けだ。
でも、この場所はちょっと違うのよね!
「大丈夫よ! この場所なら、上昇気流の恩恵を受けられるはずだわ! 中級魔法でも距離は出るはずだから、あっちに向かって飛ばせば島のどこかには行ける!」
「そんなアバウトな!」
『そうなのです、危険なのですよ! もし狙いがずれたら死んじゃうのです!』
「じゃあ、このままここで焼け死ぬの!? そんなのごめんよ! 女は度胸、こういう時こそ気張りなさいッ!」
『僕、たぶん女じゃない気がするのです……』
「細かいことは気にしない! さ、やって!」
『わ、分かったのですよ! ……蒼穹よ、我が肉体を長き戒めより解き放て! ウィンドバーストッ!!』
爆裂する風。
その威力に、鍋が見る見るうちに浮き上がっていく。
身体にかかる加速度の大きさに、軽くめまいがした。
上昇気流の恩恵もあってか、私の予想よりもさらに大きく弧を描いた鍋は、そのまま火山の斜面へと向かう。
身を貫く衝撃。
口から、思わず苦悶の声が漏れる。
それにやや遅れて、バコンッと景気良く鍋が割れた。
真っ二つになった鍋から放り出された私とディアナは、そのまま斜面を転がり落ちる。
やがてどうにかこうにか止まったところで、二人して顔を見合わせた。
「な、何とかお互いに生きてるわね……」
「ああ。断熱用に仕込んで置いた土やら綿やらがいい仕事をしたようだな」
「精霊さんも大丈夫?」
『何とか、平気なのですよー。この剣は、ちょっとやそっとのことじゃ折れたりしないのです』
「あー、良かった! 何はともあれ、島についたわね!」
「それは良いが、帰る手段が無くなってしまったぞ! もしここから第五階層へ行けなかったら、一体どうするつもりだ?」
見事に割れた鍋を見て、顔を引きつらせるディアナ。
……あれを修理するのは、さすがにちょっと無理そうね。
引き返せなくなったという事実に、さしもの私もちょっとだけビビる。
でもこうなっちゃったら、行くしかないわよね!
「……そこはもう、考えないで行きましょ。前進あるのみ!」
「分かった。シースはいつもこうだからな」
「褒めてくれてありがと」
『褒めてはいないと思うのですよ……』
「おほんッ! とにかく、塔へ行かないことには始まらないわ! 時間だって無制限にあるわけじゃないんだし、急ぎましょ!」
「ああ、そうだな!」
こうして私とディアナは山を越え、ベルゼブブの塔へと急いだのだった――。
更新が遅かったうえに、短くて申し訳ありません!
特典SSなどの執筆をしておりました……。
次回はもっと早く更新しますので、よろしくお願いします!
追伸、活動報告に表紙イラストを貼りました!
人間時のシースがかなり可愛く描かれているので、ぜひご覧になってみてください!




