表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/109

第百三話 塔の中

「シース、大丈夫かッ!!!!」

『生きてますかー!!』


 遥か彼方のディアナと精霊さんが、一斉に声と念を飛ばしてくる。

 私は何とか無事だった凧を手にすると、目印の代わりとして高く持ち上げた。


「何とか生きてるわよーッ!!」

「良かったッ!! 戻ってこれそうか!?」

「うーん、凧で戻るのは難しそうだわ! 辺りを散策して、何かないか捜してみる!」


 さてと、こいつを登らないことには話が始まらなさそうね……。

 視界を遮る崖を見上げて、やれやれと息を吐く。

 骨だった頃には垂直の壁をよじ登ったこともあったけど、今はちょっと体が重い。

 どっかの城の塔なんかよりもよっぽど高そうなこれを登るのは、少し骨が折れそうだ。


「仕方ないわね、あんまりこういう使い方はしたくないんだけど……」


 谷間に忍ばせておいたナイフを取り出すと、岩肌に突き立てる。

 魔法金属で出来たそれは、ザクッと岩の隙間へめり込んだ。

 あとは、足をくぼみにかけてっと。

 ナイフをピッケルの代わりにして、ゆっくりと体を持ち上げる。

 青白い刃は、見事に私の体重を支え切った。

 どこの誰が使っていたのか知らないけど、ホントに良いナイフだ。

 第一階層で拾ったものだけど、もしかしたらこれもオルドレンのお宝だったりするのかも。


「う、胸が……!」


 壁をよじ登っていくと、次第に胸のあたりが痛くなってきた。

 岩肌に肌が擦れて、ちょっとヒリヒリする!

 こういう時だけは、大きいのがちょっと嫌になるわね。

 そもそも、このメイド服のデザインがいけないのよ!

 露出はそれほどないけど、ボディラインがもろに出るようになってるのよね。

 おかげさまで、付きだした胸がかなり邪魔だ。


「くう、あともう少し!」


 ちょっぴり痛いのを堪えながら、崖を登ることしばし。

 ようやくてっぺんが見えて来た。

 こうなったらあとは気合よ!

 四肢に力を籠めると、そのまま一気に駆け上がっていく。

 とりゃとりゃとりゃあァッ!!

 こんな崖なんぞに、負けてたまるかッ!!


「……ふうッ!」


 何とか、登り切れたわね……!

 崖の頂上にたどり着いた私は、その場に尻餅をつくようにして腰を下ろした。

 振り返ってみれば、崖下の岩がずいぶん小さく見える。

 さらに溶岩の向こうにいるディアナなんて、もうゴマぐらいの大きさにしか見えなかった。

 こりゃ、もう声で連絡を取るのは難しいわね。

 念話だってここまでは届かないかも。

 二人からの距離を実感して、ちょっとだけ寂しい気持ちになる。

 最近は、一人になることなんて滅多になかったからなあ。


「さてと。火口の方はどうなっているのかな……?」


 気を取り直して、もともとの目的地である火口の方を見やる。

 すると、そこは火口なんかではなかった。

 本来ならば溶岩が溜まっているはずの場所が、空っぽになっている。

 外からは火山のように見えるけれど、ただのすり鉢状をした山だったというわけだ。

 しかもそのすり鉢の中央、つまり最も深くなった部分には怪しげな塔が聳えている。


「私の思った通りだわ。ここで当たりだったみたい」


 間違いなく、あの塔に第五階層への入口がある。

 私の第六感がそう告げていた。

 でも困ったわね、私はいいとして二人をどうやってこの場所まで連れて来たものか。

 まさか一人で行くなんてこともできないし……。

 あの溶岩の海を渡る方法が、凧の他にもあればいいのだけど。


「とりあえず、あそこを探索してみるしかないか」


 この場にとどまっていても仕方がない。

 私は意を決すると、崖の縁に立って下を見やる。

 外側のものと比べればかなり緩やかだから、ギリギリ走って降りられそうだわ。

 あんまり時間をかけても二人に悪いし。

 軽く準備運動をすると、そのまま足を前に出す。

 そして――


「どりゃああァッ!!」


 砂埃を巻き上げながら、とにかく走るッ!!

 転ぶ前に足を前に出して、何とかバランスを取り続けていく。

 見る見るうちに増していく速度。

 耳元で風が唸り始めた。

 ええい、女は度胸よ!

 今さら止まれないしッ!

 恐怖感を押し殺して、更に一歩先へと進む。

 もうなったら、逆に速度を押えたら危ないッ!


「つ、着いた!」


 数十秒後。

 私はどうにかこうにか下までたどり着いた。

 まったく、我ながら無茶をしたもんだわ。

 体中についた埃を振り払いながら、軽く肩を落とす。

 でもおかげで、だいぶ時間を短縮できたわね。

 さっさと二人を連れてくる方法を見つけないと……。

 あれこれ思案しながら塔の扉に手をやると、まるで私を招き入れるかのようにあっさりと開く。


「お邪魔しまーす! ……おおッ!」


 塔に入ると、まず目に飛び込んできたのは巨大な鍋であった。

 お風呂の代わりとして使えそうなぐらいの大きさがある。

 その下には巨大な魔法陣が描かれていて、さらに壁際には試験管やフラスコ、魔石式のランプなど実験器具の数々が並べられていた。

 奥には大きな本棚まである。

 どうやらここは、何かの実験室みたいね。


「ん? この体毛は……!」


 微かに魔力の残った体毛。

 パサパサとして縮れたようなそれは、昆虫の身体から取れたもののようだった。

 間違いない、ベルゼブブの毛だ。

 ということは、この施設は奴の物って訳か。

 ますます第五階層への入口がある可能性が高まってきたわね。

 今までのパターンで行くと、床下当たりが怪しいかしら?

 魔法陣があるから、そこに魔力を流すと反応する仕掛けだったりとか……。

 っと、それよりも今は溶岩の海を超える方法を考えないといけないんだったわ!

 手掛かりを求めて、あれやこれやとタンスや戸棚を漁りまくる。


「ろくなもんが置いてないわね、怪しい黒魔術の道具ばっかりじゃない!」


 風の魔道具とか、移動用の魔法陣でもあれば話は早かったのだけど、そういうのはあいにく置いてないらしい。

 部屋の隅々まで漁ってみたものの、あるのは得体の知れない実験器具や研究用と思しき魔物の素体ばかりだった。

 本棚にある本も、ラインナップが黒魔術や呪術方向へ著しく偏っている。

 ベルゼブブめ、伝説の魔族だってのに大したもの持ってないじゃない!

 ああ、でも魔族の持ち物って考えるとこの嫌らしい感じは合っているのか?

 いずれにしても、役に立たないけど!


「もうッ! 頭に来るわねッ!」


 イライラのあまり、テーブルを思いっきり叩く。

 ダンッと天板が揺れて、上に載っていた試験管が跳ねた。

 試験官はそのまま宙を舞うと、鍋にぶつかって中身をまき散らす。

 たちまち、床から白い煙が上がった。

 液体が落ちた場所が、溶け始めたのだ!


「わ、これ酸か何かだわ!」


 もし身体に当たってたら、タダじゃすまなかったわね……。

 小さいながらも穴の開いてしまった床を見て、たまらず肝を冷やす。

 石を一瞬で溶かして貫通してしまうなんて、半端なもんじゃないわね。

 もしかして、金でも溶かすっていう王水とかだったのかな……?

 それとも、錬金術で使う万物溶解液とか?

 いずれにしても、真っ当な代物じゃなさそうだ。


「あれ?」


 ふと鍋を見ると、まったくの無傷だった。

 床よりもよっぽどひどく酸がかかっているというのに、溶ける気配が全くない。 

 黒っぽい色からして、鉄でできてると思ったんだけど……もしかして違うのか?

 慌てて酸のかかっていない場所を叩くと、キンッと高い音がした。

 明らかに鉄の音ではない。

 これはもしや。

 近くの雑巾で表面を擦ると、すぐに煤が取れて銀色の表面が露わになる。

 白の強いこの色合いは……!


「これ、オリハルコンとミスリルの合金じゃないッ!!!!」


 突然現れたお宝に、私は腰を抜かしそうになったのだった――。


感想など頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ