プロローグ 貴族なんて大っ嫌い
新連載始めました。
日付が変わる頃に、次を投稿します。
とーッてもいい仕事だと、引き受けた時は思った。
さる御令嬢の影武者となり、王都からポーヤンまで馬車で三日ほど揺られて行くだけで金貨十枚。
途中で『敵対勢力』から襲撃される可能性は高いが、腕利きの護衛を雇っているのでまず危険はないという話だった。
三日で金貨十枚、つまり一日で金貨三枚とちょっと。
ざーっと考えて、そこらでせこせこゴブリンやスライムつぶしをしているよりも軽く十倍は稼げる。
傲慢でタカビー全開なアバズレ――ごほん、わがままなご令嬢の代わりをさせられると聞いた時には腹が立ったけど、報酬の話を聞いたらそんな気持ちすぐに吹っ飛んだ。
やっぱ、世の中持つべきものはお金よね!
金の力って素晴らしいッ!
しかしまあ、そうそうおいしい話というのは転がっていないらしい。
私の予想が甘かった。
あっさり叩きのめされてしまった護衛達を前に、世の中の厳しさを噛みしめる。
数の少ない女冒険者だからって、たかだかDランクにこーんな旨い話が来ること自体がおかしかったのだ。
甘かった。
私の予想は、砂糖のかたまりよりもよーっぽど甘かったわッ!
「敵対勢力って、これさァ……!」
敵軍の威容に、ため息を通り越して呆れた声が漏れる。
ピカピカ光って高級感たっぷりの総ミスリル製装備。
王子様でもまたがっていそうな、気品に溢れたお馬さん。
胸元に揃いの紋章を掲げたその一団は、どう頑張っても山賊じゃない。
正規の騎士団だ。
それも、頭に近衛とか王都とか付く類のエリート集団。
「ルミーネ・フェル・パルドール!! 第二王子アンドレ閣下の命により、そなたの身柄を確保させていただく! 大人しく従うのだ!」
「そんなこと言ったところで、誰が大人しくするもんかっての! だいたい、私がルミーネじゃないことぐらいは顔見れば分かるでしょうが!」
「いや、間違いなくそなたはルミーネだ! 凶暴そうな顔立ち! 血に飢えたような赤髪! 詰め物たっぷりの偽乳! 人相書きの特徴とすべて一致する!」
ザッと丸められた羊皮紙を開いて見せる男。
そこにはヘッタクソな筆致で、私には似ても似つかない女の絵が描かれていた。
どこをどう見れば、こんな高慢ちきな女と聖女のような顔立ちの私が一致してしまうのか。
この男の眼は、穴のある女なら何でも同じに見えるオークあたりと変わらんらしい。
「どこがじゃ! だいたい、あのわがままお嬢の見栄っ張りと違って私のはぜーんぶ本物よ!」
「嘘を言うな! その年と身長でそんなに胸がデカいわけがない!」
「こんな時に嘘つくか!」
そう言うと、冷汗をかきながら周囲を見渡す。
軽口を叩いてはいるが、実際のところ状況はかなーり悪い。
舞台は国境沿いの山岳地帯を貫く細く寂しい一本道。
既に三方を騎士で固められ、残りの一方は崖に面している。
ちらりと足元を見てみれば、崖はそのまま深い谷へと通じていて半端な高さではない。
落ちれば死ぬどころか、身体がバラッバラになりそうだ。
いわゆる絶体絶命って状態ね、これは!
額に乙女らしからぬ脂汗がにじむ。
「……ね、ねえ。少し話し合わない? 話せば人間、意外と分かり合えると思うのよ。例えあんたの眼がオークレベルの節穴だったとしても、ちゃーんとコミュニケーションを取れば令嬢との違いは絶対分かるはずだわ。だってさ、私みたいな口の悪い令嬢が居るわけないじゃない!」
「問答無用だ。お前にはここで事故死してもらうことになっている」
「……事故死?」
事故という言葉に引っかかりを感じて、口元が歪む。
すると男は、私の戸惑いを楽しむかのように笑った。
……オッケー、だいたい見当がついた。
あの腐れお嬢、とんでもないこと考えたもんだわ!
「そういうこと。ご令嬢の代わりに私がここで死んで、今回の一件は終了。生き延びた令嬢は隣国あたりで楽しく暮らして、あんたらはパルドール家からたーっぷりと礼金を貰ってウッハウハ。そういう筋書きなわけね」
「なかなか勘が良いじゃないか。私は平民出で、出世するには金が要るのでね」
「きったない金で出世したところで、後で虚しくなるだけじゃない?」
「ふん、世の中は権力を握ったものが勝ちなのだよッ!」
剣が閃く。
抜き放たれた白刃が、末広がりなスカートの端を切り裂いた。
なかなか――いや、相当に速い動き。
平民から騎士へとのし上ったという実力は、どうやら本物らしい。
悪人の癖に、中途半端にお強いことで。
「やるわね! あんた、そんだけの腕があるならまともなやり方で出世を目指したら!」
「騎士団はなあ! そんなに甘い世界ではないんだよッ!」
「そうッ! だからって、それに付き合う義理は私にはないッ!」
いざという時のために、スカートの下に忍ばせておいた短剣。
それを抜いて構えると、男の攻撃をどうにか流す。
重い。
恵まれた体格から繰り出される一撃は、女の私では支えるのがやっとだ。
さらに他の騎士まで加勢してくるので、あっという間に追い込まれていく。
「一人相手にみんなで攻撃って、あんたらにはプライドってもんがないのか!」
「勝てばいいのだ!」
「そりゃそうね! 私が悪かったわ! なら――これでどうよッ!」
胸元に忍ばせた小袋を取り出すと、中身を容赦なくぶちまける。
乾燥させた唐辛子の粉末が、煙のように広がった。
まともにそれを喰らった騎士団は、皆、眼を抑えて苦しがる。
「おのれ……! 小賢しい真似を……!」
「勝てばいいのよ! じゃあね!」
停めてあった白馬を奪うと、すぐさまハイヤッと手綱を打つ。
高らかに嘶いた馬は、私の求めに応じて勢いよく駈けだした。
タカッタカッと心地よい蹄鉄の音が響き、見る見るうちに騎士たちが遠ざかっていく。
「ひゃっふゥ! 良い馬じゃない、報酬はこれで勘弁しておいてあげるわ!」
金の代わりに、なかなかの名馬を手に入れて上機嫌の私。
ちょうど下り坂なのをいいことに、そのままグングンと速度を上げて騎士団を引き離しにかかる。
だがここで――
「流星号、にんじんだぞッ!」
騎士の一人が、懐からにんじんを取り出して投げる。
それが視界に入った瞬間、馬の眼の色が変わった。
いきなり発情期でも来たかのように鼻息を荒くした馬は、飛んでいくにんじんを捕らえようと無理に体を持ち上げて――
「ああッ!!!!」
前言撤回、こいつ半端ないバカ馬だッ!!
背中から振り落とされた私はそのままなすすべもなく奈落の底へと吸い込まれていく。
視界の端に小さく映った男の笑顔が、どうしようもなく腹立たしかった。
あの男とルミーネとか言う女だけは、地獄に落ちたって許せそうにない。
化けて出て、末代まででも祟ってやる!
「例え生まれ変わったって、あんたら許さないんだからねッ!」
急速に薄れゆく意識の中で、ただその一言だけをつぶやく。
こうして、らしくもない復讐心を抱いたまま私は闇の奥へと消えた――。




