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鸚哥〈インコ〉

作者: 鈴木 靖晏

 ある森の中に、一匹の美しくて大きなインコが住んでいた。彼の羽は火のような赤と、菜の花のような黄色、そして晴れた空のような青で塗り分けられた不思議な色をしていた。また彼は他の動物の物まねが上手で、クマからリスまで彼が出せない声はなかった。


 ところが、ある日彼はふと思った。自分の元々持っていた声はどんな声であっただろうかと。それまでは何とも思っていなかったのに、いざ思い出そうとしてみると、なるほど全く分からない。皆を楽しませようといろんな声を真似ていたせいなのだろう。


「こんな感じだったかな」

 口に出して言ってみたが、残念ながら今の声は彼の友人のヒバリの声に近かった。こんな調子で、何度くり返しても誰かの声とそっくりになってしまう。


 彼は思い出すのをあきらめて泉へと飛んでいった。その水鏡に映った自分の姿を見て、彼はため息をついた。

「自分の声も、この羽のように目に見えるものだったらよかったのになあ。もしそうだったら、自分の声を思い出すのは自分の羽の色を見るのと同じくらい簡単だったろうに」

 彼はしばらくの間、そうやって自分の姿を眺めていた。


 突然、彼はひらめいた。

(他の動物に聞いてはどうだろう)


 自分自身の声はあまり意識して使うものではないから、自分で思い出そうとするのは難しいのかもしれない。それならば他の動物に聞いた方が早いのではないだろうか、と彼は考えた。


 彼はさっそく飛び上がり、真っ先に目についたウサギのところへ降りていった。


「お早うございます、ウサギさん」

「あらお早う、インコさん。突然どうなさったの」

 インコは少しためらってから一息にこう言った。

「はい、それが僕の声は元々どんな風だったか分からなくなりまして、皆さんにお聞きしようと思ったのです。僕の声はどんな声でしたか」


 彼があまりにも単刀直入な質問をしたので、ウサギはすっかり困り顔になってしまった。彼女はしばらくうーんと唸ってからこう言った。

「私もあなたの声は思い出せませんわ。でも今しがた喋っていた声はキツネさんの声に似ていた気がするの。もしかしたら、本当の声もキツネさんに似ていたのかもしれないわ。一度彼に聞かれてみては?」

 そう言われると、インコも確かにそんな気がしてくるのであった。


 彼はお礼を言って、そのままキツネのもとへ向かい、さっきウサギに言われたことを伝えてみた。

 するとキツネはこう言った。

「うーん、君の声と僕の声が似ているとは思わないがね。今喋っていた感じだとヘビ君にそっくりだ」


 そこで彼はヘビを訪ねて同じことを聞いてみた。しかし、今度はリスの声に似ていると言われてしまった。その次はサル、その次はイノシシ、それからイタチ、トカゲ、キジ、オオカミ、カエル、挙句の果てにはキリギリスと、彼は誰かを訪ねては「誰かの声に似ている」と言われるのを一日中繰り返したのである。


 日が傾きかけてきたころ、彼はこれが最後と思ってクマを訪ねてみた。

「それで、キリギリスさんに聞いてみると僕の声はあなたに似ていると言われたのですが」

「うーん、そうか? 俺の声とは全然違うだろう。もっと高くて優しげな声、そうだ、ウサギにそっくりじゃないか」


 なんと最初に戻ってきてしまった。彼はすっかり意気消沈して、家に帰るなりすぐに寝床に入った。彼は寝床の中で、これではらちが明かないから、明日もういっそ神様に聞きに行こうと決めた。


* * *


 次の日の朝、まだ皆が寝静まっているころに、彼は森の真ん中へと飛んでいった。森の真ん中には螺旋階段があって、それは雲の上、つまり神様のいるところへとつながっていた。


 彼はその階段をぐるぐる飛びながらのぼって行った。しばらくすると辺りは薄い雲に覆われて眼下の森は見えなくなってしまった。その代わりに、幾筋もの細い光が雲を透かして射し込んできた。そのうちに時間の感覚がなくなってきて、彼はただ夢中で階段をのぼり続けた。


 どのくらい経ったのだろう、そこはもう厚い雲の中で螺旋階段すらほとんど見えなかった。すると突然光の筋が束になって目が眩み、気づくと彼は雲の上にいた。目の前にはさらに雲でできた階段があり、そのはるか高い所では何かがまぶしすぎて目も向けられないくらいに輝いていた。きっとあそこに神様がいらっしゃるのだろう。彼はここに来るのは初めてだったので、何もかもが幻に見えて、自分の目的を半分忘れかけていた。


「おや、来客かな」

頭上から声が降ってきて、彼ははっと我に返った。

「は、はい。私的なことで恐縮至極なのですが、どうしても神様にお聞きしたいことがあり、参りました」


 彼は自分の声が思い出せなくなってしまったこと、ほかの動物に聞いてみたが結局分からなかったことを続けて話した。

「なので、神様に教えていただきたいのです。私の本当の声はどんな声なのでしょうか」

 その時、彼は緊張で声が上ずっていた。これではまたウサギみたいな声になっていると彼は自分で思った。

「うーん」

 神様はしばらく黙って考えているようだった。

「思い出そうとする必要はないんじゃないか。だって今の声、君の声だろう?」


「はい?」

 彼は不意を突かれて、すっとんきょうなサルの声になった。

「いえ、先程のはウサギの声です。それに今度はサルそっくりになってしまいました」

「いや君の声だろう。それに今のもサルじゃなくて君の声だ」

「え、そんなことは……」

 今度はどこかおびえたようなリスの声になった。彼は神様の言っていることが分からないといった風で困った顔になってしまった。


 神様は少し笑いを含んだ声で続けた。

「少し難しいことを言うが、君は、誰かと同じではいけない、自分だけのものではないといけないと思っていないか」

 彼は心の内を見透かされたようでドキッとした。

「でも、誰かと同じものしか持ってなくて、果たしてそれで"これが私です"と言えるのかどうか……」

「それじゃあ、君の羽の色はどうなんだ」


 神様がそう言うとどこからともなく雨雲が滑ってきて、そこに雨粒が膜を張り、鏡を作った。そこに映ったのは、見慣れた自分の姿だった。

「君の赤は火の赤。君の黄色は菜の花の黄色。君の青は晴れた空の青。でもその不思議な羽の色は誰の色だ? その羽の色が自分のものでないと疑ったことがあるのかい」


 彼はしばらくの間、鏡に映った自分の姿を眺めていた。やがて晴れやかな表情になって、ぺこんと頭を下げた。

「分かったような気がします。ありがとうございました」

 彼はそう言って去って行った。


* * *


 雲の上からの帰り道、インコはは螺旋階段を途中で飛び出し、歌いながらぐるぐると飛んでいた。

「あれは誰だ?」

「歌の上手なヒバリ君じゃないのかい?」

 森の動物たちは皆で集まって空を見上げながら、彼の歌声に聞き入っていた。


 するとそこへヒバリが寝ぼけまなこをこすりながらやって来た。

「おや、ヒバリはここにいるじゃないか! じゃああそこで歌っているのは誰なんだ」

 ヒバリは歌声のする方を見やった。

「ああ、ありゃ友達のインコ君だな。僕、ジャズはあまり歌わないよ」

「あら、そうだったの。でもあんまり声が似ているから、皆ヒバリ君だと思っていましたのよ」

「知らないのかい? ビブラートなら僕のほうがきれいだけど、声の伸びやかさじゃ昔っから勝てないんだ」

 ヒバリは彼を眺めながらにやっと笑った。


 朝日の昇り始めた東の空を横切って、インコは自分の家へと帰って行った。



 皆さんこんばんは。珍しく締め切りを守れそうな鈴木靖晏すずきやすはるです。今日の天気は雨なんじゃないでしょうか。


 さて、今回の「鸚哥」はいかがでしたでしょうか。テーマはズバリ、『アンチ十人十色』です。いえ、十人十色の意味そのものを否定している訳ではないです。

 ただ、言葉狩りでもありませんが、十人十色という表現がひっかかることってありませんか。


 例えばA君が赤だったとして、自分も赤が好きで選んだとします。このとき十人九色です。ではこれでは赤がかぶっているからいけないのでしょうか。もっと言えば人と同じではいけない、二番煎じでは意味がないのでしょうか。


 完全に屁理屈の世界ですね。ですが、最近は十人十色の意味が違う風に取られたり、ごり押しされたりすることが多いのも事実かと思われます。個性個性って言われても……と思った経験はありませんか?


 そういう意味での『アンチ十人十色』、かぶらないことだけが全てじゃない、光らない個性もある、そんな作者の独特の人生観とどこかで聞いたような主義主張が混ざった作品なんだとご理解いただければ幸いです。


 余談ですが、辞書って意外とロマンチストなんだなと思いました。冒頭で「火のような赤と~」ってありますが、あれは辞書を参考にしました。他にもいろいろあります。


赤…火や血のような色

黄…菜の花の色やイチョウの黄葉した色、レモンの皮や卵の黄身のような色

青…晴れた空のような色、海のような色、血の気のない顔や月の光、夕もやなどの色合い

緑…春、夏の草木の葉にみられる色

白…雪のような色、綿、塩のような色

黒…墨のような色、木炭のような色


 我が電子辞書さんによるとざっとこんな感じでしょうか。紫になると、「赤と青の中間色」と一気に素っ気なくなります。


 こんなことを書いている間にもう5:30(午前)です。大丈夫か受験生。


 あ、「狸と門」……。誰も覚えていないとは思いますが(未完の前作です)一応完結はさせるつもりです、いつか。

 勉強の気分転換で書き溜められたらいいなとは思っているので、また部誌でお世話になるかもしれません。その時はよろしくお願いします。


 それでは最後になりましたが、この作品を読んでくださった皆さん、本当にありがとうございました。

 よし、今から寝る!


2015年 8月28日金曜日 am5:41 自宅にて


* * *


 皆さんこんばんは。相変わらず読めないペンネームの鈴木靖晏すずきやすはるです。

 今回は本編、あとがき共に文芸部時代の改筆版です。ちょうど去年の今頃、懐かしい。


 二度目になりますが、最後まで読んで下さりありがとうございました。

 皆様の感想、レビューをお待ちしております。


Aug.15,2016 1:12 a.m.

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