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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
七章 コリーの聖剣修理

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97話

 そのぼやけた景色を、空中からながめていた。

 不思議な光景だとコリーは思う。


 視界に映るのは、どうにも王都の裏路地らしき風景。

 建物と建物のあいだの狭い路地を一人の少女が進んでいる。


 ドワーフの少女だ。

 種族的には犬ともウサギともつかない、垂れた長い耳が特徴だろうか。


 他に特徴と言えるのは、体型だ。

 よく、『人間やエルフを縦につぶしたよう』と言われる。

 つまり、小さくて丸い。


 裏路地をおっかなびっくり進んでいく少女も、ドワーフのご多分にもれず小さく丸い。

 手足はどことなくぽよぽよしている。

 顎のラインや目、鼻なんかも、なんとなく丸い。

 背は低いのに、胸が大きい。


 ただし、腰はくびれていると、コリーは思いたい。

 だからこそ、胸に布を巻いただけ、そのうえに丈夫なオーバーオールを羽織っただけ、という体のラインが出やすい格好だってできている。


 ……そうだ、コリーは、今、俯瞰した景色に映る少女を知っている。

 自分だ。


 長い茶髪をみつあみにしているところとか。

 歩くたび腰の後ろでガチャガチャ音を鳴らす、道具満載のポーチとか。

 あとは、冒険者を始めてからずっと使っている、肘まで覆う大きな籠手だとか。


 見れば見るほど、路地を歩く少女は自分自身に他ならない。

 思えば、景色というか、これから起こる事態も、記憶にあった。



 過去を夢で見ている。

 状況を把握して、コリーは視界の中の自分を追った。



 夢の中のコリーは、どこかを目指して、きょろきょろしながら歩いていた。

 そしてようやく、目的の建物を見つけたらしい。



『銀の狐亭』。



 大通りからしばらく入ったところにある、さびれた建物。

 過去夢の中のコリーは、建物を見て困惑したような顔になっていた。


 予想と違ったのだ。

 そもそも、コリーがこんな奥まった場所にある宿屋を目指したのは、『ある噂』を追ってきたからだった。



 いわく、『その宿屋には聖剣がある』らしい。



 あとから知ったことだと『泊まると死なない』という噂もあったらしい。

 でも、この当時のコリーは、聖剣だけを追い求めてここに来た。

 だから、宿屋のあんまりにオンボロなのを見て、違和感を覚えのだ。


『聖剣』とは、『五百年前に人間の国を作った勇者が持っていた剣』のことだ。

 つまり骨董品であり、コレクターアイテムである。


 だいたい建国にたずさわったような過去の偉人の所持品は、マニアのあいだでは高値で取り引きされるものだった。

 所持者はそれなりの身分と金銭を持っていると予想できた。


 だというのに、このボロ宿。

 噂は、あくまで噂か。

 この時のコリーは、そんな落胆を覚えていた。


 しかしここまで来たのだ。

 駄目でもともと。

 当たって砕けよう。

 そう思い、宿屋に踏み入る。


 内部に入れば、まずは受付カウンターが目に入った。

 そこには一人の男性がいる。


 ぼやけた男性だった。

 これが過去を夢で見た景色だからというばかりが、原因ではないだろう。


 とにかく記憶に残らない顔立ちなのだ。

 印象が薄いというか。

 気配が乏しい、というか。


 顔を見る。

 目を閉じ、少し別なことを考える。

 するともう思い出せない。

 そんな、ありとあらゆるものが不詳の男性。


 彼が。

 笑顔で口を開く。



「いらっしゃいませ。ようこそ『銀の狐亭』へ」



 声だけは不思議と耳に残る。

 けれど、文言はあまりに普通で、これもすぐに忘れてしまいそうなものだった。



「どうされました? 宿泊でしょうか?」



 男性がやや不審そうに首をかしげた。

 コリーはハッとする。



「い、いえ、その、すいませんッス。アタシは、ドワーフのコリーっていうもんなんスけど」

「はい」

「……実は、刀剣鍛冶をやってたんスよ。それで、その……ある噂を耳にしまして」

「刀剣鍛冶の方が、ウチの噂を耳に?」

「そうッス」

「てっきり冒険者の方かと思いましたが」

「ああ、この籠手ッスね。……えっと、色々あって今は冒険者をやって生活してるッスから、その見立ても間違いじゃないんスけど……ここに来た理由は、刀剣鍛冶職人としての方なんスよ」

「なるほど。話をさえぎって申し訳ありません。それで、どのようなご用件でしょうか?」

「この宿にいらっしゃる『アレクサンダー』という方が聖剣を持っているという噂を聞いたんスよね。まあ、従業員なのか店主なのか、ただの常連さんなのかはわからないんスけど」

「へえ。それで?」

「……できれば、聖剣をひと目見せてもらえないかなあ、って……まずは、そんなお願いをしに来たんスけど……アレクサンダーさんはいらっしゃるッスかね?」

「申し遅れました。俺が、『銀の狐亭』店主のアレクサンダーです。アレクでもアレックスでもお好きなようにお呼びください」

「あなたがッスか!? あ、あの、それで、聖剣は……?」

「その前に、聖剣云々の噂はどこで耳にされたのでしょうか?」

「え? どこでって……うーんと……詳しい場所とかまでは定かじゃないッスけど、アタシ、ちょっと事情があって聖剣とか勇者とかについて調べてたんスよ。その途中で……あれ、いつ知ったんだろ……?」

「……なるほど。ところで、ご用件は『聖剣を見たい』だけでしょうか?」

「あ、いえ、その……と、とりあえず見せていただけたらなあ、って……本物かどうかも見るまではわかんないッスし」

「つまり見れば本物かどうかわかると?」

「はあ、わかると思うッスよ。聖剣についてはかなり調べてるッスから。それに、聞いたことないッスか? ドワーフはニオイで鉱物を判別できるんスよ。かいだことない素材でできた剣だったら、それは聖剣の可能性が高いと思うッス」

「なるほど。では、こちらが聖剣です」



 ドン、とカウンターに置かれる剣。

 ……いや、剣と呼んでもいいのだろうか。

 長さはナイフほど。

 刃に比して無骨に見えるのは、もとの長さがかなりあったものが、折れてしまっているからだろう。


 その証拠に、グリップは両手で握ることを想定された長さだ。

 ガードだってナイフとは思えないほど立派なものがついている。


 あきらかに折れている。

 ……だが、聖剣が損傷していること自体は、おどろかない。


 むしろ。

 折れた聖剣が存在するという話だったからこそ、コリーは聖剣を追い求めたのだから。



「……『なかご』、あらためてもいいッスか?」

「どうぞ」



 許可を得た。

 グリップから刃を抜き出す。


 ……鼻に近づけて刃をかげば、なんとも言えないかぐわしい香りがする。

 ただ一枚の金属の板。

 だというのに、複数の濃厚な鉱物が溶け合い、混ざり合い、調和している。


 香りだけで十二分に芸術品の域に達していた。

 古い技術ではあるが、これはこれでいいものだとコリーは思う。


 しかも、実用品としても超一流だ。

 その証拠に、かなり使い込まれたあとが見えるが、刃はまったくくたびれていない。


 もし調べた伝承通りの素材でできているのならば、手入れができないはずなのだ。

 だというのに、今なお打ちたてのような輝きを放っている。


 極めつけに、抜き出した『なかご』には、文字が彫りこまれていた。

『ダヴィッドより。親友に捧ぐ』。


 ダヴィッドとは、かつて聖剣の所持者である勇者とともに旅をしたドワーフの名前だ。

 現在では鍛冶神と同一視され、すべての『金属を扱う職業』に崇められている。


 どこからどう見ても、本物の聖剣。

 ……あまり『聖剣』について調べていない人は、そのように思うだろう。

 ただ、コリーは。



「……申し訳ないッスけど、偽物ッスね、これ」



 丁寧に刃をカウンターの上に置く。

 アレクは秘蔵の……わりには簡単に出したが……聖剣を偽物扱いされて、笑っていた。



「へえ、偽物ですか。ちなみに、どのような根拠で?」

「……鋼があきらかに違うッス。鉱物の調合の技術は、間違いなく鍛冶神ダヴィッド級の技ッスけど、アタシの調べた『聖剣』は、単一の鉱物でできてるはずなんスよ」

「しかしダヴィッド作なのは確実でしょう。ということは、聖剣なのでは?」

「……鍛冶神ダヴィッドは、完成品には銘を記さなかったらしいんス。『完成度を見れば自分の作品だとわかるはずだ』という自信がそうさせたみたいッスね」

「つまり、この聖剣は、聖剣ではないと?」

「……まあ、その、聖剣ではないッスけど、いい物ではあるッスよ。ダヴィッド作には間違いないと思うから、なんていうか、えっと……歴史的な価値はあるかと……」



 フォローする。

 聖剣として見せた剣を、聖剣ではないと鑑定してしまった。

 所持者であるアレクは当然、機嫌を悪くしただろうと思ったのだ。


 しかし。

 アレクは、笑っていた。



「なるほど。あなたの意見はわかりました」

「あ、あの、気を悪くしないでほしいッス……」

「いえ。ということで、こちらが本物の聖剣です」



 ドン、とカウンターに置かれる二つ目の剣。

 先ほど見せられたものと、まったく同じ形状をしている。

 折れ方も、一緒だ。


 だが。

 一目でわかる。

 ひと呼吸で、知識より感覚が理解した。


 本物だ。

 今回見せられた方が、間違いなく、伝承で言われる、伝説の聖剣だ。

 コリーは興奮した面持ちでたずねる。



「あ、あの、これ、『なかご』をあらためてもいいッスか!?」

「どうぞ」



 許可を得て、刃を外す。

 手が震えてうまくできない。

 それでもどうにか、『なかご』をあらためれば――


 銘が、ない。

 鍛冶神ダヴィッドは、完成品には銘を記さない。



「……う、うおおお……ほ、本物……本物じゃないッスか!?」

「五百年前の『勇者アレクサンダー』は豪腕の持ち主で、振るたびに剣を折っていたそうですね。なので、似たような長さの『折れた聖剣』が大量にあるのだと、俺にこの剣を渡した人は言っていました」

「な、なんで偽物なんか……」

「ああ、偽物を持っている理由ですか? 俺の師匠が死んだ時に、師匠の奥さんからいただきまして。言うなれば形見のようなものですね。まあ、師匠の奥さんも師匠なのでややこしいんですけれど」

「そうじゃなくって! なんで、偽物を最初に見せたんスか!?」

「失礼ながら、本当に偽物を偽物と見抜けるか確認をさせていただきました」

「意外としたたかッスね……」

「知識自体は本物のようですね。試すようなことをして申し訳ありません」

「い、いえ……」

「それで?」

「……それで?」

「聖剣を見るだけが目的ではないのでしょう?」

「あ、は、はい。そうッス……」



 わずかにためらう。

 この先を話してしまって、身の程知らずだとか、無礼だとか思われないだろうか。

 でも、ここまで来たのだ。

 言ってしまおうと、コリーは結論した。



「……せ、聖剣、折れてるじゃないッスか」

「そうですねえ。まあ、特に困ってはいませんが」

「こ、困ってなくてもやっぱり完全な状態がいいとは思わないッスか?」

「つまり?」

「その……アタシに、聖剣の修理を任せてみないッスか!?」



 言った。

 言ってしまった。


 コリーはおそるおそるアレクをうかがう。

 彼は変わらず、笑ったままだ。



「なるほど。それがあなたの目的ですか」

「……そうッス。ま、まだ若いッスけど、技術には自信があるッス! ドワーフの中でもかなりのもんッスよ! 賞ももらってるッス!」

「いいでしょう」

「……え? いいんスか!? 本当に!? こんな若造が聖剣修理させてほしいって言ってるんスよ? 普通ためらったり渋ったりするもんじゃないッスか?」

「あなたの刀剣鍛冶としての腕は、所持スキルを見ればわかりますし」

「え? どういう……」

「ですが問題がありますね」

「……あ、修理代金はご心配なく。アタシがしたくて修理させてもらうんスから」

「そうではなく、素材は?」

「へ?」

「折れた聖剣を修理するんですよね。しかし、折れた刃を持っているわけではありません。そうなると、本来あるはずの部分を付け足すために、聖剣と同じ鉱物が必要になりますよね」

「……そうッスね」

「その鉱物はあるのですか? と俺はおたずねしているわけなのですが」

「いやあ、それは、そのお……今は、ないんスけど……あ、でも場所はわかってるッスよ! 調査は万全ッス!」

「なるほど。とってくることはできそうですか?」

「………………恥ずかしながら、昔、行ったことがあるんスよ」

「ほう」

「その鉱物……『いとたかき鋼』のあるダンジョンに入ったところッスね、その……どう言ったらいいかわからないんスけど、三歩で死にかけたんスよね……」

「なるほど」

「…………あの、折れた刃の方をお持ちの方とか、お知り合いにいらっしゃらないッスか?」

「どうでしょうねえ。持っていそうな知り合いはいるんですが、目下捜索中です」

「そうッスか……」

「ということで、俺から提案があるのですが、よろしいでしょうか?」

「なんスか?」

「あなたは冒険者だ。そして、『いと貴き鋼』が眠っているのは、ダンジョンだ。ならば、あなたが強くなって『いと貴き鋼』を採掘すればいい。違いますか?」

「あの、三歩で死にかけたという話を、たった今したばっかりなんスけど」

「昔のあなたは三歩で死にかけた。しかし、訓練をすれば四歩、五歩と進めるようになっていくかもしれませんよ?」

「ダンジョンの奧にあるっぽいんスよね、『いと貴き鋼』は。四歩とか五歩とかじゃ到達できないっぽいんスけど……」

「まあ、そうですね。三歩で死にかけるようなダンジョンの奧までたどりつくには、途方もない努力が必要になるかと思います」

「そうッスよね」

「ですが、俺に任せてくだされば、あなたをそのレベルまで強くすることは可能です。この宿は冒険者の方に修業をつけてもいますからね」

「…………とても信じられないんスけど」

「断言します。可能です。それなりに時間はいただきますがね」

「そりゃあ、数年とか数十年かければ不可能とまでは言わないッスけど……いや不可能じゃないッスかね」

「所要時間は数ヶ月ですね」

「はあ!? いやいやいや……」

「……まあ、信じていただくのはあとに回すとして、あなたの方は、どうでしょうか? つらく苦しい修業をしてでも、『いと貴き鋼』を回収し聖剣を修理するほどの理由はあるのでしょうか?」

「……」

「あるならば、俺が全力であなたをサポートしますよ。この『銀の狐亭』は、冒険者の支援を目的とした宿屋ですからね」



 実際にどうなるかは、まず置いておいて。

 つらく苦しい修業をしててでも聖剣を打ち直したいかどうか。

 その問いに対する答えは、決まっていた。



「……理由は、あるッス。アタシは、なんとしても、聖剣を修理したいんス」

「結構。ならば修業をつけて差し上げましょう。ウチの修業はちょっと画期的ですよ。まずはそうですね、『セーブ』というものをしていただくのですが……」



 ――意識がぼやける。

 いや、現在に引き戻されていく。


 そうだ、こんな風に、修行生活は始まってしまったのだ。

 この過去が、現在へ続いていく。


 ……もし、過去を変えることができたならば。

 自分はアレクの修業を断って聖剣修理をあきらめただろうか?


 アレクの修業の尋常ならざるつらさを知った今から考えても――

 まあ、せいぜい、修業を断るか受けるかは、半々ぐらいだろう。

 コリーはそう思いながら、消えていく過去の景色に別れを告げた。

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