93話
思えば当時、すでにアレクは聖剣を持っていました。
どうやら私の知らないところで、『輝き』にもらったようです。
聖剣というのは、例の、いつも彼が持っている、短い、しかしナイフには到底見えない無骨過ぎる剣のことです。
どうやら『輝き』の収集品の一つだったらしく、修業の中でたくされたようでした。
つまり『輝き』は聖剣をたくし終えてから、捕まったわけです。
今から振り返れば、あらゆるところで『準備万端』だったのだなと思えてなりません。
『輝き』の処刑は、こちらがあっけにとられるぐらいに迅速に行われました。
捕らわれた当日には行われたと思います。
公開処刑というのは、普通、犯罪者を見世物にして、『悪いことをしたらこうなる』と領民に見せつけるために行います。
なので、通例から判断すれば、捕らえたあと、処刑の日取りを広く告知して民衆を集める準備をし、それから処刑が執り行われます。
どれほど早くとも、捕らえたその日に行われるというのは、ありえないはずです。
だから、『輝き』の処刑は、見学する民衆が少なかったという話を聞いています。
私は直接見てはいません。
『輝き』が死ぬ姿を見たのは、『はいいろ』とその側近、アレク、それから『狐』とその盗賊団数名だけだったと思います。
無理矢理に助け出すことができるぐらいの強さを、処刑を見に行った人たちは持っていたように思えてなりません。
むしろ『はいいろ』は、連れて行った人たちが勝手に『輝き』を助け出さないよう、監視するつもりで連れて行ったのかもしれないと、今では思います。
ここで『はいいろ』が救出を断行しなかった理由は、あとで明らかになります。
ですが当時、クランメンバーからは『なぜ力があるのに助けなかったんだ』という不満と不審の声があがっていました。
実際に、いつもの酒場跡で『はいいろ』は血気に逸ったクランメンバーに詰め寄られていました。
その『血気に逸ったクランメンバー』の中心人物は、アレクでした。
「どうして助けに行かせてくれなかった!」
私から見て意外なぐらい、激昂していたように思います。
『輝き』とは色々と確執があったようですが、再会後はうまくいっているように見えたので、そのせいでしょうか。
対する『はいいろ』は、本当にあきれるぐらいいつも通りでした。
妻が死んだはずなのに、まったくゆらぎが見えません。
私も、母が死んだというのにいつも通りすぎる父の態度に、不審と不満を覚えていました。
「おう、熱いねえ。少し落ち着けよ」
「あんたは……あんたの妻が死んで、なにも思わないのか!?」
「なにも思わないわけないから、少し落ち着けって言ってんだ」
「……」
「まず、みんなに言っておくことがある。処刑場で、執政官がはっきりとうちのクランを標的に定めた。『輝く灰色の狐団』というクランのメンバーは全員、捕らえて処刑するっていう話だ」
ざわめきが広がりました。
今から思えば、こういう日が来ることを覚悟しておくべきだったと思います。
なにせ、私たちは暗殺者の『はいいろ』を冠する、犯罪者クランだったのですから。
「そういうわけだから、二つ、選択肢がある。一つはもちろん、逃亡だな。根城を捨てて逃げる。今までもヤバくなるたびにやってきたことだ。野郎どもも慣れてるだろ」
その言葉に、不満の声があがりました。
みんな、『輝き』を処刑した地方領主への怒りがおさまらなかったのでしょう。
だからきっと、この時のクランメンバーは、もう一つの選択肢に、『報復』を期待していたのだと思います。
領主の館に攻め入って、貴族の軍隊を蹴散らして、国を乗っ取ろう、なんていう考えをもっていた人も、いたかもしれません。
実際、それは不可能ではなかったと思います。
戦闘技術は『はいいろ』がぬきんでていますし、隠密行動ならば『狐』と母が率いる盗賊団がいます。
それに、両者の能力を詰めこまれたアレクだっていました。
彼には『セーブ&ロード』という、異質な能力だってあります。
やりようによっては、充分に地方領主の領土を簒奪できたでしょう。
けれど、『はいいろ』の提示した選択肢は、誰も予想だにしないものでした。
「もう一つの選択肢は、『犯罪者クランをやめる』だ」
この時に広がったざわめきは、先ほどよりも大きかったと思います。
そんなことができるならば、もちろん、一番だ。
でも、できるわけがない。
そういうおどろきと戸惑いが、場を支配していました。
一番早くに詳細をたずねたのは、アレクです。
無茶ぶりに慣れていたのでしょう。
「おい、おっさん、どういう意味だよ」
「はっはあ。簡単さ。アレク、クランってのはなんだ?」
「……なんだ、って……利害の一致した集合体みたいな……チームっていうか……」
「それも合ってるが、それは本質じゃねえな」
「じゃあなんだよ」
「『誰かが設立した集団』だ」
「……いや、まあ、そうだろうけど」
「『輝く灰色の狐団』は、俺様と、『輝き』と、『狐』が作った。が、中心人物はもちろん俺様だな。みんな俺様を崇め奉ってたし」
「こんな時にふざけるのはやめろよ」
「ふざけてねえよ。……いいか、俺様の犯した罪科は、お前らの誰と比べることもできない。俺様は人を殺しすぎた。それもお偉いさんばっかりな。『輝く灰色の狐団』が危険視された原因のほとんどは俺様だ」
「……」
「だから、俺様の首を差し出せば丸く収まる」
「……そんな保証がどこに」
「ほい、誓約書。ここの領主からもらったやつな」
『はいいろ』が、なにかを乱暴に投げ捨てました。
テーブルの上に広がったその紙を、みんなでのぞきこみます。
私は背が低かったのと、人垣があったので、よく見えませんでした。
のちにアレクにたずねたところ、そこにはたしかに『はいいろ』の首を差し出し、『輝く灰色の狐団』を解散すれば、他のメンバーは不問にするという旨が書かれていたようです。
「……いつの間にこんなの、用意したんだ」
「『輝き』が捕らわれた時に交渉してきた」
「……」
「実は俺様もな、『輝き』を助けようとちょっと個人的に動いてたわけよ。で、まあ、処刑前の本人に面会するところまでは行ったんだが、二人でちょっと話し合ってな」
「…………話し合った結果、『輝き』は首を落とされたのか」
「おう。取り戻しに行くってみんなの前で言っただろ? あの時点では本当に取り戻すつもりだったんだがなあ。……ま、実は前々から、クランメンバーの今後のことは頭を悩ませてて、いい機会だし、みんなを犯罪者じゃなくすために命でも懸けるかって、そういうことにしたわけだ」
「あんたの力なら、その時点で『輝き』を取り戻せたんだろ?」
「当たり前だろ? 俺様天才だぜ?」
「じゃあ、なんでしなかった」
「そりゃあ、一人でなんでもはできないからだよ」
「……言ってることが、矛盾してるぞ」
「はっはあ? んー……まあ、なんとなくおかしなこと言ってるってのは、みんな思うのか」
「当たり前だ」
「でもなあ、考えてもみろよ。『輝き』を取り戻してどうする? 逃げるのか?」
「逃げるだろ。それか、領地に攻め入って……」
「簒奪? いいねえ、男の子のロマン。で、そのあとは?」
「……あと、って」
「地方領主の領地が、犯罪者クランに奪われました。こんな危ないやつら放っておけないって王都の軍隊が来るわな? で、王都の軍隊に間違って勝てたとしようか。王都ってえのは、人間の王都だ。他の種族が俺らを危険視するわな」
「……」
「終わらない争いの幕開けだ。で、なにかの間違いで、終わらない争いを終わらせたとしようか。そのあとになにが残る?」
「…………領主を倒して、国王を倒して、他民族を倒して……そんなの」
「なにも残らない」
「……」
「まあ、普通に国軍が相手になった段階でこっちが滅びると思うよ? でも、お前さんの能力があるし、その気になれば全員死なずに済むんだから、行き着くところまで行く可能性だってないわけじゃないだろ?」
「…………」
「まあ、だから戦うのも、逃げるのも、俺様は反対だ。それよりも、どこかで一度、綺麗に清算しちまった方がいいと思ったわけだ」
「……その『清算』は、あんたと『輝き』の命を懸けるほどなのか」
「そりゃそうだ。ガキの未来がかかってる」
「……」
アレクが、私を一瞥しました。
今初めてここに私がいると気付いたような顔だったのを、覚えています。
当時の『輝く灰色の狐団』は、孤児も大勢いました。
もちろん、孤児は犯罪者ばかりではありません。
でも、このクランにいる限り、犯罪者扱いをされることは、想像がつきます。
『はいいろ』と『輝き』は、常に子供たちの将来をどうしようか悩んでいたのだと思います。
二人で相談もしていたのでしょう。
たとえば、片方が捕らわれ処刑されるようなことがあれば、その時はクランをたたもうという話し合いもしていたのかもしれません。
でも、その話し合いに、『狐』は入っていなかったようでした。
母が本気で父をにらむのを、その時初めて見ました。
「……『はいいろ』、ボクは、反対だ。逃亡しよう。まだ、立て直せる」
「あれれえ? お前さん、俺様の話聞いてなかった? 子供にゃ耐えられない未来しか待ってないっていうありがたいお話をしてたんだけど」
「子供には父親が必要だ」
「……」
「まだ、親を亡くすには、この子たちは若すぎる」
「……ま、それも一理あるわな」
「とにかく、あなたの命を落とすような選択には賛成できない」
「お前さんはそういうやつだ。だから、俺様は『輝き』と二人で相談をした」
「……仲間はずれか」
「違うな。性格の違いだ。『輝き』は自分の命も、人の命も駒として見ることができる。だから俺様と同じような考え方ができた」
「……ボクには、無理だ」
「そうだ。お前さんは優しい。だから、これからの『輝く灰色の狐団』の頭に、お前さんは必要なんだ」
「……」
「実力主義の犯罪者クランじゃねえ。弱者支援の場としてのクランにゃ、優しい指導者が必要なのさ」
「クランの解散も、『はいいろ』以外の犯罪者を見逃す条件だったはず」
「そんなのテキトーに名前変えて活動したらいいじゃん」
「……」
「頭固いのがお前さんの難点だな。よし、新しいクランを俺様が命名してやろう。『銀の狐団』なんてどうだ?」
「…………銀の狐、っていうのは」
「一つは、『輝き』のこと。銀色の狐獣人のことを、忘れないために」
「……」
「もう一つは、『輝き』と『はいいろ』を一つにした。輝く灰色は、銀色だ」
「……」
「そして、最後の一つ。お前さんに俺様と『輝き』の理念を支えてもらいたい。俺様たちの遺志を継いで『狐』にはずっとありつづけてもらいたいっていう、俺様の願いだ」
「…………」
「だから、銀の狐だ。暗く黒い夜にしか生きられなかったこのクランを、白日のもとへ導いてくれ。白でも黒でもない灰色の連中に、光を当ててやってくれ。……そのためなら、俺様は命だって懸けられる」
「それでも、ボクはあなたと生きていきたい」
「……はっはあ。まいったね、こりゃ」
「わがままかもしれない。あなたの判断で、子供たちにもう父親は必要ないと思っているのかもしれない。でも、ボクには夫が必要だ」
「…………まあ、反対意見が出ること自体は想定内だったんだがなあ」
『はいいろ』は困ったような顔をしていました。
戸惑っていて、それでも嬉しそうな、そんな顔でした。
でも、一瞬きりのことです。
すぐにいつものニヤケ顔に戻って、今度はアレクを見ました。
「おうい、アレク」
「なんだよ」
「つーわけで、そろそろ俺様の修業をしめくくろうか」
「はあ?」
「ん? なに? お前さんも俺の話が耳にとどいてなかった系の人?」
「いや、系の人っていうか……今って、あんたが『生き延びる』かあんたが死んで俺たちが『逃げ延びる』かを選択するのを待つタイミングかと思ってたんだけど」
「いやいや、選ぶのは俺様じゃねーよ」
「じゃあ誰が選ぶんだよ。あんたの命で、あんたのクランだろうが」
「お前だ」
「…………どういう意味だ?」
「だから、話聞けよなあ。修業をしめくくるって言ったじゃん」
「……まさか」
アレクの目が、おどろきに見開かれたのを、よく覚えています。
たぶん、『はいいろ』の修業がどう終えられるかを知っていた人たちは、みんな、似たような顔をしていたのではないでしょうか。
父の修業、暗殺者を継ぐということ。
それがどういう意味なのか、父は語ります。
「俺様とお前さん、本気で殺し合おう」
「……」
「俺様が生き残っちまったなら、『狐』の言うように逃亡生活をしよう。お前さんが生き残ったら……『狐』と一緒に、このクランの面倒を見てくれ。お前さんならダンジョン制覇で金が稼げる。ガキが大人になるまでは、それで養えるだろ」
「……でも」
「実力で決めるのが、たぶん、一番、みんなが納得する。はっはあ! なんせクランは実力主義な面が否定できないからなあ」
「……でも!」
「まあ、しのごの言わずに表出ようか。こうなることは最初から決まってただろ? その時になって情で刃が鈍らないと、お前さんも言ったはずだ」
「でも…………!」
「ああ、そう、そんな感じ?」
「……あんたと、殺し合いたくない。俺も、死にたいわけじゃない。……その勝負は俺になんの得もない」
「んー……まあ、じゃあ、仕方ないか」
この時、父がため息をついたのは、特に意図してのことではなかったでしょう。
けれど結果的に、アレクは『勝負をしないことになった』と解釈したようです。
だから、そこからの展開は、アレクの心の間隙を突くようなものになってしまいました。
「ここで、殺し合おう」
父は、そう言うと、アレクに向けて飛びかかります。
『はいいろ』の仕事を直接見たことがなく、まだ幼かったので冒険に同行もしていなかった私は、その時初めて、父の得物を見ました。
それは、無骨な、ナイフの長さの金属塊でした。
折れた聖剣、そういう名称らしい、『輝き』の収集品です。
アレクの持っているのとそっくりなその武器で、父は、アレクへと斬りかかりました。
 




