92話
『輝く灰色の狐団』は、いまだかつてないほど混乱しました。
クランの中心人物が捕まったのです。
奪還するべきだ、という意見がありました。
反対に、『輝き』のことはあきらめて、根城を変えて逃げるべきだ、という意見も上がりました。
『はいいろ』は、しばらくクランメンバー同士の議論を、目を閉じて聞いていました。
意見を乞われても、沈黙したまま、答えません。
アレクは、詳しい事情を聞かれて、何度も何度も、同じ話をしていました。
憲兵の集団とすれ違った。
いきなり取り囲まれた。
どうにも憲兵たちは、『輝き』個人ではなく、『輝く灰色の狐団』の構成員を狙っていたようだった。
対応する暇もなく、『輝き』は逮捕された。
取り戻そうとしたら止められ、『はいいろ』にこのことを伝えるよう、言われた。
だから、追手をまきつつ、ここに戻ってきた。
以上がアレクの語った話の概要でした。
『狐』は、どうでしょう、わかりません。
記憶にある限りでは、いつもの無表情のままだったと思います。
でも、普段は娘である私には、彼女の感情のゆらぎみたいなものがわかるのですが、その時の『狐』がどのような気持ちだったか、私にもわかりませんでした。
しばらく、話し合いとも怒鳴りあいとも呼べない、大声合戦みたいな議論が続きました。
『奪還派』と『逃亡派』でクランは真っ二つです。
話し合いは、次第に殴り合いへと発展しようとしています。
あと一瞬もあればクランメンバー同士で戦いが始まるだろうという時、ようやく『はいいろ』が目を開きました。
「『輝き』を取り戻しに行く」
それが、『はいいろ』の決定でした。
奪還論を主張していたクランメンバーたちは、大声をあげました。
反対に、逃亡論を主張していたクランメンバーからは、不満の声があがります。
でも、真っ向から『はいいろ』の意見に反対をする人はいませんでした。
こうして『輝き』奪還作戦が立案されます。
『はいいろ』は、クランメンバーたちに指示を飛ばしました。
中でも、もっとも重要な、『輝き』の位置を探る役目を任されたのは、『狐』です。
この時の『狐』は、感情がまったくうかがえません。
無言のまま、父の提案にうなずいたようでした。
そして、父は、アレクになにかを耳打ちしました。
どんなことを言ったのか、わかりません。
でも、アレクはおどろいた様子でした。
そして、静かに、力強くうなずいていました。
「……わかった。必ず、やり遂げてみせる」
なにかを依頼したのだということだけが、わかります。
どんな仕事を頼まれたのか、後にアレクに聞いたことがありますが、彼は忘れてしまっていたようです。
ただ、『今思えば無意味な仕事を押しつけられただけだった』と苦笑していました。
『はいいろ』はクランでも指折りの実力者たちにだけ仕事を振って、どこかへと去ってしまいました。
重要な話し合いの時、『はいいろ』があえて意見を言わないというのは、クランにとっていつものことです。
だから、誰も気にする者はいませんでした。
でも、あとから思えば、自分の妻が憲兵に逮捕されて、それを取り戻そうという時に、いつものような態度というのも不自然だったのではないでしょうか。
ともかく、『狐』が情報を仕入れてから、ということで会議はまとまったと思います。
確定した情報がまだないので、その日の作戦立案会議は、会議というよりも決起集会みたいな雰囲気だったように思えます。
みんなでやる気を高めて、『輝き』を無事に救出したいと祈願する、そんな会合でした。
話の総括をしてもらうため、クランメンバーは『はいいろ』を探します。
でも、父は、その場にいません。
ふらりとどこかへ消えて、戻りません。
だから、話し合いが終わったのに、妙にしまらない感じがあったと記憶しています。
父がなにかをしようとしている。
この時点でそこまで気付けていれば、もっと違った結末があったのかもしれません。
でも、たとえこの時点で父になんらかの思惑があるとわかったとして、それを追求することはなかったようにも、思えます。
なぜならば、父が勝手に行動する時は、『輝く灰色の狐団』のためなのですから。
いつも、そうでした。
だからきっと、その時だって、父のしたいがままにさせておこう、と結論したでしょう。
致命的な間違いは、きっと、そのあたりに潜んでいたのだと、思います。
父の行動は、いつだって、『輝く灰色の狐団』のためというのは、間違いでした。
クランのためではなく、クランメンバーのためを、父はいつでも思っていたのです。
このわずかな違いが、大きな違いだと思い知るのは、もう少しあとになります。
この時の私たちは、『はいいろ』以外がみんな『輝き』奪還に夢中でした。
だから、父の真意を知るのは、目の前の目標が消えたあと。
地方領主の街で、『輝き』が公開処刑をされたあとになります。




