82話
帰りの旅程は半日ほどで終わった。
ソフィの足に気遣う必要がなくなったからだ。
夜だ。
王都には等間隔に街灯が灯っていた。
魔導具による明かりだ。
剣や弓などに魔力をこめる要領で、特殊な石に魔力をこめる。
すると『照明』や『発熱』、変わったところでは『消臭』などの魔法を、覚えていない人でも使えるようになる。
便利だが、だいたい人の魔術師が使う魔法よりも質が悪いという欠点があった。
なので、街灯の光も、どことなくくすんでいて、薄暗い。
アレクは裏通りに入っていく。
方向は『銀の狐亭』と少々違うようだった。
街の北東部へ向けて足を進めていく。
しばし歩いて、街外れへとたどりつく。
その場所にあるのは、広大な墓所だ。
色々な形式の墓標がところ狭しと並んでいる。
人種によって信仰が様々で、埋葬方法も火葬、土葬、水葬と多種多様だった。
アレクは墓所のさらに北東、ほとんど街を囲う城壁のそばまで歩く。
もう他の墓標からは遠い。
そこには、てのひらサイズの細長い石が三つ、並んでいた。
石には日本語で文字が彫りこまれている。
『はいいろ』
『狐』
『輝き』
アレクは三つある石のうち、『輝き』と書かれたものを引き抜く。
そして、しばらく視線の高さに掲げたあと。
「……まだ、いらないな」
放り投げ、指を鳴らす。
すると『輝き』と文字のが彫られた石は、木っ端みじんになって、消えた。
「……しかし、俺もよくよく保護者に逃げられる人生だ。この世界に来る前、来たあと、生みの親の『輝き』が失踪したあと、クーさんの家でも、ねえさんに……」
アレクは『はいいろ』を見下ろす。
その墓標の下に、体はない。
形見と言えるものは、銀色の毛皮のマントだけだ。
ふと。
背後から気配。
アレクはゆっくり振り返る。
そこには。
「……ヨミ。来たのか」
ヨミはおどろいた顔をしていた。
服装は、宿屋のエプロンのままだ。
そして手には花。
彼女がアレクに近づき、語る。
「あと三日は外出中かと思ってたけど。間に合ったんだね」
「店は?」
「ブランとノワに任せてあるよー」
「……このあいだ、ちょっと任せてみたら大変な有様になった気が」
「モリーンさんとロレッタさんもいるし、大丈夫だよ。たぶんね」
「……なぜロレッタさん。あの人は完全にお客様だろうに」
「モリーンさんだけだとちょっと頼りない感じだったからねえ」
モリーンも半分はお客様だ。
だから、はっきりとしたコメントを差し控える。
「……まあ、将来宿屋を経営するつもりなら、いい勉強になるだろう」
「そうだよねえ。それにさ、今日は命日じゃない。ぼくの、パパとー、ママと、ママの。アレクの世界の風習ではあるけどさ、毎年同じ日にお墓に来るっていうのは、死んだ人を忘れないで済むいい方法だしね」
「……お母さんが二人いるっていうのが、なんとも」
「ねえ、ところで墓石が二つしかないんだけど、『輝き』はどこに消えたの?」
「生きてるみたいだから、砕いた」
「……おおう……やることがなんていうか、豪快だよねえ」
「本当は生存が確定した日に壊すべきだったんだろうけどな。まあ、どうせ今日来る予定だったからいいかなって」
「アレクは案外大ざっぱだよね」
「修業では結構細やかに計算してるし、プライベートぐらいはな」
「細やかに計算かあ……」
「死亡回数とかも結構試算してるし。ロードしたってリアルタイムは喰うわけだからな」
「……うん、まあ、そうだね。ねえアレク、ぼくは他のお客さんよりずっとアレクとの付き合いが長いから、よくわかってるつもりだけど、それでも修業が死亡前提なのはどうかとは思ってるんだよ?」
「でも効率がな。ほら、人が生きていられる時間は限られてるだろ? その中で精一杯……」
「わかってる。わかってるよ。アレクはゆずらないもんねえ」
「……そうだな。あと四年はわがままを通させてもらう。それでもお前は、ついてきてくれるから」
「あはは。アレクお兄ちゃんしか遊び相手いなかったしね」
「…………急に昔みたいな呼び方をするなよ。びっくりするだろ。あとな、お前が自分のことを『ぼく』って呼ぶから、途中まで男だと思ってたんだぞ」
「こんなにかわいい男の子いないでしょ?」
「自分で言うなよ」
「えへへ」
ヨミが笑う。
アレクも笑った。
二人はそのまま墓標前に花を供える。
三本の、わずかな花。
『はいいろ』も『狐』も、派手なものを好まなかったから。
『輝き』は派手好きだったような気もするけれど、彼女はまだ生きている。
だから、『はいいろ』に一本。
『狐』に一本。
残った最後の一本を、アレクとヨミは、つないだ手の中に握った。
アレクはヨミを見下ろす。
そして。
「お前はいつまでも若いな。……『輝き』そっくりだよ」
「アレクもそうだよねえ。ぼくら、あんまり歳とった感じしないよね」
「……そうだな。似てる」
「でも、同じもの食べて、同じ生活してると、自然と似てくるんだって」
「それも、そうだな。だからけっきょく、こうして色々想像してみてもわからない。……偶然だけど、捜索網はエルフの森まで広がったよ。獣人族、魔族、エルフ族。……もっと他の種族にも協力をあおげれば、もっと早くに『輝き』は見つかるかもしれない」
「お客さんをそのために利用するのは、やめてね」
「わかってる。リアルを犠牲にしてゲームをすることは、もうないよ。そういうのは、前の世界でさんざんやった」
「それから」
「?」
「自分を犠牲にするのも、やめてね」
「……それも、前の世界でさんざんやった。もうしないよ」
「ぼくは、どっちだっていいんだから」
「……」
「一緒にいることに、変わりはないから」
「…………わかってる。だから期限を設けようっていう提案を、俺も呑んだ。たぶん気持ちはほとんど一緒だ。ただ俺の方が少しだけ、お前より色々気になるっていうだけだよ」
「『はいいろ』も『狐』も、アレクが殺したわけじゃないんだから」
「……」
「責任を感じることは、ないんだからね。……自分を責めることは、ないんだからね。ぼくは両親がいなくたって家族がいるもの。責任をとってくれるっていうなら、もう、責任はとってもらってる最中なんだから。気に病んじゃだめだよ」
「…………お前にはかなわないな」
「だからさ、あと四回だけ、この日に、お墓に来ようね」
「……どういう意味だ?」
「期限の話だよ。次の年が一年。二回目が二年。三回目が三年。四回目、四年経って、四年目の命日で、全部終わろうねって。……そういう話。最初に言った『四年』よりもちょっと長くなるけどさ、お墓参りとかって大事な節目じゃない?」
「なるほど。命日を期限にするわけか。……わかった。次から数えて四回目の命日に、『はいいろ』たちとお別れしよう」
「うん。じゃあ、細かい話も決まったところで、そろそろぼくらの宿に帰ろうか」
「……そうだな。帰ろう――あ」
アレクがきびすを返そうとした瞬間。
強い風が、吹く。
その風は、供えた花をさらって、遠くへと運んでいってしまった。
……別に追いかけて取り返すことだって、できるけれど。
これはこれでいいか、とアレクは思った。
ヨミも同じ感想のようで。
視線だけで花を追いかけて、笑う。
「あーあ。行っちゃった」
「残念だったな。でも、そうか、もうこんな時期なんだな」
「こんな時期って?」
「……風が温かい。新しい季節が、始まると思ってさ」
寒い時期は終わり。
温かな季節がやってくる。
季節の変わり目の強い風が吹き抜ける。
――二人の手の中で。
一本きりになった花が、ゆらゆら、ゆらゆらと、揺れていた。




