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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
五章 ソフィの『おばけ大樹』探索

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81話

 結果的に。

 ロードをすることなく、ソフィは『おばけ大樹』の制覇を完了した。

 妹の遺品が、ダンジョンマスターの部屋にあったからだ。



 ダンジョンから出る。

 ほとんど一日ぶりになるだろう、外の光景。

 肩には弦をゆるめた弓をかついでいる。

 左手には、ギュッと握りしめたものがあった。



 ソフィはアレクにダンジョン制覇を報告するべく、彼の姿を捜した。

 セーブポイントのすぐ横に、彼はいる。


 ……だが、彼だけではない。

 森のエルフたちが、最長老までふくめてほとんど全員、その場にいた。

 誰も彼もが、ひざまずいて、惚けたように、アレクを見ている。


 ソフィは。

 アレクのもとへ走って、声をかけた。



「あ、アレクさん、なにしたですか!?」

「お帰りなさいソフィさん。追手を止めるのと、最長老様とお話をするのと、色々していました。あなたがダンジョンから出るまでの一日、暇でしたからね」



 彼はにこりと笑っている。

 ソフィは言い様のない悪寒を覚えた。

 ……きっと、耳にしてはいけないようなエピソードがあったのだろうとだけ、察する。


 だから、話題を変えることにした。

 左手にギュッと握りこんでいたものを、アレクの前に見せる。



「アレクさん、妹の形見は、ここに」



 だらん、とソフィの手からなにかが垂れる。

 それは革の紐にとりつけられた、黒いやじりだ。


 ――妹の形見。

 初めてソフィが矢を削りだした時の、失敗作。

 ……それを、妹は、ずっと、ずっと大事に持っていた。


 生け贄に捧げられた彼女のことを思うと、胸がつぶれそうになる。

 それでも、ソフィは泣いたりはしなかった。

 つらい思いをした妹の遺品を手に自分が泣いたりしたら、いけないと感じていたのだ。


 アレクは笑う。

 そして、優しい声で告げた。



「きちんと目的を達成できたようでなによりです」

「……こんなことをしても妹は帰ってこないですが……でも、これで、妹の魂を土に還すことはできるです」


 死んだ者は帰らない。

 ……ソフィは、ひざまずく最長老を見た。


 なぜだろう、ものすごく歳をとって見える。

 伝説に聞く『三百歳を超えたエルフの老化現象』だろうか。

 まだそこまでの年齢ではないはずなので、不思議だった。


 ソフィが首をかしげていると。

 アレクが言う。



「ところで、ソフィさんに、最長老様からお話があるそうですよ」

「……お叱りですか」



 うんざりした気分で、ソフィは言う。

 神格化された禁足地である『おばけ大樹』に勝手に入ったのだ。

 しかも、自分は一度『エルフの森』を抜けている。

 だから口うるさく色々言われるだろうということは覚悟していた。


 エルフの法……というか長老議会の定める刑罰で、罰せられるかもしれない。

 でも。

 ソフィは、満足していた。

 ようやく妹を土に還して、その魂を安らげることができるから。


 しかし。

 最長老シメオンが語ったのは、意外なことだった。



「申し訳ない……! 本当に、申し訳ない……!」

「……はい?」

「変事は、なかった……ただ、私は、あなたがた王家がまた権力を取り戻すのが怖かったのだ……私が知る『エルフ王朝期』はすでに斜陽のころで、当時の王家がなにをしても失敗を繰り返していたのを、目の当たりにしていたから……それがいつしか、自分の権力を守るためだけに……!」

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待つです。なんの話です?」

「私が悪かった……! エルフの行く末は、あなたにお返しする! 私の犯した罪についてはどうぞあなたが裁いてほしい!」

「え? え?」



 ソフィは戸惑い、アレクを振り返る。

 彼は笑う。



「だそうですよ」

「……アレクさん、本当に、なにをしたですか」

「あなたのお母様や妹さんを『おばけ大樹』に送りこんだことを、シメオンさんは反省し、悔いているご様子です。もともと良心の呵責はあったのでしょうね。心の根から悪人というわけではなかったのでしょう。ただ、年月が彼を曲げてしまっただけで」

「……」

「子供のころに立ち返っていただいたところ、このように」

「…………なにをしたですか」

「申し上げましょうか?」



 彼は笑っていた。

 だから、ソフィは首を横に振る。



「……やっぱりいいです。でも、困ったです。エルフの行く末なんていきなり返されても……別にわたしは、権力とかは興味ないです」

「どうされます?」

「それはこっちが聞きたいです」

「そうではなく。王都に帰り、まだ俺の宿で過ごされますか? それとも、求めに従い、エルフの森に残って政治を取り仕切りますか?」

「……」



 ソフィは、エルフたちを見た。

 誰も彼もが顔を伏せている。


 ……妹が生け贄になる時だって、止めてくれなかった人たちだ。

 どうにでもなってしまえという気持ちだって、たしかにある。

 でも。



「……残るです」

「よろしいので?」

「さすがに、森出身のエルフとして、こんな状態の仲間を放ってはおけないです。ここでこいつらを見捨てたら、妹を見捨てたこいつらと同じです」

「なるほど」

「それに……森エルフは頭おかしいですから。ちょうどいい機会です。森エルフも変わる時期だと思うですよ。……二度と、生け贄なんていう制度が作られないように、しっかり変えないと」

「あなたがその責任を負うと?」

「森エルフのために責任を負うわけではないです。妹に報いたいのです。……もちろん、死なないよう妹が生け贄に捧げられるとなった時に逃げ出すのが、一番よかったですけど。それはもう叶わないですから。せめて、二度と妹みたいな子が出ないように、していくです」

「ご立派です」

「……あ、でも、ここ一週間分の宿代を払わないといけないですね……今は、手持ちがないですし……このダンジョンだってギルドの管理下じゃないですから制覇賞金も出ないですし」

「それでしたら、ご心配なく。宿代の代わりにお願いを聞いていただければ」

「なんです? わたしにできることでしたら、なんでもするですよ」

「それではお言葉に甘えて。……エルフの森周辺でなにか事件が起きた際、協力していただきたいと思います。情報収集など手伝っていただければ、心強いです」

「わかったです。でも、このへんでアレクさんに関係ある事件は起こらないと思うですが」

「あと一点。不思議な獣人族をもし見かけたら、ご連絡を」

「不思議とはなんです?」

「体毛は銀色で、年齢は十歳から十二歳ぐらい、女性で、尻尾が九本ある、狐獣人です」

「……尻尾が九本、です?」

「俺はその獣人を『輝き』と呼んでいます。偽名や変装は使っていると思いますが、それらしい人を見かけた際に、ご一報いただければ」

「わかったです。ちなみにその人は、アレクさんのなんなのです?」

「実母です」

「…………年齢は十歳から十二歳ぐらい、ですか?」

「はい。あの妖怪はちっとも歳をとらないもので。何年前からその姿なのかは知りませんが、少なくとも俺が物心ついた時も、俺が少年期を『銀の狐団』というクランで過ごした時も、変わらない年齢でした」

「……エルフみたいな獣人ですね。獣人は、人間なみに歳をとりやすいはずです」

「そうですねえ。あるいはあいつは『獣人』という人種ではないのかも。もっと他の、それこそ罵倒でも蔑称でもなく、妖怪っていう可能性も」

「……なんだかよくわからないですが、お話はわかったです。もっとも、これから忙しくてなかなか連絡がとれなくなりそうな気はするですが……」

「ゆっくりで結構ですよ。でも、なるべく、四年以内に見つけたいと思っています」

「四年、です?」

「はい。『輝き』捜しのクエストの期限です」

「クエストなのです?」

「妻と俺とで取り決めたクエストですけれどね」

「……はあ、なるほど?」



 よくわからなかったが、それでいいとソフィは思った。

 アレクの発言が意味不明なのは、今に始まったことではない。


 彼は笑う。

 そして。



「それと。もしもエルフの森が他種族、たとえば人間の王族なんかと協調してやっていこうと思うのでしたら、ご一報ください。これでも顔は広いので、お手伝いできると思いますよ」

「……宿屋主人の顔の広さじゃないように思うですが。まだ、そのあたりの話は全然、まったく、なんにも決まってないです。わたしは別に政治的な思想があるわけじゃないですし。でも他種族とやっていきたい場合は頼らせてもらうです。ご協力ありがとうです」

「いえいえ。色々な種族が仲良くやっていくのはいいことですからね。それに、俺の目的のためでもあります」

「目的とはなんです?」

「『俺の目には絶対に映らないもの』があるんです」

「はあ」

「『それ』を見るために、世界中を塗りつぶそうかと。世界で見えない場所が一箇所だけならば、そこに『そいつ』はいるということになりますからね」

「…………相変わらず、なんと言いますか、アレクさんの言うことはミステリアスです」

「女王陛下にもよく言われます。……まああなたを通じてエルフの森と伝手ができたのは、俺にとって予想外の僥倖だということですよ。さすがにそこまでは描けませんでした。当初の予定ではシメオンさんを説得し協力をあおぐつもりでしたので」

「はあ、なんだかよくわからないですが……」



 ソフィは居住まいを正す。

 それから、アレクに言う。



「……妹の魂が安らげるのはあなたのお陰です。あなたのことを、わたしは、百年経っても二百年経っても忘れないです。人間のあなたは、わたしより早く死んでしまうと思うですが、あなたが死んだって、ずっと、ずっと、忘れないです」

「どういたしまして」

「しばらくはまともに連絡がとれないと思うですが、落ち着いたら手紙を出すです。……またあの宿で、お食事をしたり、お風呂に入ったり、したいです。双子ちゃんが大きくなる前にうかがうです」

「わかりました。部屋は空いていると思うので、お待ちしていますよ。――それでですね」

「なんです?」

「シメオンさんは、どのような処遇に?」



 アレクの問いかけ。

 ソフィは、最長老を見る。


 話はまだ、よくのみこめていないけれど……

 妹や母が死んだのは、森の変事のせいではなく、彼の独断だったというのは、なんとなくわかった。


 私怨で考えれば死罪だ。

 でも。



「死ぬって、別に、刑罰じゃないですよね」



 ソフィは、そう感じていた。

 死ぬことはつらくない。

 世の中には、死よりもずっと、つらく、恐ろしいことがある。

 アレクの修業はそのことを思い知るのに充分すぎた。

 だから。



「……許しはしないです。でも、殺しもしないです。これからエルフの森が生まれ変わる時、最長老様の知識は必要です。だから、その寿命ある限り、無私の精神でエルフという種族に尽くしてもらうです。……それがきっと、一番の刑罰だと思うですから」



 ソフィはシメオンを見る。

 最長老は。

 ひざまずいたまま、少年のような瞳で、ソフィを見上げて、一言。



「……そうか。私が少年のころ、姫殿下に見たのは、この光だったのだな」

「……なんです?」

「…………いえ。かつて……私は、少年心に姫殿下に憧れ、その方の愛した時代を守ろうと、そう誓って……」

「…………」

「誓った、はずなのに。……いつから、こんなにも、歪んでしまったのでしょう。あのころ見た光は、すっかり陰って。自分だけがあの時の王朝を復活できると……自分だけが、だから、権力を行使できる立場になった、はずなのに……」

「……」

「手段でしかなかったエルフの森の最高権力者の座がいつのまにか、目的に……しかも、保護していたはずの王家の方々が、邪魔になって……! 私は、なんということを……!」



 シメオンが地面を叩く。

 声は涙で詰まっていた。


 ソフィは、彼の前に膝をつく。

 それから告げた。



「これからやり直せばいいです。死んでないんだから、何度だって、やり直せるですから」



 修業で学んだそのままを、語る。

 何度失敗したって、生きていればやり直せる。

 そして。



「死んで、終わってしまったら、やり直せないですから。……だからこそ、生きている人には死者の分までがんばってほしいです。あなたは、わたしの母と、妹のぶんまで、がんばるべきです。それはきっと、死ぬより大変で、死ぬよりずっと、いいことです」



 ソフィは笑う。

 シメオンは、涙を流し、額を地面にこすりつけた。



「ありがとう……ございます……! 我らが陛下……!」

「はえっ?」



 陛下。

 そう呼ばれてソフィはおどろいてしまったが――


 エルフたちのあいだで、次々に『陛下』『陛下』というざわめきが広がっていく。

 ソフィは困った顔でアレクを見る。



「えっと、どうしたらいいですか?」

「決めるのは俺ではありませんよ。あなたがどうしたいかです。……どうでしょう、エルフの森での生活はあまり楽しくなかったというような話もお聞きしましたが、今度はうまくやれそうでしょうか?」

「……まあその、楽しくなかったことはないです。ただちょっと、からかわれたことが多かっただけで……からかわれるのは、エルフの森に限らず、どこでも同じですし……」



 ソフィは大きな胸をおさえる。

 それから。



「……なんだか現実味がまだないですが、うまくやっていくことは、できると思うです」

「それはよかった。困ったら、いつでもおっしゃってくださいね。ああ、それと、これを」



 アレクはつけていた面を外す。

 それをソフィへ手渡した。


 受け取る。

 意外な重さに、ややおどろく。



「これは?」

「ウチの宿で、目標を達成された方にお渡ししています。お邪魔でなければ受け取ってください。最近は宿泊の際に仮面を提示された方にはサービスなども考えているんですよ」

「はあ、なるほど。そういうことならありがたく受け取らせてもらうです」

「仮面にスタンプを押していって、三十ポイントたまったら宿泊代無料など考案中です」

「なんだかよくわからないですが、色んなことが台無しな感じがするので、やめた方がいい気がするです」

「そうですか? スタンプカードは別に作るべきかなあ……参考にしますね」

「……最後までわけわからない感じでしたけど……お世話になったです。森に泊まっていかれるですか?」

「いえ。帰ります。妻が待っていますので。それでは」



 そう言って、アレクが森を出ようと歩き出す。

 ひざまずいていたエルフたちが、サッと動いて、彼の道を作った。


 ソフィは苦笑する。

 本当に――なにをしたのか。


 彼の背中を見送る。

 あたりのエルフを見る。


 ……まあきっと、結果さえよければ、過程になにがあろうが問題ではないだろう。

 つらく苦しく、ちょっとだけ楽しかった修業の日々は終わった。

 人にものを教わる時期が終わり。

 これから、自分で創り上げる時代が始まる。

 なにをしたらいいかさえわからない、白紙の時代。

 それでも。



「……あ、遺書を返してもらわないと……」



 すでに彼の姿はない。

 ゆったりした歩調に見えたのに、かなり速い。

 今さら追いかけたって追いつけないだろう。


 だから。

 まずは一つ。

 たしかな目標を定めて。


 ソフィも歩き出す。

 エルフの森で、新しい道を。

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