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セーブ&ロードのできる宿屋さん ~カンスト転生者が宿屋で新人育成を始めたようです~  作者: 稲荷竜
五章 ソフィの『おばけ大樹』探索

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80話

 応援要請に次ぐ応援要請。

 神聖なる『おばけ大樹』に侵入者があり。

 侵入したのは街エルフ。

 引きずり出すべく戦士たちが『おばけ大樹』への侵入を試みている。


 しかし。

 奇妙な人間が立ちふさがり、一歩も『おばけ大樹』へ近づけない。



 シメオンは頭痛を覚えていた。

 三百年……自分が知る限りだと、物心ついてから二百四十年ものあいだ、『エルフの森』は静謐だった。

 静かで、穏やかで、美しい。

 異物などない、エルフだけの園。


 シメオンは彼の思想を体現したかのように、物静かで理知的で、美しいエルフだった。

 細く質のいい金髪。

 澄んだ青い瞳。

 人間であれば、十代の若者とさえ思えるような、若々しく美しい容貌。


 しかしエルフのシメオンはもう老齢と言える年齢だ。

 王朝時代のことだって記憶にある。

 だから、エルフの最長老としてこの森の管理をしていた。


 エルフらしくあるために。

 シメオンの中で『エルフらしい』という言葉には、『美しく、気高く、誇りを重んじ、華やかである』という意味があった。


 失われた王朝時代。

 力あるエルフ王が治めていたとされる、その時代のエルフのあり方。

 憧れた人の時代を取り戻すべく、シメオンは厳格にエルフの森を管理していた。



『おばけ大樹』の前にたどりつく。

 状況は報告の通りだと判断せざるをえなかった。


 天をつくほど高い大樹がある。

 幹の半ばには顔のような不気味な裂け目。

 樹皮は灰色で、葉っぱは毒々しい黒。

 不気味に延びる枝は、まるで侵入者をからめとり逃さない触手のようだ。



『おばけ大樹』。

 エルフの森において、祟り神がいるとされる、神樹。

 森の平穏はこの『おばけ大樹』に眠る神を怒らせないからこそ保たれている。

 ……そのような言い伝えを、シメオンは流布していた。


 絶対不可侵の地だ。

 いや、入られては困る場所だ。


 だというのに、街エルフなんかが、侵入したらしく。

 その前を守るように、不気味な人間がいる。




「なにをしている!」




 シメオンは弓に矢をつがえながら、誰何する。

 張りのある声。

 偉力すら伴い、その一声だけで、エルフたちがザッと左右に割れて、道ができる。


 視界が通り、人間の様子がよく見えるようになった。

 銀の毛皮のマント。

 不気味な意匠の仮面。

 ただし、顔を隠してはいない。


 シメオンは人間の年齢がよくわからない。

 子供なのか、大人なのか。

 青年なのか、少年なのか。

 ただ、その男が自分より若いであろうことは、確定的だった。


 人間は、不完全な種族だから。

 耳も短く、寿命も短い。

 なにより幻想的な美しさなどとはほど遠い、醜い生き物だ。


 その生き物の周囲には、百本以上の矢がちらばっていた。

 エルフたちが放った矢だろう。

 けれど、なぜ、折れもせず、男を中心に、ばらばらと散らばっているのかは、わからない。


 それから、不思議な球体。

 人間の横に、ふわふわと浮かぶ、ほのかに発光するなにかが、あった。


 不思議な球体の横に立つ、不気味な人間が、しゃべる。

 大仰に、礼をしながら。



「どうもこんにちは。俺はアレクサンダーと申します。アレクでも、アレックスでも、好きなようにお呼びください」

「いいか人間、貴様の名前などどうでもいい。我らが『おばけ大樹』の前からいなくなれ。貴様の仲間である街エルフも同様だ! その後我らの法に従い、死刑にしてやる!」

「そのことで少し気になったことがありまして。おたずねしてもよろしいでしょうか?」

「いなくなれ、と言ったぞ!」



 シメオンは、つがえた矢を放つ。

 矢は魔力の輝きを帯びて、音もなく、高速で人間へ着弾する。


 二百年以上磨き続けた弓技。

 その矢は巨大な獣の胴体さえ貫通する。


 だというのに。

 シメオンの放った矢は、動こうともしない人間に、瞬間的に中たり――

 刺さらず、人間のそばに落ちた。


 ……冗談のような、光景だった。

 子供時代、矢を初めて飛ばした時など、威力が足りずに的に刺さらなかったことはある。

 けれど今さらそのような失敗がありうるのか。

 でも、失敗がないとすると、充分に威力の乗った矢が、あの男には刺さりもしなかったということになって……?


 シメオンはだんだん、混乱してきた。

 一度冷静に状況を整理する必要があるだろうと判断する。



「き、貴様は、なぜ、我らの邪魔をする……?」

「『ダンジョン攻略』とは、どういうことだとお考えですか?」

「は!?」

「『マッピング』『モンスターとの戦闘』『アイテムの探索』など、まあ、大きく言えばこの程度らしいですよ」

「だ、だからなんだ……」

「『ダンジョン外部から自分の邪魔をしようとする人が入ってくるから、それの対応をする』というのは、『ダンジョン攻略』に含まれません。それが、俺がどかない理由です」

「だ、だいたい……『おばけ大樹』に入ったのは、エルフではないのか!? なんの権利があってエルフたる我らがエルフを裁くのを、人間の貴様が邪魔をするのだ!」

「あなたこそ、どのような権利をお持ちなので?」

「私はこの森の最長老だ! かのエルフ王朝時代を経験した、唯一の生き残りだぞ!」

「なるほど。だからあなたは、ソフィさんのご家族が邪魔だったのですね? 王族の血を引いているということですし」



 それは。

 まさか目の前の人間から聞くことはないと思っていた名前だった。



「な、なぜ人間が、その名前を知っている……」

「ウチのお客様ですから。ああ、今、『おばけ大樹』に入っているのも、そのソフィさんですよ。なんでも妹さんの遺品を探索して、埋葬してあげるのが目的だとか。それにしても森エルフのみなさんの文化はすごいですね。生け贄を捧げるだけで変事が治まるだなんて」

「あ、当たり前だ……巫女の家系はかつての王族である。その昔、エルフ王長期の最も後期に生きた姫殿下は、その身を犠牲にして森の変事を治め……」

「ははは。やだなあ、皮肉ですよ」

「……」

「生け贄を捧げたぐらいで、変事が治まるわけないでしょう?」

「…………し、しかし」

「まあ、かつては治まったのかもしれませんね。それだって、その『姫殿下』にダンジョンのモンスターをどうにかできる強さがあったか、あるいは――」



 人間は。

 笑顔のまま。




「――最初から『変事』なんて起きていなかったか」




 シメオンの総身を震わせるようなことを、言った。

 口内に強い乾きを感じる。


 シメオンは自分に対して、『落ち着け』と言い聞かせた。

 あの人間の発言は、全部勝手な推測に過ぎない。

 この森に知り合いがいるはずもないし、あの言葉は全部、根拠のないでたらめだ。


 そう思うのに。

 なぜか、あの人間の言葉には、聞く者を納得させてしまう響きがあった。


 世界の暗さを知っているような。

 光の後ろにある陰を見てきたかのような。

 自分より若造であることに間違いのないはずの人間が、まるで、世のすべてを見聞きした賢者であるかのような――


 人間は語る。

 淡々としてさえ聞こえる調子で。



「王族が今は権力を失っているという話を聞いて、僭越ながら予測させていただきました。森の『変事』は長老議会が、すなわちあなたが判断するそうですね? 俺としては不思議でしたよ。そんな状況でなぜエルフのみなさんが『変事』を信じて生け贄を送り出すのか」

「……」

「まあ、そのあたりは、あなたが二百年以上かけて作り上げた権力機構がお見事だったと賞賛するべきでしょうか。……もっとも、違和感を覚えていたエルフは、少なくない数、いらっしゃるようにも思えますがね」

「ど、どうして、森の外の人間風情が……」

「ソフィさんが森を抜けているからですよ」

「……」

「失礼ながら、俺が修業をつけた現在でも、彼女の能力で森エルフの見張りを抜けるのは難しいように思います。隠密系の才能が彼女にはありません。俺の世界の言葉で言いますと、『アイドル性』とか『スター性』みたいなものが、彼女にはある。どうしたって潜んで活動するような方ではありませんでした」

「…………それが、なんだ」

「見張りのエルフは外部にしか目を向けていないわけでは、ないでしょう? 当然、内部から外部へ抜けようとする動きだって、監視できるはずです。……忍べない彼女が、索敵能力の高い見張りの監視網を抜けて森を抜けたのです。見張りの側に、彼女を森から逃がす意思があったと考えるのが自然では? つまり、あなたの政治は、どこかおかしい」



 人間の言葉に、周囲がざわめく。

 シメオンは周囲を見回した。



 目が。



 精強で美しい、格調高い最高の民族――

 自分が理想を目指し育ててきた、手足とも言える森のエルフたち。


 彼らが、シメオンを見ていた。

 疑うように。

 問いかけるように。


 だから。

 シメオンは口角泡を飛ばし、叫ぶ。



「貴様ら! なぜそのような目で私を見る!? 変事はあった! 巫女の母が死んだ時も、妹が死んだ時もだ! かつての姫殿下とて、変事を治めるためその身を犠牲にされた! 語ってやっただろう!? その自己犠牲の精神に、貴様らは涙し、かつての王朝時代を思い描いたはずだ!」

「そのように教育なされたのですね」

「き、貴様だって、なぜ、外部から来た者が、なんの権利で好き勝手妄想をほざく!? だいたい、その妄想には一切証拠がないではないか!」

「そうですねえ」

「みろ!」

「証拠はありません。なので、証言をいただくことにしましょう」



 人間が笑う。

 ……なぜだろう。

 その笑顔は、今までと変わらない笑顔。

 だというのにシメオンは腰から力が抜けそうになった。



「本来の目的は、あなたの悪事を暴くことではありませんが……ソフィさんがダンジョンから出てくるまで、まる一日かかると俺は算出しております。そのあいだ、暇でしてね。あと、気になったことは突き詰めるのが、ゲーマーの性と言いますか」



 人間が、ゆったりと近付いてくる。

 シメオンは弓を放つ。

 腰の引けた一矢。

 しかし充分な速度で人間の胸に中たる。


 中たった、だけ。

 銀色の毛皮のマントさえ、貫けやしない。



「さ、あの球体に向けて『セーブする』と宣言してください。すでにエルフのみなさんには、セーブしていただいていますよ」

「……なんだと?」

「ああ、そうそう。そういえば、あなたがエルフの代表者でしたね。お礼を申し上げないと」



 まったく唐突に、人間は話題を変えた。

 どういうことかわからず、シメオンはまばたきを繰り返す。


 男は、パチンと指を鳴らした。

 すると――


 落ちていた、矢。

 人間の体に刺さりさえしなかった、武器たちの成れの果て。

 それが、糸でつるされたかのように、宙に浮かび上がる。



「武器の提供を、ありがとうございます」



 人間が慇懃に述べる。

 シメオンは、宙に浮かぶ矢をながめた。


 おそらく、風の魔法で浮かべているのだろう。

 それぐらいはわかる。

 でも、その程度しか、わからない。


 百本を超す矢が、すべて、やじりをシメオンへ向ける。

 それは百人を越す戦士たちが一斉に引き絞っているかのように、正確無比で。

 人間が軽く手を振れば、今にも放たれることが確かにわかるほど、力に満ちていた。



「人は、いったい何本までの矢に耐えられるのでしょうか」

「……なにを、なにを、言って」

「神経が過敏な手や足などの方が、痛いけれど死にはしないようですね。なので、まずは手、足など体の末端部分から徐々に刺していきましょう」

「……お、おい、おい、私の話を聞け。私と、会話をしろ」

「大丈夫ですよ、ご安心ください。――あなたが来るまでにたくさん練習をしましたから。見誤りません。まわりのエルフのみなさんにおたずねください。彼らは、俺の成長過程をその身をもって知っていますので」



 シメオンは周囲を見る。

 そこには、精強で、美しい、エルフの戦士たち。

 手塩にかけて育てた手駒たち。


 だというのに。

 宙に浮かび上がる矢を見ている。

 ある者は、目を見開き固まっていた。

 ある者は、口の端からよだれを、目から涙をこぼし、聞いたこともないような高音の悲鳴を挙げている。

 ある者は、意識を手放していた。


 散々たる有様。

 誰も彼もが、自分たちが放つ、慣れ親しんでいるはずの『矢』に怯えている。



 あの人間は、なにをしたのか。

 これから――なにをしようと、しているのか?



「四十七本を目指して、あなたに矢を刺します」



 人間は、非常に簡潔にシメオンが内心で抱いた疑問に応じた。

 あまりにあっさりとした、感情のない口調。

 そして、笑顔。



「可能であれば、十本いかないぐらいで、セーブをお願いしたいのですが」



 ――理解する。

 目の前のアレと会話をするのは、不可能だ。

 アレは、自分の求める答え以外に関心のないモノ。

 だからシメオンは、アレの求める答えを、叫ぶ。

 必死に。



「『セーブする』! だから、話を、話を聞いてくれ……!」

「結構。お話を、しましょう。でも、嘘をつかれては困りますからね。俺に言わされるのではなく、あなたが真実しか語れなくなるまで、交渉を続けましょう」

「……語る! なんでも話す! だから、だから……」

「語ったあなたの話の裏をとることが、俺にはできません」

「……」

「だから念入りに、あなたの精神を改造していきましょう。あなたの言葉に、万民が信憑性を感じるぐらいにね」



 矢は、放たれることなく、地面に落ちた。

 代わりに人間は、腰の後ろからなにかを取り出す。

 それは見たこともないような金属の塊。

 分厚すぎ、大きすぎ、無骨すぎる、ナイフの長さの物体。


 いや、ナイフとして鍛造されたと思うより――

 むしろ、本来はもっともっと巨大だった剣が、根元だけ残っているかのような。



 その刃物を持って、人間が迫る。

 いや、人間でさえない。



 ――ひょっとしたら、あのイキモノは。



『おばけ大樹』の噂を悪用し、やりたい限りを尽くした。

 そんな自分に天が遣わした本物の祟り神なのかもしれない。


 そうシメオンは思いながら、振り上げられる刃を見つめた。

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